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第19話 没落令嬢と黒い影

いかづちのように耳をつんざくカノン砲――


 嵐のように鳴り響く銃声――


 生と死の狭間で奏でられる怒号と悲鳴――


 コリンヴェルトの町は朝までの静けさとは打って変わり、混沌へと変転していた。


 当初はコリンヴェルトの防備は薄いと踏んで勝利を確信していた大ブリタニア軍だったが、カノン砲の砲撃というまったく想定外の反撃を受け、楽勝ムードに早くも暗雲が立ちこめる。

 五隻の内二隻が撃沈し、残った三隻で強引に揚陸したものの、今度はマスケットによる集中放火を浴び、大半の兵士が倒れた。


 なぜ、自分たちも持ち得ない最新兵器を相手が所持しているのか、彼らには理解出来なかった。しかし、それでもなお、大ブリタニア軍は勝利を掴めると確信していた……。




「強い『神霊アウラ』はこちらの方から発せられてますわ」


 通りを疾走するララたちは、『色心眼クレルヴァイヤンス』を頼りにまだ見ぬ強敵の元へと一目散に駆ける。


 その時、進行方向の角から大ブリタニア軍の兵士が十人程姿を現す。


「ララ様。ここは私にお任せください」


 レンはそう言うや否や懐から数本の匕首ナイフを取り出し、


「ハッ!!」


 発声と共にそれを一斉に放つ。


「ぐわぁッ!!」


 バラバラに飛翔したそれはまるで矢のような速さで、それぞれ大ブリタニア軍兵士の喉元を的確に貫いた。


 続けてレンは腰に差していた短い鉄の棒を取り出すと、それを扇状に広げる。

 広がった扇、その骨組みひとつひとつの先端には鋭き刃が伸びている。


 ――鉄の扇?


 ララの目は、初めて目にするその武器に釘づけになる。


「フッ!!」


 腹からの発声と同時にレンがそれを放る。

 鉄扇は回転しながら弧を描き、


「ガハァァァァァッ!!」


 狙いすましたいように敵兵の喉元を切り裂いた。


「さあ、ララ様、ミレーヌ様。ここは私が引き受けますので、先へお急ぎください」


 レンはさらに鉄扇を両手に持ち、横目を送ってララたちにうながす。


「……わかりましたわ。お気をつけて、レン」


 ララは不安を感じもしたが彼女を信じて先へ進む決意をし、そう言い残して再び駆け出した。


「……レン、と呼んでいただけた」


 これまではどこか遠慮がちで他人行儀な呼び方に感じられていたが、ようやく信頼を得て主従関係を築けたと実感したレンは悦びに体を震わせながら、


「精一杯尽くさせていただきますッ!!」


 主の思いに応えるべく、押し寄せる敵兵の只中へと駆け出して行った。




「あともう少しですわ!」


 レンと別れ、激戦区となっている港へ入ると、さらに明瞭ハッキリと強大な『神霊アウラ』を感じられるようになる。


 その相手はもう目と鼻の先にいる――


 と、その時だった――


 ヒュッ!


 一本の矢が風を裂きながらララの方へと飛翔する。


「あぶないッ!!」


 ピシィッ!!


 とっさにミレーヌが手にした鞭を振るい、それを叩き落とす。


「ありがとうございます。ていうか、いつの間にそのようなものを手にしていたんですの?」

「さっきヤン殿からもらったんだ。アタシは短剣くらいしか武器がなかったからね」


 ミレーヌは両手で持った鞭を左右に引っ張り、パチン、と小気味良い音を鳴らせる。


「何だか扱いに慣れているみたいですけど……もしかしてミレーヌ、そういったご趣味が!?」

「そ、そんなワケないだろッ! アタシの実家が畜産農家で牛を飼っていたから、小さいころその手伝いで使っていただけだよッ!!」


 倒錯した趣味の持ち主と疑われ、それを必死に否定するミレーヌ。


 そうこう話している最中、新たな敵兵が五人程集結し、二人の前に立ちはだかる。


「ララ。コイツらはアタシが相手するからアンタは先に行きな」


 ミレーヌが鞭を構えてカツンとかかとを鳴らし、そううながす。


「……わかりましたわ。お気をつけて」

「ララもね」


 二人はコクリとうなずく。


 そしてララは再び駆け出し、敵兵の横を通り過ぎて行く。


「さあ、アンタたちの相手はこのアタシだよッ!!」


 ミレーヌは鞭を鳴らして注意を引きつけ、敵兵の方へ猛然と駆け出して行った。





 ――もう少し。もう少しですわ


神霊アウラ』の揺らめきを強く感じると共に、ララは自身の胸の鼓動が高鳴ってゆくのを感じる。


 リオが――不倶戴天の仇敵がいるかも知れないと考えただけで、彼女は恋慕にも似た熱い感情が湧き上がるのを抑えきれなかった。


 そしてララが曲がり角を曲がると――


「ッ!!」


 そこにいたのは、紫紺色の甲冑とバシネットをまとった数名の紫紺騎士団と、それを率いていると思われるひとりの人物――漆黒の甲冑と顔を兜で鼻の先まで覆い、無骨な大剣を携えた男だった。


 ――リオ……ではない?


