勉強ばかりの箱入り娘だったこの子が、急になんでも好きにやってもいいことになってさあどうしましょう? となったところをお姉様が誘った、という流れかな。それならゲームに不慣れなのも納得がいく。と、レモンティーは朧月を眺めながら妄想をしていた。
実際は大外れ。
彼女が真実に辿り着くのはまだ先の話である。
「わたしはジョブチェンジして勇者になりたいんです」
転生者のジョブとしての勇者になりたい。という意味合いだけではない。カイリにはCharacter Creationの段階で“勇者”を選びたかった理由がちゃんとある。ゲームマスターからは賢者を指定されてしまったし、想像していた賢者とは違ったけれど。
「ウィザードが不満なのかニャ?」
レモンティーは勇者をジョブとは捉えていない。一般プレイヤーには一生かかっても選べないジョブである。だから、カイリの“勇者”をその言葉の意味合いそのままに解釈した。
「レモン先輩はなんでウィザードからメイジになったんですか?」
「それは、メイジのほうがお姉様のサポートができるからニャ」
ゴリゴリの火力職で、敵を魔法攻撃で倒すのが仕事のウィザードよりも支援職で味方に――特に、お姉様に《スピードアップ》をかけたり傷ついたお姉様へ即時回復効果(アイテムでの回復は全回復するまでに時間がかかってしまう漸次回復)のある《ヒール》を使ったりできるメイジのほうがレモンティーには適している。
「似たようなもので、わたしは色んな人から必要とされるためにジョブチェンジしたいんです」
勇者がその世界を救う物語の多くは、その人が勇者でないと世界を救うことができないという必然性から始まっている。
ゲームマスターに“選ばれて”このTGXの世界に転生したのだ。選ばれたのにはきっと理由がある。その理由は六道海陸が生前に抱き続けていた『人から必要とされる人になりたい』という願いだろうと、カイリは予想していた。カイリの存在がTGXには必要なのだ。たぶん。これから時間をかけて勇者にジョブチェンジして、世界を救わなければならない運命にある。おそらく。正しいかどうかはまさに“神のみぞ知る”。
「それなら、別にウィザードのままでもいいニャ」
「そうですか?」
レモンティーは風呂から上がって、ブルブルと身体を震わせる。水滴が目に入ってカイリは「うっ」とうめいた。
「ウィザードにはウィザードにしかできないことがあるニャ」
「例えば?」
「氷属性の魔法攻撃の《フリージング》はスキルレベルを上げると相手の《硬直》時間が伸びたり、回復効果の《リジェネレーション》は持ち歩く回復アイテムの数を減らせる……どちらもパーティーには必要なスキルニャ」
マァ、リジェネよりメイジの《ヒール》のほうが回復量は多いんだけどニャ。とレモンティーは付け加える。
「カイリはカイリの思う“勇者”像があるのかもしれないけど、まずは身近な人にとっての“勇者”になれるように頑張るといいニャ」
「!」
「どう? ウチ、いいこと言ったニャ」
世界を救う前に身近な人を助ける。カイリには見えていなかった。自分が勇者となることにこだわりすぎていた。身近な人を助けて世界も救う。助けることで必要とされるようになる。
「レモン先輩……!」
ザバァザバァとお湯をかき分けて進み、風呂から上がったレモンティーに抱きつく。乾くのが早い。モフモフの毛皮に頬擦りすると「やめるニャ!」と腕に爪を立てられてしまった。
「そんなレモン先輩のTGXを始めたきっかけは?」
痛かったのですぐに離す。レモンティーは苦々しい顔で「大学受験に落ちちゃってニャ……」と語り始めた。
「ギルメンのみんなにはナイショだけど、ウチは浪人生ニャ」
「なんでナイショなんですか?」
頭空っぽなカイリの発言にレモンティーは「みんなより年上ってバレたらやりづらいから! 言わせんなニャ!」と吠えた。
「ほんとは平日何時からでも入れる! いつだってお姉様の力になりたい! ……でもギルメンのみんなにはログイン時間がわかっちゃうからみんながログインしてくる時間に合わせてログインしてるニャ」
「集団生活って大変ですよね。わかります」
カイリが同情すると「ほんとにわかってるのかニャ……?」とレモンティーは疑いの目を向ける。
また吠えられるかもと身構えるカイリだが、レモンティーはカイリの想定外のセリフを続けた。
「お姉様がいつでもログインしているからって、ギルメンの中で陰でコソコソお姉様をバカにしている奴らがいる。お姉様は誰よりもTGXに真剣なだけなのに。ウチは許せないニャ」