現実時間では16時。
あと1時間もすれば現実の生活では“学生”のジョブに就いているプレイヤーがログインしてくるだろう。
テレスはリフェス族の勢力範囲であり†お布団ぽかぽか防衛軍†はリフェス族のメスのアバターを使用しているプレイヤーしかいない。
もっともアバターがメスなだけであって現実では
不特定多数の人間が集まるコミュニティでは人と人との諍いはちょっとしたことで起こってしまう。これは避けられない。避けられない事象に運営がどのように対処していくかでプレイヤーからの評価は変わってくる。TGXでは有害なプレイヤーに関する情報を公式サイトのお問い合わせフォームで募っており、報告から1営業日以内にゲーム内のチャットログや行動ログを確認してそのプレイヤーをBANする(=運営の権限でアカウントを削除したり、一定期間ログインできなくする)かどうかを判定していた。
1日に何万件と送り付けられる報告の中では人間関係のトラブルを除くと「○○(任意のプレイヤー名)にラストアタックを盗られた」というバッドマナーに憤慨するものが多い。スキルの中には広範囲に攻撃判定のあるものも少なくないので、所定の場所で出現してくるモンスターに意図しない攻撃が当たってしまい、それがとどめの一撃となってしまったパターン。ゲームの仕様とはいえ、頑張ってHPのゲージを削っていたプレイヤーはせっかくドロップしたアイテムを手に入れることができない。ランボー怒りのお問い合わせである。非常にシビアなドロップ率であるレアアイテムならなおさら。
直近のアップデートにて“最初に攻撃したプレイヤーとパーティーを組んでいるメンバーのみフィールドボスにダメージが与えられる”という調整はなされたが、フィールドボス以外にも有用なアイテムをドロップするモンスターはいるのでまだ改善の余地はある。
ルナからスマートフォンの使い方を一通り教えてもらったカイリは渡されたアイテムをインベントリから装備欄にスワイプして着用した。レベル1の状態ではステータスの要求値がクリアできないアイテムでもギルドの加護を受けてステータスが上昇している現在のカイリなら難なく着用できる。だが、カイリは「ただの露出狂じゃないですか!」と顔を真っ赤にし一瞬で《麻の服》と《スパッツ》に戻してしまった。至極真っ当な反応である。
「恥ずかしがるのはおかしいですわ。私以外からはロシアンブルーかイタリアングレイハウンドに見えていますのよ?」
「で、でも……」
「その《ビキニアーマー》はとっても貴重なアイテムなの。大切にしてほしいわ」
このルナのセリフに「どの辺がそうなんです?」とムッとするカイリ。変態の趣味と侮るなかれ。ルナの所持していた《ビキニアーマー》には《ビキニアーマー》本来の《魅了》スキルに加えてエンチャントされた《会心率上昇》の効果がある。つまり、着用していれば《魅了》耐性のない相手は行動不能になり2回に1回はクリティカルダメージを与えることができる優れもの。エンチャントはステータスの幸運値が高ければ高いほど成功率が上がるのだが《会心率上昇》の成功率は最大補正でも3%となっている。
「戦ってみればわかりますわ」
たったの3%を成功させて作り上げられた白い《ビキニアーマー》の素晴らしさをMMORPG初心者のカイリに理解させるにはモンスターと相対させるしかないのかもしれない。と思っての一言である。
「なら、戦闘時以外はこの服でもいいですよね?」
どうしても《ビキニアーマー》を着用したくないカイリは普段着としての《麻の服》を提案するも、ルナからは「モンスターの目の前でスマホを出して装備を入れ替えますの? インベントリを開いている間に噛みつかれて死ぬわよ」と却下された。
「この服以外のアイテムはないんですか! ルナさんが今着ている鎧みたいな!」
なんとか食い下がろうとカイリはルナの鎧を指差す。この鎧は《妖精王の鎧》といい、フィールドボスのエンシェントダークエルフからドロップする。現時点で実装されている鎧の中では最上位の性能である。要求値としてレベル450以上でなおかつ全てのステータスがS以上でなければならない。ありとあらゆる正規の
ルナはスマートフォンを出現させ、ギルドの倉庫を確認し始めた。低レベルでも装備できるアイテムが眠っているかどうかをチェックする。しかし、どんなに目を凝らしても見当たらない。ドロップしたが自分のジョブでは装備できないので他のプレイヤーにプレゼントするためのアイテムや消耗品ばかりである。これまで初心者の入団を断りギルド戦に打ち込んできた†お布団ぽかぽか防衛軍†らしいといえばらしいラインナップに、ルナは嘆息した。まさか仇となるとは。
「この“初心者ミッション”ってなんですか?」
ルナが視線をスマートフォンに落としている間、カイリもスマートフォンをいじっていた。そこで発見したのが“初心者ミッション”である。ルナは「それですわ!」と表情を明るくした。この初心者ミッションをクリアすればレベル50ぐらいまでは使えるジョブ専用装備一式が手に入る。性能でみれば《ビキニアーマー》一択なのだが、着用する本人がお気に召さないのだから仕方ない。
「ギルメンに挨拶したら“初心者ミッション”に行きましょう!」
カイリの手をぎゅっと握りしめるルナ。カイリは「はい!」と明るく応える。
このタイミングでログインしてきたギルドメンバーのレモンティーは「お姉様……ニャ?」と困惑した。