(本当に、この
サロメは、憮然とした態度のヘロデアに哀れみの視線を送った。
事のあらましを問いただしても、ヘロデアは、はぐらかすだけだろう。
ならば。
「ねえ、ヘロデア?伯爵とは、どうゆう関係なのかしら?」
「はっ、何を言うかと思ったら」
「あら、私は、マダム、なのでしょ?そこは知っておくべきことじゃない?」
「それもそうね。あなたには知っておいてもらうべきだわ」
サロメの挑発にヘロデアは、乗って来た。
「いいこと?私が、本当のマダムなの!あなたじゃない!これは、伯爵様の気紛れなのよ!」
ハハハと、ヘロデアは、耳障りな声を挙げて笑った。
「サロメ、あなたには、十分働いてもらう。他の女は、使えないけれど、あなたは、違う。舞うことができるもの」
サロメの問いに、答えになっていない返事を寄せるヘロデアは、それでも、余裕を見せようとしていた。
しかし、表情は、しごく固かった。
「今まで、何のために……」
悔し紛れの呟きと共に、ヘロデアの手には、いつの間にか、例の
犯人であるべきヨカナーンと、それを庇うサロメを敵視し、痛めつける事だけに、皆は、興じた。
だから、凶器の真意など誰も考えていなかった。その行方も、もう忘れている──。
「何が、売れっ子よ!何が、マダムよ!」
凶器を握るヘロデアは、もはや、サロメの知っている彼女ではない。あの、弾劾してきた獣の双眸をギラギラさせた、
(ああ、なんてこと。ヘロデアは、ただ、伯爵の目に留まりたいだけに、それだけのために、手を染めたのね)
伯爵とヘロデアの間に何があったのか、二人の関係は、どこまでのものなのか、サロメには、わからない。そもそも、ここは、娼館。言葉はあっても
ヘロデアは、分かっていなかったのだ。言葉通りに、信じ、言葉通りに、動いた。けれど、言葉通りには、ならなかった。
(もう、無理なのね、ヘロデア。あなた。もう、無理なのね)
サロメの中に、
そして、惨事が起こってしまった。
手入れの悪い刃が、それでも、鈍く光っていた。ヘロデアの瞳も、同様に、鈍く輝いている。
──死人のような、青白い月。
ああ、ヨカナーン。月は、見守ってくれなかった。
いや……。
「ヘロデア、窓を開けても良いかしら?」
「……叫ぶつもり?」
ヘロデアの眉が、ピクリと動き、瞳は、さらに混沌とした闇色へ変わった。
「あなた、聞こえないの?馬車の音が」
伯爵がお戻りになったのかもしれないと、サロメは言うと、ベッドの端から抜け出し、両開きの窓を開けた。
──見上げた夜空には、あの、月が登っている。
ヨカナーンの言葉を思い出す。
きっと、月が守ってくれる……はず……。