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第12話:裁く者

 クロードが額に汗を流して、王都の一角で土木作業に従事している時であった。


「誰か、クロード・サインという者を知っておるか!」


 クロードは突然、自分の名前を呼ばれたことで、自分の名前を呼ぶ人物の方を向く。


 その人物は赤を基調とした制服姿であり、さらには馬に騎乗したままであった。そのいで立ちと威風から名のある騎士であることは一目両全であった。


(あの女騎士、どこかで見たことあるな……。えーーーと)


 土木現場の中に現れた一輪の棘薔薇とでも言ってよいその女性が馬から降りもせずに土木作業員たちをひとりひとり見ていく。


 そしてクロードの前まで馬を進めると、その馬の歩みを止めさせる。そして舐めるようにクロード・サインの頭から足まで視線を移動し、まるで値踏みでもしているかのようであった。


「お前が国王様の慈悲を足蹴にした小娘の相方だな? 答えろっ!」


 女騎士は未だに馬上から降りることは無かった。それどころか何か不穏な動きをするのならば刀の錆にしてやると言わんばかりの威風を放つ。


 クロードは「チッ!」と盛大に舌打ちし、手に持っていたツルハシを右肩にかける。


「騎士団長様ってのはどいつもこいつも偉そうなやつばかりだ」


 クロードにはこの棘薔薇の女騎士に見覚えがあった。


(やっと思い出した。100人長やってた時に所属してた団長様じゃねえか……)


 かつて、クロードが100人斬りを達成した時に所属していた第2騎士団の団長様だった。


 この女騎士の名はアリス・アンジェラ。


 (アリスが名前負けして裸足で逃げ出すわ)


 クロードは威圧感を放ち続けるこのアリス騎士団長に対して、それ相応の態度で出迎える。


「俺がローズマリー・オベールの恋人、クロード・サインだ。名を名乗ったんだから、そっちも名を名乗れってんだ!」


 クロードの喧嘩腰の対応にイラつきを覚えたのか、アリス騎士団長の周りを固める従者たちが一斉に槍の穂先をクロードへと向ける。


「矛を収めよっ! これは私とこやつの1対1の問答だ。間に入るではないっ!」


 アリスは左手を斜め下に振り下ろす。


 彼女の従者たちは槍の穂先を天に向け直し、さらには背中をぴんと張って姿勢を正す。


(よく訓練された兵士たちだな。ちっとは反抗心を見せてみろってんだ)


 クロードは半ば呆れる。だが、彼女の従者たちに構っていられるほど、クロードには余裕が無かった。


 アリスは空いた方の右手を腰の左側に佩いた剣の柄に置いている。いつでもこの剣を抜けるんだぞ? とそう言いたげであった。


 クロードの身体にじっとりと鈍い汗が浮き出していた。


「クロード・サイン。最初に言っておく。きさまのお仲間であるレオン・ハイマート。そして宮廷魔術師くずれのヨン・ウェンリー。あのふたりの尋問はすでに終わっている」


「なん……だと!?」


 クロードはレオンとヨンの名前を聞かされたことで、血が沸騰しそうになった。


 わなわなと身体を震わせると、その身体の奥から力があふれ出しそうになる。


 クロードは「グッ!」と唸り、右腕を左手で抑える形を取る。


(落ち着けっ。これは誘導尋問ってやつだ……。レオンとヨンのあのふたりなら、棘薔薇の女騎士様相手でもどうにかきりぬけているはずだ)


