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第23話 タイマンを張らせないでほしい

 精鋭都市テレスへ戻ってきた。

 全てのミッションをクリアしたことをクエスト対象NPCである市長へと報告しなければならない。


「応援していますわ」

「頑張ってニャ!」


 市長室のドアノブに手をかけたところで、後ろから声援を飛ばされた。

 カイリは怪訝な顔をして「え、ついてきてくれないんですか?」と聞いてみる。


「このクエストは一対一なの」


 ルナは残念そうに肩をすくめながら答えた。

 初心者ミッションの〆にふさわしいタイマンである。

 ここまでついてきてくれた1人と1匹に「わかりました! 行ってきます!」と言い放って、道場破りの如く扉を開けた。


「来ましたか。あなたの噂は各都市の長から聞いていますよ」


 アメリカンショートヘアの市長が語り始める。電話や郵便のないこのTGXの世界で、この短時間のうちにどのように連絡が来たのかは定かではない。そこまで深く考えてはいけないのかもしれない。


「ワシは市長の仕事をしながら錬金術を学んでいてね。昨日、合成獣を作ってみたんだよ」


 カイリは「へぇ! すごいじゃないですか!」と手を叩いているが、どうやらこの世界では片手間で錬金術が学べるらしい。

 料理教室で料理を勉強したようなノリで合成獣を作ってしまった市長。


「この合成獣が言うことを聞いてくれなくてね。今朝、我が息子をケガさせてしまった」

「それは大変ですね! 病院に連れて行きました?」


 カイリの返事を無視して、市長は「合成獣を倒してくれないか。キミの腕を見込んでの頼みだ」と頭を下げてきた。

 カイリの目の前にスマートフォンが現れる。


 >わかりました! 戦います!

 >ちょっと待ってください!


 画面には選択肢が表示されていた。カイリはスマートフォンを手に取ると、「話の流れ的に上かな……?」と呟きながら上の文字列をタップする。

 すると、カイリの身体が一瞬浮いて、市長室の中から市長の邸宅の庭へとワープした。もし下を選んでいた場合は「わかった。一度装備を見直してくるといい」というメタなセリフと共に市長室の外へ追い出される。


「グルルルルルルルルルル……」


 頭はライオン、背中に翼が生えたいかにもな“合成獣”が目の前にいた。こいつを倒せば初心者ミッションはおしまいである。カイリはインベントリからスワイプして装備を《ビキニアーマー》に切り替えて、武器の《白銀の杖》を取り出した。ようやくこの恥ずかしい水着から解放されると思うと気合がみなぎる。ついでにスキルツリーを開いて《スプラッシュ》の上位互換の魔法を習得できないかを確認するもスキルポイントが足りない。


「よし! 勝負!」


 覚えられないものは仕方ないので気を取り直し、スマートフォンをしまって《白銀の杖》の先端を合成獣に向けた。

 敵意と牙を剥き出しにして、合成獣が突進してくる!


「いっけぇ! 《スプラッシュ》!」


 考えうる限りの最大威力が出るようにと神経を指先に集中させて、杖から水を噴射した。鼻先にぶち当たって合成獣は「ぬおお」と怯む。カイリの目ではダメージ量が確認できないが、これで相手の体力の4分の1は削れていた。あと3回当てることができればカイリの勝ちである。


「もういっちょ!」


 しかし、2発目は命中しなかった。

 合成獣がその翼を上下に動かして風を起こし、水の勢いを打ち消したからである。

 今度はこちらの番だ、と言わんばかりに合成獣が「グルオオオオ」と唸り声を上げた。


(これは《ファイアボール》を使うしかない……?)


 水属性の魔法攻撃を防がれた今、カイリの攻撃手段は2つある。炎属性の《ファイアボール》を使用するかもしくはお下がりの《白銀の杖》から《昏倒》効果のある《棍棒》に武器を持ち替えるか。リーチが短い打撃武器の《棍棒》よりはウィザードらしく《ファイアボール》を使用すべき場面に違いない。普通のウィザードならばそうだろう。


 あの、脳がショートするような感覚を思い出す。

 やめておけと言われているような気がした。


 六道海陸が【発火】の能力者として発見された、その後の話になるのだが、六道海陸は『火を操る』ことはできなかった。博士が作り出した能力者発見装置は『六道海陸は【発火】の能力者』だと主張しているにもかかわらず、博士の研究室に通っている期間中の一度も能力者らしくその能力を発動できなかったのである。どんなに六道海陸が精神を研ぎ澄ませて念じても、ローソクの1本も灯せない。マッチを擦ったほうが早い。やがて知恵ちゃんが能力者発見装置を「このきかい、こわれちゃった?」と疑うようになってしまった。壊れてなどいない。


(博士、今何をしているんだろう)


 カイリはスマートフォンを取り出し、もう一度スキルツリーを開きながら考える。

 カイリの中にある、六道海陸としての記憶。

 一番新しい記憶はあの白い空間で思い出せたベッドの上に仰向けに寝かされて機械に繋がれているシーンだが、なぜベッドに運ばれたかまでの箇所がごっそりと抜け落ちていて、朝食を食べながら「今日も博士のところに行ってきます!」と叔父さんに伝える、至って普通の日常の風景が出てきてしまう。


きっと、何かあったのだ。

何かあって、その何かが思い出せなくなっているのだ。


「ウオオオオオオオオ」


 無視するな、と合成獣から言われているような気がした。

 習得できるギリギリのスキルポイントで《フラッシュバン》というスキルを見つけ、タップする。


「よーし、新技! 喰らえ《フラッシュバン》!」


 スマートフォンを放り投げ、合成獣と向き直って《白銀の杖》を振るう。

 杖の先からは光線が照射され、合成獣は《混乱》状態となった。カイリに背を向けてふらふらと歩いていく。効いているようだ。のちほどルナから「どうしてそんな使えないスキルを……」と嘆かれてしまうのだが、勝てば官軍である。

 もう一度スマートフォンを取り出し、インベントリから《イエローエーテル》をタップして《イエローエーテル》を取り出す。MPを使い切る前に回復しておくのがよいとカールトンネルでの戦闘で学んでいた。

 エナジードリンクのような味がする《イエローエーテル》を一気飲みしてからカイリは叫ぶ。


「勝つぞおおおおおおおお!」



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