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第14話 奴隷令嬢と聖痕を持つ者

「ジョエル!? どこですの、ジョエル!?」


 館を駆け回りながら呼びかけるララの耳に、どこからか女性の悲鳴が届く。

 ララは手すりを飛び越えて一階の廊下に飛び降りる。


 するとそこには、泣き叫ぶ女中メイドを担ぎ上げて連れ出そうとしている紫紺騎士団の姿があった。


 ララはすぐに駆け出すと、パメラの胸を貫いたその剣で背後から一閃する。


「うあぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 虚を衝かれた兵士は絶叫を上げながら崩れ落ち、ララは解放された女中メイドを抱き上げる。


「……敵は他にどこにおりますの?」

「あそこの大部屋……。みんなそこに連れられて……」

「わかりましたわ」


 ララは女中メイドを下ろすと、


「アナタは少々お待ちになってくださいまし。すぐにカタをつけて参りますわ」


 そう告げて大部屋へと飛びこんで行く。

 そこでは兵士たちが甲冑を脱ぎ捨て、女中メイドを襲っている最中であった。


「これは好都合ですわ!」


 ララは颯爽と駆け出し、


「何だお前――がはぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 完全に油断し切っていた兵士たちを瞬く間に斬り伏せていった。

 すべての兵士が動かなくなったのを確認し、その数を数える。


「……八人。廊下にいたのも含めて九人……」


 家令の話では敵の数は十人と言っていたが、どうしても最後のひとりが見当たらなかった。


「ララさん、ありがとう!」


 救出された女中メイドが集い、少女に礼を述べる。


「ごめんなさい。わたくしの判断ミスのせいで領主もパメラもさん家令さんも……」


 鎮痛の面持ちで頭を下げる。


「謝らないで、ララさん! 貴女は全力を尽くした。私たちを助けてくれました」


 女中メイドたちがララに抱きつき、すすり泣く。


「……ありがとうございます。せめてジョエルは……ジョエルだけは助けて出してみせますわ!」


 ララは決意を新たにし、ジョエルを探しに再び駆け出した。


「ジョエル!! ジョエル!?」


 館の中をくまなく探したがその姿は見当たらず、外に出て敷地内で呼びかける。


 ――あのコがいそうなところ……あのコがかくれそうな場所は……


 ララは思考を巡らせ、


「時計台ですわ!!」


 かつて彼が身をひそめていた場所に向けて駆け出す。


「ジョエル!! ジョエル!!」


 時計台に向けて駆けながらその名を叫ぶ。


「ララ!!」


 刹那、庭内の中央にそびえる時計台の上から少年が手を振り呼びかける。


「ジョエル……良かったですわ」


 その姿を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。


 彼はすぐにハシゴを降り、ララの方へと駆け出す。


「ララ! ララーーッ!!」

「ジョエル!!」


 うれしそうに手を振りながら、石畳の道を急ぎ駆ける少年。


 と、その時だった――


 ヒュン


 と風を切り裂く音と共に何かが飛翔してくると、


 ズブゥッッッ!!!


