どこかの誰かがぼくみたいなオトナを『子ども部屋おじさん』と呼んだ。ぼくみたいな人が、他にもいるんだと思った。よかった。他の誰かも、ぼくのように引きこもっているんなら、何もぼくが外に叩き出される必要なんてないのだ。
ないはずだった。
母さんは、ぼくになんらかの精神しょう碍があるのではないかと
結局は母さんの望んだような診断結果は得られず、ならば何故、ぼくは他の、普通の人たちのように、朝早起きして昼は仕事して夜遅く帰ってくるような生活ができないのか、その理由はわからずじまい。
『元気してっかー?』
三ヶ月前。冒頭に『オタクー!』をつけたらまんま〝オタクに優しいギャル〟の挨拶のような電話がかかってきた。母さんは買い物に出ていて、いない。
「どなたですか?」
『ウチだよウチ』
「……誰?」
『佐々木! じゃ、ないわ、桐谷だよっ』
桐谷さん。
高校の同級生に、そんな名字の女の子がいた。
「急に、何用でしょうか」
下の名前は、ミズキだった気がする。桐谷ミズキ。ぼくはSNSで彼女のフルネームを探す。すぐに出てきた。佐々木、と言ったのは、去年結婚しているからっぽい。
『またサバゲー、やらない?』
「旦那さんと、その友だちを誘えば?」
『? 結婚したって話したっけ?』
この程度の距離感になってしまった。
「今、知りました」
高校時代のぼくらはサバゲー部に所属していた。サバゲー部、特に目指す先はなかったけど、部員は十人ぐらい。体育館を使う運動部と被らない水曜日に、平均台や跳び箱のような障害物を用意してモデルガンを撃ち合っていた。顧問の
『あのさ、ウランバナ島ってところで開催されるサバゲーなんだけど』
「だから、ぼくじゃなくて」
『旦那とは別れる』
その旦那さんのお顔は、しばらくスクロールした先にあった。旦那さんのアカウントのリンクを辿ると、なんだかあちこちに旅行しているような写真が並んでいる。
『四人でチームを組まないといけなくてね。ここでサバゲー部が再集結できないかなって』
「それでぼくに」
『そう。コタロウとカンタには連絡済。リョウマのアカウントは見つかんなかったから、実家の電話かけてみたら、ビンゴ』
懐かしい名前が出てきた。
「ぼくは出られませんよ」
『え、なんで?』
「おじいちゃんの介護がありますし、母さんも一人にしておけないし」
それらしい理由を述べて、諦めさせようとする。おじいちゃんに何かあっても、動くのは母さんだけで、ぼくは何もしないのだけど。素人のぼくがオロオロしていてもどうにもならない。こういうのはプロに任せるのが一番。
『そっかあ。大変なんだね』
「うん。それじゃあ」
と言って、ぼくは受話器を戻『このままぼーっと生きているより、大会に参加したほうがよくない?』思いとどまった。
『あの頃みたいに、楽しもうよ』
「……でも」
『そりゃあ、高校生の時ほどは動けないけど、ま、三ヶ月あるしさ!』
あの頃。そうだ。あの頃を思い出そう。いずれおじいちゃんは亡くなり、母さんも介護が必要になってくる。その前の、思い出作りとして。
きっかけが何であれ、母さんも、ぼくが家から出ていくことを喜んでくれるはずだ。
(――と、思っていた時期がぼくにもありました)
ぼくはウランバナ島の南西部にある家の、クローゼットの中へと隠れていた。ミズキやコタロウ、カンタとは後で合流するつもりで、降り立った場所から自由行動している。のだけど、そのまま忘れ去られりゃいないか。トランシーバーで話しかけてみても応答がない。
<<モリ は 火炎瓶 で ノブ を キルしました>>
携帯情報端末には、また一人と脱落者の名前が表示される。
火炎瓶。直接投げつけられたんだろうか。この人は焼け死んだってことか。怖い。
次のプレイゾーンが発表となり、南西部もプレイゾーンから外れることになったのは、ぼくも知っている。さてどうしたものか。いずれここが立入禁止区域になってしまうわけだけども、隠れていれば、まあ。なんとか……。知らんけど。
ミズキたちが今どこにいるのかの情報、この携帯情報端末の地図に表示されるって言われてたのに、ぼくのは壊れているみたいで、表示されない。けれども、ミズキたちの名前はまだ表示されていないから、この島のどこかでは生きている。おそらく。
<<トモエ は コルトパイソン で ハル を キルしました>>
【生存 39(+1)】【チーム 15】