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第11話:依頼書

――第5帝国歴396年 5月1日 ハーキマー王国の王都:カーネリアン――


 クロードがマリーの父親:カルドリア・オベールからマスク・ド・タイラーの遺物を託されてから早1週間。


 第3騎士団長自らがマリーが隊長を務める第10機動部隊の詰め所に現れてから数えて3日後のことであった。


 騎士団長の突然の訪問から、ここ数日、何事もないいつもの日常を楽しむ第10機動部隊の面々であった。


 いつものように他部署からたらい回しにされてきた雑務をこなしていた。一仕事終えたマリーたちは自分たちの部署に戻り、昼食タイムを楽しんでいた。


「はい、クロード、あーんして?」


「お、おう。あーーーん」


「おいしい?」


「うん、おいしい」


 マリーはフォークの先端で卵焼きを掴み、それをクロードの口の中に運ぶという仕事をしていた。


 クロードはもう1度、あーんと口を開く前に一瞬だけ、ちらりとレオンのほうを見た。


 レオンはニヤニヤと含み笑いをしている。クロードは気恥ずかしさから赤面してしまう。照れながらも口の中に運ばれてきた卵焼きに舌鼓を打つ。


「また腕をあげたんじゃないか? マリー」


「そう? あたしとしてはいつもと変わらない感じで作ったんだけど」


 マリーが不思議そうな顔をしている。クロードからしたら、卵焼きの味が良くなっていると感じていた。


 そんな2人のやりとりを見て、ニヤニヤが止まらないレオンである。


「隠し味は愛ってところッスよ」


「やだー。あたしのクロードへの想いが卵焼きにまでうつったってことぉ?」


「そうそう。いやあ5月にはいったばかりなのに暑いったらしょうがないッス」


「おい、そんなにからかうなっ」


 レオンはふたりをからかったというのに、マリーは嬉しさを顔いっぱいに示してみせる。見てるこっちがその熱にあてられてしょうがない。


 レオンは右手を団扇代わりにぶんぶん振って風を自分の身体に当ててみせる。レオンは次は何を言ってからかってやろうかと思っていたが、自分の隣の席の横で涙を流している人物がいた。


「ええなぁ……。わいはもう30歳になろうというのに、彼女のかの字も見当たらへん。わいにもあーんして? って言ってくれる女子がいてくれへんかなあ?」


「えっと……。なんか申し訳ないッス」


 30歳間際の独身『自称大がつく』魔法使いのヨン・ウェンリーが悔し涙を流していた。彼が食べる弁当はきっと塩分が多めであることに違いない。


 今、この部署にいる4人の中で、自分で作った弁当を食べているのが2人いる。それがマリーとヨンだ。


 マリーは自分の分とクロードの分の弁当を用意している。


 ヨンは自分のためだけの弁当を自分で用意している。


 レオンが食べている弁当は二股かけている彼女たちのうちのひとりが作ってくれたものだ。


 ヨンを哀れに思ったレオンはヨンの弁当箱の中におかずを一品乗せる。


「俺っちの彼女がつくったやつで良ければ食べてみるといいッスよ」


「ほんま、レオンくんは優しいなぁ。レオンくんが可愛い女の子だったら、わい、レオンくんに今頃、ちゅっちゅ! ってしてるわ」


「それは勘弁してほしいッス……」


 ヨンはうれし涙を流しながら、レオンからもらったおかずをゆっくりと噛みしめている。


(そこまでするもんじゃないと思うッスけど。まあ、本人が良いなら黙っておくッス)


 各々が弁当を食べ終えて、食後のお茶を楽しむ。その何気ない日常が1番大切だとばかりにお茶をゆっくりと飲み終える面々であった。


◆ ◆ ◆


「午後からの仕事は何か入ってるのか?」


 クロードがこの部署の隊長であるマリーに問いかける。マリーは仕事の依頼書の束を手に取り、その中から仕事を吟味していく。


 先ほどまではラブラブで弁当を食べ合っていたクロードとマリ―であったが、仕事モードに入ったマリーはクロードに甘えるようなそんな態度はまったく見せなかった。


 背筋をしっかり伸ばす。隊長の威厳を少しでも出そうと伊達メガネをかける。


 依頼書の束をを手に取り、一枚、また一枚と机の上にテキパキと仕分けていく。


「今日中にやらなければならない仕事がこっちで、期限に余裕があるのがこっちね」


 マリーは分けた依頼書の一方を手に持ち、クロード、ヨン、そしてレオンに手渡していく。


「なになに? んー。こんな感じか」


 クロードたちは何々とばかりに依頼書に書かれている文章を読んでいく。


 クロードに渡されたのは力仕事。


 魔術師のヨンに渡されたのは失せ物探し。


 軽業師のレオンに渡されたのは恋の悩み相談であった。


 クロードとヨンは納得という顔つきに対して、レオンは少し渋面となっている。


「軽業師と尻軽、ごっちゃにされてないッスか?」


「あれ? ちがうの?」


 マリーはきょとんとした顔つきになっている。その顔を見たレオンはやれやれとため息をついてしまう。


(軽業師の仕事がほしいッスわ)