 それは少年の体を背後から貫き、地面に突き刺さった。


「……え?」


 突然の出来事に、ララは呆然と立ち尽くす。

 少年はまるでその場に縫いつけられたかのように動かなくなり、伸ばした腕もがくりと垂れる。


「……ジョエルぅぅぅぅぅッッッ!!!」


 悲痛の叫びがこだまする。


 と、その時、串刺しにされた少年の背後からひとつの騎影が現れ、ゆっくりと近づく。


 それは黒い巨躯の馬に跨り、紫紺色に統一した武装の男だった。


 その男は――紫紺騎士団の男はジョエルを串刺しにしている長柄の槍をジョエルごと高々と掲げ、それをララの方へ放った。


「ッ!!」


 まるで人形のように空中を舞う少年を、ララが抱き止める。


「ジョエル! ジョエル!!」


 必死に呼びかけるが、少年は鈍色に染まった瞳を宙に漂わせたまま、微動だにすることは無かった。

 胸の辺りから鮮血が止めどなく流れ出している。

 心臓を貫かれ、即死だったのだろう。


「……ごめんなさい、ジョエル」


 ララは自分の血についたジョエルの血を舐め取る。


 血が、肉が、細胞が、体中のありとあらゆる機能が活性化されてゆくのを感じながら、


「このクソブリテン野郎がーーーーーッッッ!!!」


 怒りをぶちまけながら紫紺の騎士へと駆けて行く。


「ヌンッ!」


 紫紺の騎士が馬上から槍を振ると、そこから衝撃波が発せられ、ララを襲う。


「ぐぅッ!!」


 それを剣で受け止めるが、衝撃波はララは足を止められて後ろに引き戻されてしまう。


「ほう……貴様はもしや『吸血者ドラキュリアン』か?」


 感嘆の声と共に男が問う。

 彼は他の兵士と違ってバシネットをまとっておらず、ザンバラに伸ばした藍色の髪をなびかせ、顎髭を蓄えた若い男であった。


「『吸血者ドラキュリアン』? 何のことですの?」


 初めて聞く言葉に首をかしげる。


「『聖痕使いスティグマータ』の血を飲み、不老不死と高い戦闘能力を得た者のことだ」


 男はそう言って懐から首飾りネックレスを取り出し、その先端に付いている宝珠を掲げて見せる。


「そ、それはッ!?」


 ララは瞠目どうもくした。

 それはコの字型をした宝珠であり、かつてララが母から贈られ、今は行方不明となっている宝珠と同じ形をしていた。

 ただひとつ違うのは、ララが持っていたものは乳白色だったのに対し、彼が掲げているものは紫紺色であるというところだった。


「アナタ、それは一体何なんですの? どこで手に入れたんですの!?」

「ギャアギャアとやかましい女だ」


 男はひとつため息をつき、


「これは『八紘の宝珠エレメンタリス・ジュエル』。この世のありとあらゆる知識と記憶が蓄積された聖遺物アーティファクツだ。そしてオレはこれを戦場で偶然手にした」


 淡々とした口調で語る。


「『八紘の宝珠エレメンタリス・ジュエル』……」


 それも彼女が初めて聞く単語であった。


「『八紘の宝珠エレメンタリス・ジュエル』に選ばれた者だけがその力を継承し、『聖痕使いスティグマータ』となれる。このようにな」


 男はそう言って右手の甲を少女に向ける。

 そこには渦巻をかたどったような紋が浮かび上がり,煌々こうこうと輝きを放っていた。


「それが……『聖痕使いスティグマータ』の証……?」

「そうだ。つまり、『聖痕使いスティグマータ』から力を分け与えられた『吸血者ドラキュリアン』の貴様では、その主たる『聖痕使いスティグマータ』のオレには勝てないと言うことだ」


 おしゃべりは終わりだと言わんばかりに、男が再び衝撃波を放つ。


「そんなの」


 高く跳躍してそれをかわしたララは、


「やってみなければわかりませんわ!!」


 剣を振り下ろす。


 ギャイィィィィィン!!


 男はそれをいとも簡単に槍の柄で受け止めると、少女ごと薙ぎ払う。


「うあぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 地面に叩きつけられたララは、悶えながら転がる。


「無駄だ、やめておけ。降伏すれば殺さずにおいてやろう。いや、オレの妾にしてやってもよいぞ」

「誰が……。クソブリテン野郎の女になるくらいだったら、死んだ方がマシですわッ!!」


 よろよろと立ち上がりながら、ララは中指を突き立てて拒絶の意を示す。


「そうか……ならば死ねッ!!」


 男は槍を突き上げる。


 と、その時だった――


 ヒュン


 時計台の上から矢が放たれ、それは男を後方から襲う。


「フンッ!!」


 すんでのところで男は矢を叩き落とす。


 そして、ララはこの好機に残りの力を振り絞って跳躍し、剣を振り下ろす。


 ヒュッ


 しかし、男はそれをもかわし、少女の斬撃は彼の頬をかすめる。


「こしゃくな」


 男は槍の柄先でララを弾き飛ばす。


「きゃあぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 少女の体は宙を舞って再び地面に叩きつけられ、そのまま仰向けに倒れ伏せる。


「ララッ!!」


 時計台の上からミレーヌの声が呼びかける。

 そして彼女はララを援護すべくクロスボウに次の矢をつがえる。


「雑魚が」


 男は槍を時計台の方へ向けてそちらに衝撃波を放つ。

 もともと古かった木製の時計台はその攻撃によって支柱がぐしゃりと折れ曲がり、大きくバランスを崩して崩壊する。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 ミレーヌは宙に飛ばされるが、かろうじて手すりにしがみつき、地面に叩きつけられることはなかった。


「貴様も弱いなりに健闘したが、もう終いだ」


 男は振り返り、もはや身動きさえも取れないララに槍を向ける。


 ――悔しい……。わたくしにもっと力があれば……


 少女は仇討ちを果たせない無念さを抱えたまま、迫り来る死を感じるのだった。


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