「そういえば、昼間の出来事で気になることがあったのですが」
水を飲んで喉を潤し、少し落ち着きを取り戻してから、改めてララが切り出した。
「『
その問いにヤンは腕組みをしてひとつ大きく息を吐き出し、
「……ララ殿のおっしゃる通りです」
少し間を置いてから絞り出すように言った。
「『
「それじゃあアタシも、ずっと他人の血を飲まないままでいたらあんなバケモノみたいになっちまうってのかい?」
焦燥気味にミレーヌが問うと、ヤンは無言のままうなずいた。
「それではわたくしがヤン殿と初めてお会いしたあの時、わたくしもあの時すでに『
「いいえ。あの時はまだ発症一歩手前という状態でした。今日のあの男と違って、おそらくララ殿は吸血衝動を抑えきれずに発症手前で暴走してしまったのでしょう」
その言葉に何となく安心感を感じて安堵のため息を吐くララだったが、
「私も、アナタがまだ発症手前だったから青い薬を投与したのです。一度発症してしまうと治癒する確率はほぼ
次に彼が放ったその言葉に、非情とも思える冷酷さを感じてしまう。
先ほども、男を何のためらいも無く殺そうとした。
彼の言う通り、『
それはララにも理解出来るが、それでも理屈では言い表せない何かが彼女の胸の奥で
「あの男性がおっしゃっていた赤い薬……ヤン殿は知見を得ておられるようですけど、それは一体どんなものなんですの?」
ララはモヤモヤとしたものを抱えながら、まだまだ尽きない疑問をぶつける。
「……ララ殿ならわかるはずです。『
まさか、と言ってララは息を飲みこみ、
「『
天を仰いで叫んだ。
「そうです。その赤い薬とは、『
「ヤン殿。その口ぶりですと、まるで『
ヤンの言葉にミレーヌが問うと、
「たしかに、赤い薬を作った者は純粋に人間の限界を引き出すためにそれを生み出したのかも知れません。しかし、そういった特異な力を別の目的に使おうとする者は必ず現れるものです……」
まるですべてを悟っているかのような口調で答える。
「つまり、人工的に『
激昂気味に声を張り上げるララ。
ヤンは目を伏せ、小さくうなずく。
「でも、何でヤン殿はそんなに詳しいんだい? いくら長生きしてるといっても、武器商人が持ち得るような情報じゃないような気がするけど」
「ああ、それはですね。この青い薬をくれた人物。それが赤い薬を作り出した張本人なのですよ」
「「ッ!!」」
次々ともたらされる衝動の事実に、もはやララとミレーヌは頭の整理が追いつかないといった
「……驚きですわ。まさか、『
「まあ、それを知る者はかなり限定されますから。仮に一般市民がそれを聞いたところで、荒唐無稽な絵空事程度にしか捉えないでしょう。今のところは……ですが」
「今のところは……」
たしかにそうかも知れない、とララは思った。
民は愚かである方が御し易い、と為政者が思うのは世の常である。だから、一般市民に国の
必要以上の知識を得て賢しくなればなるほどに、執政に疑いを持つ者が生まれる恐れがある。
だから、災いの芽は早いうちに摘まねばならないのだ。
「でも、『
「『
そこで少し間を置いてから、
「『
そう告げる。
「『
その言葉に、ララとミレーヌは自然と顔を見合わせる。互いの瞳に不安の色が宿っているのを感じる。
「まあ、『
そんな不安を払拭するように、ヤンがあえて明るい口調で言う。
――そうですわ。わたくしは死ぬ訳にはいきませんわ。ミレーヌのためにも……
ララは自らを鼓舞し、もうひとつの疑問をヤンにぶつけた。
「ヤン殿。実はわたくし、ヤン殿の背後に濃い紫紺色の煙のようなものが見えるのですが、それが何かご存知でしょうか?」
「背後に煙のようなもの? ……それはもしかすると『
「『
聞きなれないその言葉に、ララは首をかしげる。
「『
「『
「ええ。普通の者には決して見ることが出来ない『
それだけ貴重な存在なのです、と念を押すように言われたララだが、まったく実感が湧かないために喜んでいいものなのかわからず戸惑う。
「その『
「そうそう、その通りです。私の『
なるほど、とララは得心がいったように大きくうなずいた。
ララは以前、自分が背負っている煙を見ようと鏡の前に立ってみたが、どうやら『
しかし、先ほどのヤンの話を加味すればララの『
「あの、ララ様。私の『
すごく興味があるのか、レンが瞳を輝かせながら聞いてくる。
「あ、はい。レンさんは……乳白色と桃色の二色が見えますわ」
「まあ、二つも色があるんですか?」
レンは口元に手を当てて驚いたように開口する。
「たしか、レン殿は桃色の宝珠を持った『
興奮気味に自らの考察をが語るヤン。千年以上生きている彼でさえも知らない事象が存在することに、楽しみを覚えているのかも知れない。
――もしかしたら、この『
ヤンたちとの話で知識を深めたララは、ふとそう思い至る。
今のところ目立つほど大きな『
とはいえそれは、獣面の者が大きな『
――ッ!! わたくしったら、大事なことを今まで忘れておりましたわ!!
あれこれと思惟にふけっていたララは、ハッと何かに気づいて立ち上がり、
「お二人とも、獣の面を被った怪しい人物に心当たりはありませんこと?」
本来、最初に会った時に問うべきだったものを思い出し、ようやくそれを問うのだった。