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第11話 没落令嬢と踊る屍者

 こうして二泊三日の山ごもりを終えたララとミレーヌは、町へと戻ると再びヤン商会の店番を務める。

 この町に来てからもう一週間ほど経過するが、商品である武器は相変わらず売れる気配が無かった。


 いつもと変わらない、ただそこにいるだけの店番。しかし、ララは通りを行き交う人々の声だけでなくその息づかい、心臓の鼓動までもが鮮明ハッキリと感じられることに気づいた。


 ――以前よりも感覚が研ぎ澄まされている。そんな気がしますわ


 不完全とはいえ聖痕使いスティグマータとして常人を超越した能力を保有している彼女であるが、さらなる成長の実感を感じて少し胸が躍る。

 それは隣にいるミレーヌも同様で、彼女も町の人たちの考えが手に取るようにわかる、と興奮気味に話していた。


 それと、ララにはもうひとつの変化が見られた。それは、人の背後に立ち昇る煙のようなものがより鮮明に視覚で捉えられるようになったことだ。

 最初にそれに気づいたのは初めてヤンと会った時だった。その時はまだ彼の背中からうっすらと紫色の煙のようなものが立ち昇っている程度にしか見えなかったものが、今ではより色濃く、より大きく見えるようになっているのだ。


 そして、その煙のようなものは個人個人によって色も濃さもまったく異なることにも気づいた。

 ヤンのように鮮明ハッキリとそれが見えるのはレンとミレーヌで、二人とも色の濃さや大きさはヤンよりも薄く小さいものの、レンは白色と桃色、ミレーヌは白色と黄色をまとっていた。


 ララはそれをミレーヌに伝えたが、彼女の方はそういったものはまったく見えないらしい。


 ――わたくしにしか見えないこの色のついた煙……一体何なのでしょうか?


 道行く人々が背負う色を眺めながら考えるが、答えが出るはずもなかった。


 ――後でヤン殿に聞いてみようかしら


 そう思った刹那だった――


「『踊る屍者ダンス・マカブル』だ! 『踊る屍者ダンス・マカブル』が出たぞ!!」


 遥か遠くの方から焦燥と怖れを含んだ叫び声が風に乗って微かにララの耳朶じだに触れる。


「ミレーヌ、今の聞こえまして?」


 ミレーヌは少女の顔をまっすぐ見据え、コクリとうなずいた。


「ああ。『踊る屍者ダンス・マカブル』って言ってたね」

「わたくしが先に行きますので、ミレーヌはヤン殿を呼んで来てくださいませ」

「わかったよ。でも、ムチャはしないでよ!?」


 ララはコクリとうなずき声がした方へと駆け出すと、人波を縫うように颯爽とすり抜けてゆく。


「グ……ガァァァァァッッッ!!!」

「アナタッ! しっかりして、アナタぁ!!」

「ひ、ヒイィィィィィッ!! こっちに来るなぁ!!」


 獣じみた男の声――

 必死に呼びかける女の声――

 逃げ惑う者たちの声――


 迷路のように入り組んだ道を駆け抜けながら、だんだんとその声が大きく、ハッキリと聞こえるようになるのを感じる。


 そして細い路地を抜け出したその先に、小さな教会の外観が見える。

 どうやら声の発信源はあの中のようで、その周囲には何人かの人だかりができていた。


「すみません、通してくださいまし」


 入り口前から中をうかがっている人ごみを掻き分けて、ララは教会内に飛びこむ。

 すぐ足元に粉々に砕かれた木片が転がっている。礼拝者が座るための木製の長椅子と石造りの柱頭が何本か破壊されており、それらの残骸が身廊を完全に塞いでしまっていた。


 その先の祭壇付近に、赤く血走った目をギラつかせ、隆々とした筋骨を誇る男と、その近くで座りこんでいる若い女性、そして祭壇の陰でガタガタと体を震わせている神父の姿が見える。


「ゴアァァァァァッッッ!!!」


 高い天井に向けて獣が咆哮を発するとそれは教会内で大きく反響し、ステンドグラスがビリビリと振動する。


 ――あれが『踊る屍者ダンス・マカブル』……


 ララは初めて目にするそのおぞましい姿に戦慄した。


 そしてその獣――『踊る屍者ダンス・マカブル』は近くで座りこんだまま動けない女性に目を向ける。

 おそらく怪我をしたか腰が抜けたかで動けないのだろう。


 ララはすぐに駆け出し、その女性を抱え上げて獣と化した男から離れる。


 そこで女性を降ろし、


「アナタ、もしかしてあの方の奥方ですの?」


 ここへ来るまでに聞いたいくつかの声からそう判断してたずねると、女性は涙目のままコクリとうなずいた。


「あの方はなぜあのようになってしまったのです?」

「わ、わかりません。いつものように二人で礼拝に来ていたのですが、突然夫が苦しそうに『血が欲しい』ってうめき出して……。それからしばらくしてあのような姿になって暴れ出したんです……」


 ――『血が欲しい』……?


 ララはそれを聞いてゾクリと背筋が凍るのを感じた。


 血を求めて正気を失う――それは正しく『吸血者ドラキュリアン』特有の衝動に他ならず、彼女自身何度かその衝動に囚われて正気を失った経験があった。


 ――もしかして……いいえ、そんなことは……


 ララは認めたくないはないが認めざるを得ないひとつの可能性に気づき、激しく狼狽する。


「あぶないッ!」


 刹那、女の叫び声で覚醒すると、すぐ目の前まで男が迫っていた。


「ララッ!!」


 それと同時に教会の入り口からミレーヌが駆けこみ、同様に呼びかける。


「くっ……」


 顎を大きく開いた男が手を伸ばし、少女に襲い掛かる。


 その刹那だった――


「『砕波フルークトゥス・フラクティオニス』ッッッ!!!」


 ミレーヌの背後からヤンが右手を突き出して衝動波を放つと、それとほぼ同時にララの右手の甲にあの盾のようなものを象った紋が浮かび上がり、煌々と輝き放つと、


「『鋼鉄の壁フェッロ・オビチェ』!!」


 とっさに詠唱し、以前にリオと交戦した時にも用いた重厚な盾を目の前に出現させる。


「ガハアァァァッ!!」


 突如地面から生えるようにして現れた鋼鉄製の分厚い壁に阻まれた男は、そこに貼り付くように動きを止め、そこにヤンの放った衝撃波が別の方向から直撃し、


「グゲェェェェェッッッ!!!」


 男は軽々と吹っ飛ばされ、そのまま教会の壁に激突。

 その衝撃で壁は大きくめりこみ、男はそのままぐったりとして動かなくなった。

 どうやら気を失っているようだ。


「そ、それは……」

「『聖痕スティグマ』ッ!?」


 ララとミレーヌは、ヤンの右手にある指ぬき手甲グローブの上から浮き上がる渦巻き模様の紋を見て、ヤンはララの右手の甲で輝き放つ盾模様の紋を見て、それぞれ驚愕の声を発するのだった。



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