コック帽を被ったブルドッグタイプのスニーカ族のNPCの前に長蛇の列ができていた。
このNPCに話しかけることで初心者ミッションのクエストが受注できるので、新しく始めた一般プレイヤーが多いということの証左でもある。
その列の横から割り込むことなく、順番に話しかけている様子は国民性が垣間見える瞬間だ。
「アンタ、キャラクリ画面見なかったのニャ?」
レモン先輩のツッコミから逃れるように「えー……」と困った顔をしてルナへと視線を向けるカイリ。カイリとルナ、レモンティーの2人と1匹はTGXの基本の“基”となるジョブシステムについて会話している。列に並んでいる一般プレイヤーたちを見て、カイリが「みなさんいろんな武器を持っていますね!」と見たままの感想を述べたのがきっかけである。
「私がウィザードを推奨しましたの」
「お姉様がニャ?」
カイリはルナが出港させた助け舟に「そうです! やっぱり魔法使いって憧れるじゃないですか!」と乗っかる。自発的にカイリがチョイスしたのではなくお姉様からの進言で選んだのなら、とレモンティーは反論を飲み込んだ。レモンティー自身もウィザードでTGXを始めているので、カイリの言う“魔法使いへの憧れ”は理解できる。
それに、現在の†お布団ぽかぽか防衛軍†には氷属性で単体攻撃の《フリージング》をマスターしているギルドメンバーは3名ほどいるが、炎属性で範囲攻撃の《メテオシュート》をマスターしているギルドメンバーはいない。スキルポイントの上限値の関係で《フリージング》と《メテオシュート》はどちらかしかマスターできないので、普段のモンスター狩りでは範囲攻撃で他プレイヤーの邪魔をしてしまうかもしれないしギルド対抗戦でも活躍しにくい《メテオシュート》より小回りが利いて対象を動けなくする状態異常の《硬直》を確率で与えることのできる《フリージング》を選択する、というのが現在の流行り――“メタ”である。
今後のアップデートにより《メテオシュート》のダメージが調整されたり例の都市対抗のバトルロイヤル形式イベントで《メテオシュート》が有効打となり得るなら《フリージング》型から《メテオシュート》型に鞍替えするプレイヤーも出てくるだろう。メタを先読みして《メテオシュート》型のギルドメンバーを育てておこう、といった考えがあるに違いない。さすがお姉様! とレモンティーは勝手に“お姉様のお考え”を理論づけて納得した。
「あの、」
ルナはブルドッグへ今まさに話しかけている一般プレイヤーを指差しつつ「《鉄の剣》を背負っているのがナイト」と紹介する。習得するスキルによってはソロでもパーティーでも活躍できる万能なジョブではあるが、ナイトにできて他のジョブにはできないものが特にないので器用貧乏となりがちでもある。
「近接攻撃が多彩なソルジャー、強力な魔法攻撃が主体のウィザード、アイテムを盗み取ったりダンジョンのカギを突破できたりとトリッキーな動きのできるシーフ、モンスターを手懐ける唯一無二のスキルを持ったテイマー、《蘇生》スキルのあるネクロマンサーと、召喚術で戦うサマナー」
以上の7種類が一般プレイヤーの最初の選択肢として提示されるジョブである。カイリはおおー! と歓声を上げてから「でも、ルナさんはヴァンガードで、レモン先輩はメイジですよね?」と、そのどちらも7種類の中にないことに気がついた。
「ヴァンガードはソルジャーの上位職よ。ソルジャーをレベル500まで育てるとジョブチェンジできるわ。レモさんのメイジはウィザードの上位職ね」
ルナがジョブチェンジしたのはβテストの頃である。その頃はレベル500に到達した時に受注できるクエストのクリアで《エントリーシート》が手に入った。正式リリースされてからは転生者なのでジョブチェンジに必要な《エントリーシート》はアイテム課金でしか手に入らないという落とし穴には気付いていない。
「ジョブチェンジ……!」
耳馴染みのないカタカナを並べられていたが、『ジョブチェンジ』というワードはカイリにも聞き覚えがある。ゲームマスターに教えてもらったのだ。そのジョブチェンジができるようになる頃にはカイリは“勇者”へとジョブチェンジしたい。今はレベル1のウィザード。ルナやレモンティーが一度はレベル500を達成しているのであれば、カイリにだってレベル500まで成長する可能性はあるだろう。
「普通のプレイヤーはタダでは手伝ってくれないんだからね。お姉様に感謝しなさいニャ」
レモンティーが口を挟んでくる。TGXでは適正レベルではないダンジョンでモンスターを倒した場合、そのプレイヤーには経験値が入ってこない仕様となっている。プレイヤーがレベル100ならレベル50からレベル150までのモンスターの出現するダンジョンでなければならない。“普通のプレイヤー”が手伝う旨味といえば、低確率でエンカウントできるレアモンスターのドロップアイテムぐらいなものである。
「何か支払ったほうがいいんでしょうか?」
首を傾げるカイリに、ルナはごくりと生唾を飲み込んだ。欲しいものがないといえば嘘になる。しかしレモンティーの目もあるこのタイミング。口に出してしまうのはリスクが伴う。
「アンタが手に入れられるモノなんてお姉様は持っているわニャ」
「そうなんですか?」
「そうよ。なんせお姉様は超希少な《競泳水着》だって持ってるんだからニャ」