 重厚な甲冑で全身を覆ったその男は、以前会ったリオとはまったく違う人物ではあったが、その背中からは紫紺色と青色の煙が大きく揺らめいていた。


「何だ、女か?」


 紫紺色の騎士は、嘲笑を漏らしながらララの方へ近づいて来る。


「……ふぅ」


 ララはひとつ深呼吸を入れてから心を無にする。

 心が内へ閉ざされてゆくのと同時に、研ぎ澄まされた意識は外側へ広がってゆく。


「よう、お嬢ちゃん。俺たちと楽しいこと――」


 ひとりの男がそう言って手を伸ばすが、その手はするりとすり抜ける。


「ッ!?」


 突然姿を消した少女はその男の背後に立っており、彼女は手にしていた剣で一閃する。


「か……はぁぁぁぁぁ……」


 その目にも止まらぬ剣撃は甲冑ごと男の体を斬り裂いた。

 どうっ、と音を立てて男はその場に倒れ伏す。


「こ、こいつ、ただ者ではないぞ!」


 途端に男たちからわらいは消え失せ、みな剣を抜いて構える。


「……」


 ララは無言のまま、無表情のままで同じように剣を構えたまま動かない。


「……うおォォォォォッ!!」


 しばらく睨み合いの状態が続く最中、耐え切れなくなったひとりの男が胴間声を上げながら斬りこんで来ると、それを合図に他の者も一斉に襲いかかる。


「……フッ!!」


 ララはひとつ息を吐き出し、男たちの間を縫うように掻い潜ると同時に、目にも止まらぬ速さで次々と剣撃を繰り出す。


「な、何て速さ……」


 ララがすべての男を抜き去ると、その後ろで男たちはバタバタと倒れ伏せていった。


 残るは漆黒の男だけだ。


 先程から男はララの様子を凝視していたようだが、仲間が倒されようとも、少女の鬼神の乱舞を目の当たりにしても、唯一兜に覆われていないその口元からは何の感情も読み取ることが出来なかった。


 身長はおそらくリオよりもひとまわり程低い。しかし、その全員を覆う重厚そうな鎧と、禍々しいほどの漆黒は、見る者に多大な威圧感を与えていた。


 そして、何よりもララを恐れさせたのは、男の背後に揺らめく煙――『神霊アウラ』だった。


 紫紺と青で構成されたそれはララの瞳に明瞭ハッキリと捉えられ、大きさだけならレンにも引けを取らないものだった。


 紫紺色はリオやヤンと同じ、「海」属性の象徴であるが、青が何なのかわからない。


 ――とにかく、一度やり合ってみないとわかりませんわね


 ララは探りの意味も兼ね、思い切って踏みこんで行く。


「破ァァァァァッ!!」


 素早く男の横まで間合いを詰めると、剣を一閃する。


 ギャイィィィィィンッッッ!!!


 しかし、それは男の大剣によって容易く受け止められる。


「キャッ!!」


 男が大剣を振り上げると、それはララの体をも軽々と前に払い飛ばした。


 宙を舞ったララは体を一回転させ、着地する。


「くっ、何て馬鹿力ですの!!」


 それは想像以上のパワーだった。

 剣を振るったララの手は衝撃で痺れてしまっている。


「……」


 相変わらず無言のままその場に佇む漆黒の男。


 ――あれだけ重そうな甲冑をまとっているのだから、動きは遅いはずですわ


 ララはそう考え、スピードで相手を翻弄しようと試みる。


 しかし、その刹那だった――


「え?」


 フッと漆黒の男は残像すら残さず消え去ると、


「遅い」


 感情の無い冷たい声でララの耳元に囁く。


「ッ!!」


 慌てて横に向き直り、そちらに剣を構える。


 キイィィィィィンッッッ!!!


 一閃した男の大剣をかろうじて受け止める。


「うあぁぁぁぁぁッ!!」


 しかし、その拍子に耐え難い痺れがララの全身を駆け巡り、彼女の剣はわずかに緩んだ手の隙間からすり抜け、遥か後方まで飛ばされてしまう。


 ――この痺れ……もしかしていかづち


 まだジンジンと疼く右手を押さえながら、ララはそう思い至った。


 男は再び目にも止まらぬ速さでその姿を消す。


「『鋼鉄の壁フェッロ・オビチェ』!!」


 ララは右手を掲げて詠唱する。


 それに応えるように手甲を装着した右手の甲から亀甲形の『聖痕スティグマ』が煌々と輝き出し、地中から生じた重厚な壁が彼女の四方を囲んだ。


 これで少しは時間が稼げる――


 ドゴオォォォォォンッ!!


 しかし、ララのその目論見は、壁と共にもろくも崩れ去った。


「そんなッ!? 『鋼鉄の壁フェッロ・オビチェ』がこんな簡単に破られるなんてッ!!」


 唯一使える『魔導ルーン』がいともあっさりと破られたララ。


 崩れた壁の向こうから、恐るべき黒い影が彼女に止めを刺すべく迫り来るのだった。

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