 一般人が軽業師と言われてぱっと浮かぶのは曲芸をたしなむ芸人だ。


 芸人といえば浮世がなんたらかんたらと女性関係にルーズな一面もある。それを見越しての人選なのだろうが、レオンとしては裏の顔を持つ軽業師として見てほしい気持ちがあった。


(3日くらい前の喧噪が嘘みたいッス。もっと事件性のある何かを望んでいるッスけどねえ)


――軽業師。俊敏さを活かし、闇に紛れ込み、さらには機密情報を盗んでくる。


いわば暗躍職も兼ねているのが軽業師だ。


 レオンとしては自分の闇側の特性が活かせる方面での仕事を回してほしいと思ってしまう。だがここはちまたでは左遷場所と言われている第10機動部隊だ。そんな隠密活動を必要とする仕事が回ってくることなどめったにない。


(昔が恋しいッス。なんで好き好んで、恋愛相談に乗らなきゃならない身になっちまったッスかねえ)


 レオンの前の所属はとある斥候部隊であった。そこでは活き活きと自分の能力を発揮した。


 だが、表の面も活き活きと発揮した。浮世と女は芸の肥やしというアレだ。それが行きすぎたせいで、前の勤め先にはいられなくなって、この第10機動部隊に飛ばされてしまったのだ。


「了解ッス。んで依頼人は30歳童貞の魔法使いの男ッスか?」


 レオンは横っ面にヨンの非難めいた強い視線を受けるが、ひょうひょうとした態度でそれを受け流す。


 レオンは依頼書に書かれている名前の欄を見るが、文字が水で濡れたせいか、名前からは男なのか女のかはっきりとはわからない。確認のため、隊長に聞くのだが隊長はどっちなんでしょうと困り顔である。


「まあ現地にいきゃわかるっしょ。女の子だったら、俺っちがかっさらってくるッス」


「30歳の童貞魔法使いの男であることをねがうんやでーーー!」


 レオンはヨンの言葉を無視して依頼書を右手でひらひらと動かしながら部署の外へと出ていく。その背中をずっと非難の目で追いかけていたヨンである。


◆ ◆ ◆


 レオンがこの部署から退出した後、ヨンは自分に手渡された依頼書の内容を確認する。ヨンは一度、天井の方を見て首をかしげる。


「うーん。失せ物探しはええんやけど、それに繋がる何かがないと探知魔法もうまく働かないんやで」


「ヨンさんよりも精霊使いのあたしのほうが適任なのかしら……。今は亡き妻のとある遺品を探してほしいって内容ですし」


 失せ物探しの場合、その失くした物に長く触れていた者がいれば、その者を介して探知関係の魔法を使えば割とすんなり見つかる。


 しかしながら、今回のようなすでに故人となってしまったひとの遺品探しとなると、ケースによってはいくら魔法を使ってもなかなかに難しい。


 その点、精霊使いの場合は精霊に直接聞くという手法を取れる。要は失せ物を精霊と共に探し出すということだ。魔法使いと精霊使いとでは失せ物探しのアプローチの仕方がまったく異なっていた。


「まあ、わいが行ってみますわ。そんで魔法でどうにかならなそうなら、隊長へと応援要請しますわ」


 ヨンはそう言うと依頼書を見ながらぶつぶつと何かを呟く。そうしながら部署の外へと歩いていくものだから、ヨンはそのままの姿勢でガツンと扉に当たってしまう。


 ヨンはよろけながらも立ち上がり、今度はしっかり扉を開けて、部署の外へと向かう。


◆ ◆ ◆


 部署に残されたのはマリーとクロードの2人であった。クロードの依頼書には土木作業のお手伝いという単純明快なことが書かれていた。


 クロードは部署の備品からつるはしを取り出す。獅子のマスクは制服のポケットの中。異形な籠手は右腕に装着した。


 マントは土木作業の邪魔になるので、この居室に置いていくことに決めた。


 準備が整ったクロードはマリーの方へと近づく。


「んじゃ、俺もそろそろ行ってくる。パパっと片付けて陽が落ちる前には戻ってくる」


「はい、いってらっしゃいあなた」


 マリーはそう言うと部署に誰も残っていないのかをよく確認する。その確認が終わった後、クロードの前にそそくさと進みでる。


 マリーはおもむろに伊達メガネを外す。


 マリーはうつむき加減ですでに照れ始めている。クロードもクロードで釣られてうつむき加減になっていく。


 クロードは膝を曲げて、マリーがほっぺたにキスをしやすいような高さに顔の位置を調整する。


 マリーはチュッという軽い音をクロードの左頬に鳴らす。


 マリーとクロードは自らにそうしておきながらお互いの顔を真っ赤に染め上げるのであった。


「ゆ、夕方前には戻ってくる」


「う、うん。気をつけてね」


 だがこのふたりが望む平穏は長くは続かなかった。クロードが向かった仕事先で今まさに事件が待ち構えていたのである。

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