セネカのクエストは残り半分。
因縁のカールトンネルにて、ゴーストを15体倒さねばならない。
「これって、クレイバットのほうを倒しちゃダメなんですか?」
1種類だけではあるが魔法を使いこなせるようになったカイリはスキップしながらカールトンネルの入り口までやってきた。クエスト対象のモンスターは幽霊型のゴーストだが、カールトンネルの1階は適正マップでもある。カイリの現在のレベルならモンスターを倒せば倒すほど経験値が入って美味しい。ルナは「倒してもいいけど残りのMPに気をつけなさいね」と助言する。言っておかないとやらかしかねない。
カイリが今装備している《白銀の杖》は魔法攻撃に特化している代わりにプレイヤーのMPが切れたらただの杖。カイリは一度死んで学んでいるだろうから、今一度の説明は省く。クレイバットは回避率が高いので打撃系の攻撃はほぼ当たらないと考えていい。幽霊型のモンスターには打撃系の攻撃が通用しない。すなわち、カールトンネル内でのMPの枯渇は死に直結すると考えていい。
「ウチのバフもかけておくニャ」
レモンティーはニーチェ墓地でのマミークイーン戦でルナに対して使用した能力値を一定時間上昇させるスキルをカイリに対して使用する。これで苦戦することはない。よほどのことがないかぎり。――ここまでの初心者ミッションでのやらかしの数々が脳裏をよぎった。
カイリが「旅館を出る前にもう一度露天風呂に行ってきます!」と宣言して客室を離れている間に、ルナとレモンティーで話し合いをしている。話し合いというほどのものでもないが、この話し合いの結果、現在進行形のクエストを含めてあと2つとなった初心者ミッションを最後まで見守ることが決定した。
はっきり言って時間の無駄であるので、ルナはレモンティーに反発されることを危惧していた。が、レモンティーも(ゲーム内でのアバターはシャムネコではあるが)1人の人間としてカイリに情が移っていたので、ルナからの「カイリちゃんの初心者ミッションを最後まで見届けようと思うの」という提案に「ウチも今日ログインしたら『カイリに付き合いたい』って言おうとしていたニャ」と即答したのである。レモンティーにとってのカイリは、
ギルド内の掲示板には「本日はギルドマスターには連絡をしてこないように」と書き込んだので、他のギルドメンバーからは呼び出されないだろう。
夜にはギルド内での会議が予定されている。夜までにはカイリの初心者ミッションが終わる。ここでルナは
「出たな! 気持ち悪い色のコウモリ!」
カイリは《白銀の杖》の先をクレイバットに向ける。ゴーストが出現するスポットはマップの奥まったほうである。一度殺されているのでその恨みを晴らしたいのはわかるが、カイリの現在のステータスでは《スプラッシュ》は10発が限界だ。倒さなければいけないゴーストは15体。インベントリはMPを回復する《イエローエーテル》で埋め尽くされていた。全部ルナが贈ったものである。ルナからのメッセージで使用方法も教えてある。
「ほっ! ほっ! てや!」
水が命中し、まるで縁日の射的のようにポンポンと落下していくクレイバット。カイリは得意げであるが、セネカのクエストのクリアに必要な《黒曜石》を獲得するためにはゴーストを倒さねばならない。5体ほど倒したのを見守ってから「気が済んだかしら?」とルナは問いかける。
「はい! せいせいしました!」
「じゃあ、ゴーストを倒しに行こうニャ」
ダンジョン内でも《テレポート》は使用できる。とはいえレモンティー自身が初心者クエストを進めているわけではないので、ゴーストの出現スポットはマップ上に表示されない。TGXではクエスト対象NPCの居場所が赤く表示されるように、クエスト対象モンスターの出現スポットは青く表示される仕様となっている。レモンティーは「カイリ、マップの青くなっている場所の座標を教えてほしいニャ」と訊ねた。座標さえわかれば《テレポート》で指定できる。
「えっとですね……」
カイリは右手にスマートフォンを呼び出して、その画面にマップを表示すると「ここです!」とレモンティーに見せた。転生者にはスマートフォンが見えるが、一般プレイヤーにはスマートフォンは見えない。ゲームマスターからプレゼントされたスマートフォンは、あくまで一般プレイヤーがそのパソコンの画面で確認できる情報を転生者が確認するためのツールである。
「ここって言われてもわからないニャ」
レモンティーは困ったように耳を掻く。ルナが画面を覗き込みながら「今調べたわ。245の8ね」とパソコンで攻略情報を調べたかのように偽って座標を答えた。ルナもスマートフォンを呼び出して「レモさんみたいな一般プレイヤーにはスマホが見えないの」とメッセージでカイリに忠告する。
座標を把握したレモンティーが《テレポート》を使用して、次の瞬間には2人と1匹はゴーストたちに囲まれていた。