名前が決まったので次は性別を決めなくてはならないのだが、ゲームマスターは「カイリちゃんは女の子だよね?」と性別の選択が可能であることを説明する前に性別欄へ“女”と記入した。六道海陸改めカイリは「はい!」と元気よく返事をする。ゲームマスターはこの返事を同意とみなして、次の設問のジョブ選びへと進んだ。
「カイリちゃんは賢者だからね」
この『Transport Gaming Xanadu』にはジョブが14種類ある。初期に選択できるのは7種類。ジョブは「今後のアップデートで増やす予定」であると運営は公式サイトにてアナウンスしている。だが、現時点で実装されている7種類の初期のジョブと、それに対応する7種類の上位職の中に“賢者”は存在しない。そしてロードマップにも“賢者”の2文字は記されていない。これまでも、これからも。
というのも、ゲームの仕様として
「あの!」
「不満かね?」
右手を挙げて胸を反らせると「せっかく転生できるなら勇者になりたいです!」とカイリは主張した。しかしゲームマスターは「女の子の“勇者”のグラフィックを用意していないから無理だね」と却下する。
「そっかぁ……」
がっかりして肩を落とすカイリに対して「ある程度レベルを上げたらジョブチェンジできるようになっているから、その時までには女の子の“勇者”を作っておくね」とゲームマスターは励ましの言葉をかけた。一般プレイヤーはレベルキャップのレベル500に到達すれば課金アイテムの《エントリーシート》を購入してジョブチェンジができる。転職前のジョブの上位職はもちろんのこと異なるスキルツリーのジョブに変えることも可能である。割り振っていたスキルポイントは返却され、割り振り直して新たなジョブでの戦闘スタイルを獲得する。だが、転生者はそもそも存在がゲームの中にあるので課金アイテムを購入する手段はない。
とどのつまり、この励ましの言葉は実質嘘八百ということになるが、そうとも知らずにカイリは「ご検討お願いします!」と頭を下げた。
「あとは外見を決めなきゃいけないね」
一般プレイヤーならばここで種族を選択することとなる。イヌの頭を持つスニーカ族か、ネコの頭を持つリフェス族の二択である。2つの種族は対立しており、スニーカ族の領地にリフェス族が立ち入るためにはゲーム内マニーを支払わなければならない。逆もまた然りである。
転生者には選択する必要性がないので、この過程はスキップされてヘアースタイルと骨格や体型の調整に入る。一般プレイヤーからはそのプレイヤーの種族と同じ種族のグラフィックが表示される仕様となっている。したがって、転生者はどちらの領地も自由に行き来できてしまう。
カイリは今年で17歳。神佑大学附属高校という高校に通っていたごく普通の高校2年生。とはいえ、現実の六道海陸は死んでしまったので過去形である。ホウキのように先端が枝分かれした髪の毛をいじりつつ「これをどうにかできるんですか?」とカイリは呟いた。
「青色なんてどうかね」
「うひゃっ!」
いじっていた髪の毛がパッと青色に変化して反射的に指を離す。おそるおそる自分の頭を撫でると水分と油分が抜けてパサパサと広がっていた髪の毛の1本1本に栄養が行き渡りしっとりとまとまっている。指通りが違う。
「すごい! 美容室から帰ってきたときみたい!」
ゲームマスターは本を閉じると、尻ポケットからスマートフォンを取り出す。ゲーム内で自身のステータスやワールドマップを確認したりレベルアップ時にスキルポイントの割り振りを行うスキルツリーを表示したりと用途は多岐にわたる重要アイテムである。アイテムのインベントリの管理もこちらからになる。念じれば現れて、不要な時は消滅するので紛失する心配はない。
一般プレイヤーはキーボードの所定のボタンを押下すればこれらの情報が画面に表示される。しかし、転生者にはキーボードはおろかディスプレイすらないので全てこのスマートフォンで代用しなくてはならない。一般プレイヤーにはスマートフォンを使用中の転生者は直立不動の状態に表示されるのでここでも一般プレイヤーと転生者は見分けがつかないようになっている。
キャッキャと喜ぶカイリに「顔は元から可愛いからそこまでいじらなくていいよね?」とおだてながらゲームマスターはスマートフォンを手渡す。
「うへへー」
お世辞をそのまま受け取って手渡されたスマートフォンでインカメラを起動すると、カイリは生まれ変わって青色のサラサラストレートセミロングとなった自身の姿を確認した。整えられた眉毛にくるっとカールした睫毛、パッチリとした二重に吸い込まれるような碧眼はマンガに描かれる美少女そのもの!
「じゃ、あとは頑張ってね」
ゲームマスターがパチっと指を鳴らすと、カイリの足元に黒いシミが現れた。真っ白い空間にその黒さは否が応でも目立つ。身体のバランスが崩れてカイリは「おっと?」と両腕を広げた。咄嗟のことに握っていたスマートフォンを離してしまったが、手から離れた瞬間に床へ落ちるのではなく消滅する。
「消えた!?」
カイリへは不要な時に消滅する仕様をゲームマスターから説明されていないので驚くのも無理はない。黒いシミは徐々に広がり、足は沈んでいく。上げて(褒めて)落とす(物理的に)とは言い得て妙である。カイリは助けを求めるように視線を巡らせてゲームマスターに手を伸ばそうとするも、立っていたはずの場所に彼はもういなかった。Character Creationは完了したので、ここからが『Transport Gaming Xanadu』のゲーム本編の開始である。
「待って! まだ心の準備が!」