目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第7話

「その男を官憲やくにんに、引き渡せ!」


「そいつが、犯人だったのね!」


ヘロデアの叫びに、何事かと飛び出して来た皆は、乱れた着衣を気に止める事なく、ヨカナーンを弾劾している。


ヘロデアは、マダムの部屋で腰を抜かし、床に座り込んでいた。


皆の視線の先には、床に転がる割れたワイングラスと、吐血し倒れるマダムの姿があった。


泡を吹き、もがき苦しんだ様子が伺える、歪みきった蒼白なマダムの面持ちは、すでに、息耐えている事が分かるものだった。


マダムへ、飲み物を薦めようと、ワインが入ったデキャンタを持つヨカナーンは、罵倒に等しい批難の声を浴び、立ちすくんでいる。


キャーと、ヘロデアが、再び叫んだ。


「こ、こんな所に、こがたなが!!」


テーブルの下敷したじきの裏隅に、使い込んだやいばが隠されていた。


床に座り込んでいたヘロデアの視線の位置と相まって、それは、偶然、見つけられた。


一斉に、皆の疑惑が、確信へと変わり、獣のようにギラギラとした双眸がヨカナーンに定まった。


「縛り首だ!」「縛り首にしろ!」「殺しは、縛り首だ!」


縛り首、縛り首──と、怒濤のような勢いが、ヨカナーンに迫り来る。


「どうしたんだ」


騒ぎを聞きつけた伯爵とサロメも、遅れてマダムの部屋へやって来た。


訳を聞く事もなく、すぐに事態が読み取れた。


怯えきるエメラルド色の瞳が、サロメを見つめる。


「違う!!彼じゃない!」


とっさに叫んだサロメに、飢えた獣達の双眸が向けられた。


「その女も、引き渡せ!」「そいつもだ!」「縛り首にしろ!」「縛り首だ!」


──狂っている。


サロメは、罵声を浴びながら思う。


もはや、男も、女も、心の闇に取り入られ、真の犯人は誰かという善の叫びではなく、好奇心という、悪徳と快楽の叫びに酔いしれている。


(ヨカナーンは、犯人じゃない。あの、瞳が、しっかりと私を見ている。ああ、ヨカナーン!)


「私、見ました。あの男と、あの女が、バルコニーで耳打ちしているのを」


ヘロデアの一言で、皆が、動いた。叫びのような、怒鳴り声のようなものを挙げながら、ヨカナーンに襲いかかった。


「縛り首だ!」「縛り首にしろ!」「女もグルだ!」「縛り首だ!」「連れて行け!」「牢へほうりこめ!」「縛り首だ!」「殺人は、縛り首だ!」


怒り狂う罵り声が、サロメの頭上で渦巻く。


「誰が、誰を、殺したというの!」


精一杯の抗議の叫びと共に、サロメは気を失った。瞬間、ヨカナーンの声が、聞こえたような気がした。


私は、違う。サロメ、ありがとう──と。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?