カイリの悲鳴はプラトン砂漠の上空で拡散する。
「うにゃああああああああああああああああ!?」
紫がかった青色で染め上げられた空には星々の煌めきが散りばめられている。落下していくカイリの姿は、このプラトン砂漠に最も近い都市であるテレスからは“流れ星”に見えたらしい。露店を開こうとマップ内をうろついたのちにちょうどいい場所を見つけて腰を落ち着かせ、やれやれと空を見上げたリフェス族の一般プレイヤーが発見して「プラトン砂漠で流れ星が発生している」とワールドチャットへ流した。その“流れ星”をひと目見ようとマップ間の移動ができる《テレポート》を用いて続々と各地のプレイヤーたちが集う。
テレス一の勢力を誇るギルド†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドマスターであるルナもその野次馬のうちの1人である。ルナはプラトン砂漠まで自身に《移動速度上昇》バフをかけて移動してきた。ウェーブのかかったプラチナブロンドとインテークを整えてから、褐色の肌に映えるエメラルドグリーンの瞳で“流れ星”の正体を捉える。
「転生者……!」
驚愕はその他大勢の一般プレイヤーたちの喧騒によって誰の耳に届くこともなく風へさらわれていく。何を隠そう、ルナも転生者である。現実時間では1年ほど前、このTGXのβテストが終了して正式リリースとなったタイミングでゲームマスターに“第四の壁”へと連れ込まれた。ゲームマスターからは「βテストで活躍してくれたからね!」とその知識と経験を評価された形である。一般プレイヤー視点で表示されるジョブ名は上位職のヴァンガードとなっている。
やがてカイリの背中はオアシスの水面に激突し、どっぼーんという轟音と共に水柱を作り上げた。水飛沫は周囲に一時的な雨を降らせる。その水は瞬く間に砂へと吸い込まれていったが、“流れ星”ことカイリの身体が浮き上がってこない。
「“流れ星”じゃなくてリフェス族だったよニャ……?」
「いや、スニーカだワン」
一般プレイヤーたちは“流れ星”の正体を予想している。転生者のルナにはカイリの姿が“女の子”と正しく判別できているのだが、一般プレイヤーには『それぞれの種族の姿に見えている』ことにより混乱が生じていた。
「ちょっと失礼しますわ」
ざわめきをかき分けて前進し、ルナはオアシスへと飛び込む。移動しながらスマートフォンの画面をスワイプし《ライトアーマー》から《水中探索》スキルの付いた《競泳水着》に装備を入れ替えたので溺れはしない。スキルのおかげで目を見開いても痛みはなく、呼吸することもできる。ルナが《競泳水着》を所持しているのは、ひとえにβテストの頃からTGXをやりこんでいる証拠である。
かつて《競泳水着》はデッドエンドマミーというニーチェ墓地でしかエンカウントできないレアモンスターがドロップするアイテムであった。しかし、このモンスターはβテストから正式リリースに移行する際にレアモンスターから通常モンスターに格下げされ、3%の確率でドロップしていた《競泳水着》はデッドエンドマミーではなくフィールドボスのマミークイーンからしかドロップしなくなってしまった。マミークイーンはフィールドボスの中でも頻繁に《即死》技を放ってくる。これには《即死》耐性を強化した装備を揃えるしかない。レベル500のパーティーでも苦戦する上に《競泳水着》は確定ドロップではない。ドロップしたとしてもこのゲームの仕様上、最後に攻撃したプレイヤーに所有権がある。要は、入手困難なアイテムなのである。
TGXでは水中にモンスターが出現しないため《水中探索》スキルは「何故実装されているのか?」としばしば議論の対象となっており「将来的に水中のダンジョンが作られた際に必要になってくるのではないか?」と根拠のない噂を広められていた。《競泳水着》はプレイヤー間では(TGXのアイテムをコンプリートしたいマニア向けの)コレクターアイテムという扱いとなっている。
ルナの他に水中に飛び込んでくる者がいないのは上記の理由で《競泳水着》を所持しているプレイヤーがほぼいないに等しいからである。誰もが“流れ星”の正体を知りたがってはいるが、水に潜れないので知り得る手段がない。オアシスに集まってきた一般プレイヤーたちは“流れ星”が浮き上がってくるのを待つことしかできないのである。
ルナはゆっくりと沈んでいくカイリを見つけると《移動速度上昇》バフを自身にかけ直して素早く彼女を回収し、その身体を左手で抱きかかえて右手にスマートフォンを呼び出す。ギルドのメニューを開いて『本拠地に戻る』を選択するとルナとカイリの2人を光の膜が包み込んだ。
ギルドに加入していると交戦中以外の任意のタイミングでフィールド上から本拠地にワープできる。このように†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドマスターたるルナはカイリを水中から安全な場所に保護したが、オアシスを取り囲んでいる野次馬たちは「テレス一のギルドのギルマスが“流れ星”を追いかけてオアシスに飛び込んだが一向に水面へ顔を出さない」のでちょっとした騒ぎとなっていた。
「大丈夫かニャ!?」
「お客様の中に《水中探索》スキルをお持ちの方はいらっしゃいませんかワンー?」