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第9話

(本当に、このは、わかっているのだろうか。)


サロメは、憮然とした態度のヘロデアに哀れみの視線を送った。


事のあらましを問いただしても、ヘロデアは、はぐらかすだけだろう。


ならば。


「ねえ、ヘロデア?伯爵とは、どうゆう関係なのかしら?」


「はっ、何を言うかと思ったら」


「あら、私は、マダム、なのでしょ?そこは知っておくべきことじゃない?」


「それもそうね。あなたには知っておいてもらうべきだわ」


サロメの挑発にヘロデアは、乗って来た。


「いいこと?私が、本当のマダムなの!あなたじゃない!これは、伯爵様の気紛れなのよ!」


ハハハと、ヘロデアは、耳障りな声を挙げて笑った。


「サロメ、あなたには、十分働いてもらう。他の女は、使えないけれど、あなたは、違う。舞うことができるもの」


サロメの問いに、答えになっていない返事を寄せるヘロデアは、それでも、余裕を見せようとしていた。


しかし、表情は、しごく固かった。


「今まで、何のために……」


悔し紛れの呟きと共に、ヘロデアの手には、いつの間にか、例のこがたなが握られていた。


犯人であるべきヨカナーンと、それを庇うサロメを敵視し、痛めつける事だけに、皆は、興じた。


だから、凶器の真意など誰も考えていなかった。その行方も、もう忘れている──。


「何が、売れっ子よ!何が、マダムよ!」


凶器を握るヘロデアは、もはや、サロメの知っている彼女ではない。あの、弾劾してきた獣の双眸をギラギラさせた、やからになっていた。


(ああ、なんてこと。ヘロデアは、ただ、伯爵の目に留まりたいだけに、それだけのために、手を染めたのね)


伯爵とヘロデアの間に何があったのか、二人の関係は、どこまでのものなのか、サロメには、わからない。そもそも、ここは、娼館。言葉はあってもまことなど、ない。


ヘロデアは、分かっていなかったのだ。言葉通りに、信じ、言葉通りに、動いた。けれど、言葉通りには、ならなかった。


(もう、無理なのね、ヘロデア。あなた。もう、無理なのね)


サロメの中に、ここで受けた様々な過去が、思い起こされていた。ヘロデアも、堪えられなくなって……。うっかり、欲を掴もうとしたのだろう。


そして、惨事が起こってしまった。


手入れの悪い刃が、それでも、鈍く光っていた。ヘロデアの瞳も、同様に、鈍く輝いている。


──死人のような、青白い月。


ああ、ヨカナーン。月は、見守ってくれなかった。


いや……。


「ヘロデア、窓を開けても良いかしら?」


「……叫ぶつもり?」


ヘロデアの眉が、ピクリと動き、瞳は、さらに混沌とした闇色へ変わった。


「あなた、聞こえないの?馬車の音が」


伯爵がお戻りになったのかもしれないと、サロメは言うと、ベッドの端から抜け出し、両開きの窓を開けた。


──見上げた夜空には、あの、月が登っている。


ヨカナーンの言葉を思い出す。


きっと、月が守ってくれる……はず……。

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