教会での騒動が解決し、夫婦を送り出した後――
その日は早めに店じまいとして、ララたちは常宿の一室に集まっていた。
ララ、ミレーヌ、ヤン、レンの四人がテーブル席で向かい合う。
「まさかララ殿が『
最初に口を開いたのはヤンだった。
「わたくしも同じですわ。しかも渦巻きの形をした『
「貴女はリオをご存知なのですか?」
ララの言葉に思わず
「ええ。少し前にエイレンヌの町で彼と戦ったことがありますの……」
「エイレンヌ陥落の危機を救った少女がいた、と風の噂で聞いてはおりましたが……まさか、それが貴女だったのですか?」
ヤンの言葉に、ララは力なくかぶりを振った。
「わたくしはただの敗北者です。そこで多くの大切なものを
「……」
事情を知るミレーヌが、少女の頭をそっと撫でる。
「何やら込み入った事情があるみたいですね……」
ヤンはそれ以上その話題に踏み込むことはしなかった。
「ララ殿はいつ『
「つい数ヶ月ほど前ですわ。ですが、覚醒してすぐに宝珠を奪われてしまいましたわ。乳白色をした宝珠ですの」
「ということは、まだ完全に『
「ええ。大体のことはリオと話した時に知ることは出来ましたが……」
ララは自分の右手の甲を見つめながらつぶやく。もうあの光輝く『
「ヤン殿はいつ『
ミレーヌの問いにヤンはかすかな笑みを浮かべて言った。
「私は……いつでしたかなぁ? もう思い出せないくらい遥か昔のことですよ。かれこれ千年以上は優に生きておりますので、詳細は思い出せないのですよ」
「「千年ッ!?」」
軽い口調でしれっともたらされたその言葉に、ララとミレーヌは飛び上がらんばかりに一驚する。
「『
「それは『
「はい。『
ヤンはコクリとうなずき、ミレーヌの方へ向き直って言った。
「ミレーヌ殿は、ララ殿の血を飲んで『
「はい。まだひと月も経ってないので、あまり実感はないけど……」
その言葉通り、ミレーヌ自身はまだ吸血衝動に見舞わたことが無かった。
「実はレン殿も『
ヤンの言葉に、レンがコクリとうなずく。
「ただ者ではないとは思っておりましたが、やはりそうでしたか」
ララは、レンの背後に漂う煙の濃さを見て、恐らくそうではないかと予測していたので、そこまで驚くことはなかった。
「レンさんはヤン殿の血を飲んで『
「いいえ。わたくしに血を分け与えた『
レンはかぶりを振ってそう答える。
「ですが、このような形でヤン殿以外の『
「運命……」
ララはふと考える。
ララ自身、母からもらった
結局その力が無ければ、彼女はエイレンヌでなすすべもなくリオが率いる紫紺騎士団に殺されていたことだろう。
『きっとそれは貴女を護ってくれるわ』
かつて母が言っていたその言葉通り、十四歳の誕生日の贈り物は少女を護った。そして少女はミレーヌというかけがいのない伴侶と絆を結び、ヤンとレンに巡り合うことが出来たのだから、運命とは実に奇なるものである。
「そういえば、『
ハッと何かを思い出したようにララが口を開いた。
「わたくしとヤン殿の『
「『
「属性?」
いまいちピンとこないララとミレーヌが、同時に首をかしげる。
「そうですね……端的に言えば属性は個性ですね。それぞれがそれぞれに得意とする個性を備えている。そんな風に捉えていただければよろしいかと思います」
「ヤン殿もリオも、見えない圧力がこもった衝撃のようなものを放っておりました。渦巻き型の『
「属性で言うと『海』、です。波とかこの前見ていただいた
「海……ですか」
「ララどのは亀甲型の『
「金?」
「はい。端的に言えば
ララは再び自身の右手を見つめる。
リオとの戦いの時も、そして先ほどの騒動の時も、彼女は『
それは彼女の頭の中に自然と浮かび上がった言葉であり、『
しかし、まだ不完全であるためにそれ以上の能力を引き出すことが出来ず、ヤンの言うように自分が思い描いたものを生み出すまでの知識と力は得られていない。
時が経てば、『
あるいは、彼女に力を与えた乳白色の宝珠が必要なのか?
ヤンにそれも問うてみたが、千年以上も生きているという彼でさえもララのようなケースの『
不意にミレーヌが口を開いた。
「ヤン殿。もしもヤン殿が同じ『
それはララとしても興味を惹かれる質問であった。
同じ属性の『
一体どのような結末になるのか、まるで想像が出来なかった。
「それは間違いなくリオでしょうね」
しかし、ヤンは驚くほどあっさりと即答する。
「それはなぜですの?」
「リオは宝珠を持っているのでしょう? 彼がその力を用いて大ブリタニア王国を勝利に導いているのは私も周知の上です」
「宝珠があるだけで、そんなに違うものなのかい?」
「まったく違います。宝珠はいわば、『
「宝珠にはそんな力が……」
ララは今度は自らの手のひらを見やる。
それほどの力を秘めた宝珠だけに、それを
と、ここでレンが興味津々といった
「そういえば『
「え? そ、それは……」
思わず口ごもるララ。
吸血衝動以外で湧き上がる衝動というと、彼女はひとつしか思い浮かばなかった。
それは性欲である。
かつてエイレンヌでミレーヌがエリクに犯されているのを目撃した時、彼女は初めてその衝動に見舞われ、訳もわからないまま自らを慰めたことがある。
その後もララは定期的に耐え難い性欲に襲われており、ミレーヌと愛の契りを交わすまではひとりでかくれて処理していたのだった。
「おや? どうしました、ララ殿? 何だかお顔が赤いようですが?」
「な、何でもありませんわッ!!」
ヤンにツッこまれて思わず叫んでしまうララ。
「ちなみに、ヤン殿の衝動は性欲なんですよ」
しれっとレンがカミングアウトする。
「え? それじゃあ、この町に着いてから毎日娼館に通いつめていたのは、ひょっとしてその衝動を抑えるためだったんですの?」
「いやぁ、お恥ずかしい限りです」
ヤンはバツの悪そうな顔になってぽりぽりと頭を掻く。
――わたくしったら、そんな事情も知らずにヤン殿のことを「スケベ野郎」だとか「ケダモノ」などと言ってしまいましたわ……
同じ衝動を抱える者同士その苦しみがわかるだけに、余計に後悔が募る。
「いいえ、この人はただの女好きのスケベ男ですよ。いくら衝動を抑えためとはいえ、さすがに毎日通う必要なんてありませんから」
そんなララの思いを察して、レンがあえて明るい口調でそう言うと、
「た、たしかにその通りではあるのですが……あまりにも身も蓋も無い言い方ですね」
無慈悲なレンの言葉に、ヤンはただ苦笑するしかなかった。
「フフフ……」
ホッとしたように笑うララ。
しかし、
「「ところで、ララ殿の衝動は何なのですか?」」
「内緒ですわッッッ!!!」
ヤンとレンに改めて問われると、必死の形相でノーコメントを貫き通すのだった。