 クロードはマスク・ド・タイラーの力が暴走しないようにと必死に左手で右腕を抑えつける。


 これもまたひとつの試験なのだと自分に言い聞かせる。


 クロードの苦悶な表情を見て「フンッ」と鼻を鳴らすアリスだ。


 クロードは彼女の意のままに操られてたまるものかと、自分の中から湧き上がろうとしてくる力を鎮めようとする。


「第3騎士団長のハジュン・ド・レイは国王様に従順だ。それゆえに国王の犬と呼ばれている。だがそれに対して私は国王の剣だ。剣は何のために存在すると思う? クロード」


 アリスは未だに馬上のままであった。その顔には優越感が漂っている。その様はまるで神話で言われる大天使のようでもある。


 クロードは彼女の尊大な態度から推測し、彼女の問いの答えを探す。十数秒後、クロードは彼女にある答えを示す。


「あんた、自分は『裁く者』だと言いたいんだろ」


「ほう……。直情的という報告は間違いだから改めたほうがいいとハジュン・ド・レイが言っていたが、なかなかに聡いやつだ」


――大天使。神話で語られる大天使のひとりは右手に剣、左手に秤を持っている。


 大天使の肖像画ではそのふたつは欠かせないアイテムとして描かれている。


 その大天使の字名あざなはまさに『裁く者』であった。アリスは見事に答えを当ててみせたクロードに口角をあげる反応を見せた。


「ならばさらに問おう。それだけ聡いのであれば、貴様ともども、国王様の庇護に甘んじればよかろう。何故にそれを考慮しない?」


 アリスの発言は一見、正論に見えた。マリーが国王に手厚く保護されるということは、監禁と同義である扱いを受けることになる。


 そのマリーの相方であるクロードが同じ場所でマリーと過ごせば、マリーは寂しくないではないかというのがアリスの持論であった。


「ふざけんな……」


「なに?」


「ふざけんなって言ってんだ! マリーはそんなの幸せだなんて思っちゃいねえ! マリーはどこにでもいる普通の女の子だ! 普通の女の子が普通に暮らせないのに、何が幸せってんだよ!」


「ふん。折衷案として持ってきた話だというのに、まったく……」


 アリスは聞き分けがない犬が嫌いだ。


 そういう犬には折檻が必要だと思っている女性だ。


 アリスは鞘から剣を抜き出し、右手で構える。


 対して、クロードはツルハシを剣に見立てて、ツルハシをアリスのほうに向ける。


 2人を囲む土木作業員、さらにアリスの従者たちは一触即発となっているふたりを固唾を飲んで見守る。


 土木作業現場に静寂が訪れる……。それは永劫とも思える時間であった。


 先に動いたのはアリスであった。騎乗馬の腹を足で蹴り、クロードへと向かって走らせる。


 馬の蹄が地面を叩き、激しい砂塵が舞い上がる。アリスはその途中、身体を前のめりにし、右手に持つ剣を素早く振り回す。


 クロードは剣替わりのツルハシを用いて、自分の身に迫る凶刃を振り払って見せる。


 鉄と鉄がぶつかり合い、鋭い金属音が周囲に響き渡る。


 だが、彼女の剣から発せられた衝撃は強烈だった。


 腕に痺れるような痛みが走り、ツルハシが悲鳴を上げる。


「やりおるではないか、100人斬り」


「けっ! 俺にばっかりハンデを背負わせやがって! 俺に大剣クレイモアを使わせろってんだ!」


「バカを言うな。それでは決闘になってしまう。これはあくまでも躾なのだよ!」


 次の瞬間、アリスは馬を旋回させ、素早く次の斬撃を放つ。


 その速度は尋常ではない。


 彼女の動きは流れるようで、まるで騎乗馬と一体化したかのように剣が繰り出される。


 クロードはその一撃一撃を紙一重で受け流していく。


 騎乗馬がこの地を自由に跳ね回るそのたびに地面が砕け、砂利が跳ね上がる。


 周りの目から見れば、このふたりの戦いは十分に決闘と呼べるシロモノであった。


 だが、アリスは一笑に伏す。自分の主張を決して曲げない姿がここにも現れていた。


 アリスは『裁く者』である。


 裁く者が間違っていることなどありえない。裁く者こそが正義なのだ。


 国王はアリスのことを国王の剣だと言ってくれた。正義を国王から与えられた存在なのだとアリスはそう感じたのだ。


「はははっ! 存外に粘ってくれる! いいぞ、もっと抗え! そうでなければ躾の甲斐が無い!」


「うるせえ! 俺をしつけていいのはマリーだけなんだよっ!」


 アリスとクロードは剣とツルハシを交えていた。それだけでなく同時に言葉も交えていた。


 アリスは身体の内側から興奮が沸き上がってくるのを抑えれなくなっていた。


 それと同じくクロードは自分の内側から力が湧き上がってくるのを抑えられなくなっていた。


 クロードの身体を覆う筋肉が段々と膨れ上がっていく。それに連れてクロードが着ている第10機動部隊の制服のあちこちからビリッ、ビリリッと服の繊維が割かれる音が聞こえてくる。


 その音が聞こえるたびにクロードは熱い汗とは別に心に冷たくまとわりつく嫌な感触を味わうことになる。


 目に見えぬマスク・ド・タイラーが背中にのしかかるような感触を覚える。そのマスク・ド・タイラーは甘い声でクロードに囁きかける。


 目の前のクソ生意気でいけ好かない女を地に叩きつけ、さらには醜悪な性癖を人々の前で晒せと囁いているような気がしてならないのだ、クロードは。


「やめろ! これ以上、俺につきまとうんじゃねえ!」


「何を言っている! お楽しみはこれからだろうが!」


「俺が俺じゃなくなるって言ってんだよ! 俺の中のマスク・ド・タイラーがお前を素っ裸にひん剥いてやれってなぁ!」


「やれるものならやってみせろ! 強い男になら抱かれてやってもよいぞ!」


 アリスは興奮しまくっていた。


 鼻息を荒くし、頬は身体から発する熱で赤く染まりつつあった。


 彼女の表情は裁く者とは言い難い恍惚な表情へと変わっていく……。

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