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【Roster No.22@ウランバナ島南西部】

「クソがよ!」


 周りの奴らがどよめいた。こりゃいかん。


「儂は席を外す。しばし待たれよ」


 と言い残して取り巻きを大広間に置き、小部屋に入る。儂の目が狂ったのやもしれぬ。今一度、携帯情報端末で地図を見る。……狂ってなどおらん。次にセーフゾーンから外れるのはこの教会を含む南西部。姫乃秀康あのジジイ、儂を裏切りおったな。


『あっれれぇ、おっかしいなー?』


 儂はクレームを入れてやろうと、携帯電話――スマホなどではなく携帯電話だ。電話は電話さえできればイイ――で姫乃秀康に電話をかけた。若い男の声だ。姫乃秀康の声ではない。


『ウランバナ島に、個人の持ち物は持ち込み禁止では? 特にスマホなんて、真っ先に取り上げられたろうに』


 この男、詳しい。

 儂は、ああは言っても覗き込んできているような輩がいないだろうかと後ろを振り向いて、誰もいないことを確認する。


巫山戯ふざけるな」

『おおこわ』


 姫乃秀康ではない人間に電話をかけてしまったかと、携帯電話の表示を見る。間違ってはいない。となると、姫乃秀康の個人用の電話にかかってきた電話に出ているこの男は何者だ?


「貴様、何者だ」


 聞けば、間髪入れずに『ナイトハルトだよ』と返答される。はて、ナイトハルト。どこかで聞いたことのあるような、ないような。


『オレはデスゲーム反対派から依頼されて、主催者の姫乃んところに来たわけよ』

「依頼?」


 反対派。そういうのもいた。最後の1チームになるまで殺しあうデスゲームに対して、人命を軽んじているだとか、殺人行為を推奨するものであるとか。銃火器の使用に関しても議論があり、ウランバナ島の各地に配置された車も、そのメーカー側との交渉が難航した、と聞く。


『でもさあ、

「ナイトハルトと言ったな。依頼とはなんだね」

『ナイトハルトにはいろんな人間から依頼が舞い込んできて、その依頼を達成することで報酬をいただいている』


 要は何でも屋のような男らしい。


『よくよく考えたら、姫乃からの依頼はナイトハルトとお嬢さんをそちらに送り込んだ時点で達成してるんよ。あとはナイトハルトとお嬢さんが、いい感じに大会を盛り上げてくれたらいいわけで』


 金で動く何でも屋は、金以外で損得勘定をしない。このナイトハルトもまた同じか。まあ、話は聞いてやってもいい。


『お嬢さんが死んだのは、予想外っちゃ予想外だったけども……。最後のほうでネタバラシして、姉妹が再会したからハッピーエンドな! みたいな』

「……姫乃秀康はどうした? なぜ、貴様が電話に出ている」

『ああ。死んだよ。ちなみにオレの名誉のために言っておきますが、オレがここに着いた時には。だから、オレは依頼者に死んでたよ、って事実を伝えるだけで報酬ゲット。楽勝Toooooooo easyだぜ』

「なんだと?」


 儂が『ウランバナ島のデスゲーム』への参戦を決めたのは、姫乃秀康からの直接の申し出があってのものだった。金に目がくらんだ他の参加者とは違い、儂には『ウランバナ島のデスゲーム』のという超強力な後ろ盾がいる。……いや、もう死んだというのなら、と過去形とするのが正しいか。

 南西部に教会を建てたのは、儂の進言があってのことだ。信仰のシンボルとして、人の心の拠り所は目立つ形で存在したほうがよい。西。そういう取り決めになっていた。儂がガラにもなく悪態をついてしまったのは、地図を見て、姫乃秀康に欺かれたと気付いてしまったからだ。恩知らずめ。


『んで、ヒトメサマとしてはどうすんのよ。これから。黙ってウランバナ島に骨を埋めるつもりではないよな』


 死というリスクを忌避して、一億の賞金リターンというニンジンを見失い、当初、参加者はなかなかに集まらなかった。このままでは参加者を100人も集められず、開催できるかも怪しい状況だった。――と聞いたが、これも嘘だったのやもしれぬ。


 苦悩の果てにインフルエンサーたるヒトメサマに話が舞い込んでくる。儂が参戦を表明した配信には従来のリスナーだけでなく、ウワサを聞きつけたネット民が大挙して押し寄せた。各地で開催されている『デスゲーム』を知らなかった層にもヒットし、切り抜き動画が出回り、ネットニュースとなり、応募が殺到した。姫乃秀康からは感謝されたものだ。当初の予定では一万人以上の応募が来て、オーディション形式とし、リアリティーショーとして企画していたものだから、応募が来るに越したことはないのである。


「脱出用の船を用意している」


 劣勢となり優勝が遠のくような事態が起こるようであれば、ウランバナ島から脱出する。儂は姫乃秀康を信用しておったが、ほんのちょびっと、疑ってはいた。人と人とで殺し合いをさせて、戦いの後はアミューズメントパークとして運営する。姫乃秀康は「古今東西、赤壁の戦いレッドクリフやら関ヶ原やら、人と人との争いが行われ、人の血が流れた場所が観光地となるのは、そうおかしなことではない」と豪語していた。しかしそれは過去の話だ。政変と人為的な娯楽の殺し合いを同列に扱っていいものか。現代にもなってそんな発想をするような人間を、まともな取引ができる人間だとは思わない。しかも、その戦地に儂を送り込もうってんだから。


 ほんのちょびっとの疑いが功を奏した。


 船頭は儂の古くからの友人だ。儂がこの目を失うことになった事故現場に居合わせた男。そして、儂に不可思議な力など一切ないのだと、理解してくれている唯一の友。


『用意周到なことで』


 感心したような、もしくは、呆れているような、そんな調子だ。褒め言葉として受け取っておこう。


 儂に超常現象を起こす力はない。儂が矢面に立って、儂が起こしているように見せているだけ。教祖として崇め奉られるのが、この上なく愉快で、儂は人の上に立つために生まれてきたものだと確信しているから、ヒトメサマになった。ただそれだけのこと。これまでのに加えて、ウランバナ島でおタヌキ様を召喚したのは、すべて、儂ではない。


『逃げるんなら、さっさと逃げておくんだったな』

「何?」


 儂が聞き返すタイミングで、背後に銃声が鳴り響いた。

 侵入者か!


『ナイトハルトも、逃げてくれないかな。無理か』


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