スニーカ族の領地、和風都市ショウザン。
小春日和に桜が満開と、瓦屋根には懐かしみすら感じてしまう。
「「はぁー……」」
ついついハモってしまってお互いの顔を見る。なんだかおかしくなって笑うと、カイリはその顔にお湯をバシャっとかけられてしまった。お返しとばかりに手で水鉄砲を作ってレモンティーの低い鼻にお見舞いする。
「こらっ! 何するのニャ!」
「レモン先輩が先にやったんでしょー!」
「んま! 先輩に口答えするなんて、なんてやつニャー!」
バシャバシャバシャ。
他のプレイヤーのいない、露天風呂でのやりとりである。
カナモリの長い長い話を聞き流して証明書を受け取るだけのピタゴラのクエストをクリアし、ゼノンに片道しか使っていない《往復ワープチケット》を使用して戻り、ヤマダへ証明書を手渡してゼノンのクエストもクリアしたカイリ。5つ目のクエストはショウザンの中心部、フジマウンテンの山頂にある旅館へと《トーフ》を届けるというものだった。ただただ山登りをするだけである。道中のモンスターはルナが範囲魔法の《レイニーレイニー》でオーバーキルしていった。
難なくクエストを成功させると、旅館で一泊することとなった。カイリの提案である。いち早く初心者ミッションを終えたいカイリではあるが、それはそれとして旅館には泊まりたい。ルナが賛同し、邪魔者もいるけれどお姉様とひとつ屋根の下で過ごせるならとレモンティーも賛同した。
広すぎるぐらいの和の客室にテンションも上がるカイリだったが、一般プレイヤーのレモンティーには《体力が回復する》以外の効果はないのでこのカイリのハイテンションが“理解不能”と顔に書いてある。
自身が転生者であるので転生者がはしゃぐ気持ちもわかるが、ルナはかつて一般プレイヤーであった。今は(この初心者ミッションが終わった後でもいいから、カイリちゃんの立ち回りをちゃんと考えて改めさせないといけないな……)と思っている。カイリがこれからもこのように一般プレイヤーから見て不審な行動を続けるのであれば、ルナがどれだけ気を回しても転生者とバレる危険性が高い。何なら自ら暴露するかもしれない。
公式サイトにも載っていない転生者の存在が一般プレイヤーに知られたらどうなるだろう。運が悪ければ公式サイトのお問い合わせフォームから運営側に連絡されてアカウントを削除されるかもしれない。チーターみたいなものだ。現実の世界で死に、ゲームの世界で削除された魂はどこへ行くのか、ルナには想像もつかない。そもそもゲームの運営側はこの“転生者”の存在に気付いているのだろうか。ルナが最後にゲームマスターに会ったのはルナが転生した時。それ以降は連絡を取り合っていない。あのゲームマスターの立ち位置はいったい……?
この絶景露天風呂にルナが不在なのは、他のギルドメンバーに呼び出されてしまったからである。
転生者と一般プレイヤーを2人きりにすることに不安はあったが、ギルドマスターとしての仕事もこなさなければならない。
「ところで、アンタはなんでこのゲームを始めたのニャ?」
レモンティーが手を止めて、カイリに問いかける。
カイリは以前にも答えたような? と思いつつも「ルナさんに誘われたからですよ?」と答えた。
「それよ。お姉様って実際はどんな人なのニャ?」
「どんな人と言いますと?」
「その、現実の世界のお姉様もあんな感じの、キリッとしてて男前な女性なのかなって思ってニャ」
困った。カイリは転生前のルナがどんな人間だったのかは知らない。自分は本名を名乗ってしまったが、ルナからは本名を告げられていない。カイリがどれだけ鈍感だったとしても、レモン先輩がルナにベタ惚れなのはここまでのレモン先輩の言動で明らかである。変なことは話せない。コウモリに追いかけられていた時よりも困っているかもしれない。
「先輩はどうなんですか?」
苦し紛れにレモン先輩の現実を聞いてみる。するとレモンティーは「ウチの話なんか聞いても面白くないニャ」と顔を背けてしまった。話したくないのならわたしから話してしまおう。
生前の、六道海陸の物語を。
「わたしの本当の両親は火事で死んじゃって、わたしはお父さんの弟さんの家に引き取られました。家が燃えちゃったんで」
反射的にレモンティーは「急に重いニャ」と突っ込んでしまった。けれども『火事』と『燃えちゃった』というキーワードが引っかかる。カイリが炎属性の魔法攻撃を使えずにぶっ倒れたのはトラウマ的なものなのかも? ……いや、まさかね。たかがゲームだし。画面上の炎の演出を見てもいないのに精神的ダメージは受けないだろうと仮説を一蹴した。
「本当の両親が死んじゃう前はすんごい勉強してた――のに頭悪かったんですけど、叔父さんは放任主義で『好きにやれ』って感じでした」
「アンタいくつ?」
カイリはちょっとだけ間を空けてから「17歳です!」と答えた。ここまでの道のりを付き合ってくれたレモンティーには隠し事をしたくないという気持ちが、その”ちょっと“の中に込められている。だが、ルナからの忠告を無視して《往復ワープチケット》を使わなかった結果、痛い目に遭ってしまったのは事実であり、ここは最初に言われたように高校名を伏せた。
「高校2年生ニャ?」
「そうです!」
六道海陸は現実には亡くなっているので、正しくは「そうでした」なのだがここでうっかり口を滑らせようものなら『どこで現実世界のルナと出会い、このゲームを始めたのか』のつじつまが合わなくなってしまう。転生したとは言わないほうがいい。なるほどこういうことか、とカイリは水中にあるひざを打った。
「じゃあ、ギルメンにも同級生多いニャ」
「本当ですか? 仲良くなれるといいなあ……」