「その男を
「そいつが、犯人だったのね!」
ヘロデアの叫びに、何事かと飛び出して来た皆は、乱れた着衣を気に止める事なく、ヨカナーンを弾劾している。
ヘロデアは、マダムの部屋で腰を抜かし、床に座り込んでいた。
皆の視線の先には、床に転がる割れたワイングラスと、吐血し倒れるマダムの姿があった。
泡を吹き、もがき苦しんだ様子が伺える、歪みきった蒼白なマダムの面持ちは、すでに、息耐えている事が分かるものだった。
マダムへ、飲み物を薦めようと、ワインが入ったデキャンタを持つヨカナーンは、罵倒に等しい批難の声を浴び、立ちすくんでいる。
キャーと、ヘロデアが、再び叫んだ。
「こ、こんな所に、
テーブルの
床に座り込んでいたヘロデアの視線の位置と相まって、それは、偶然、見つけられた。
一斉に、皆の疑惑が、確信へと変わり、獣のようにギラギラとした双眸がヨカナーンに定まった。
「縛り首だ!」「縛り首にしろ!」「殺しは、縛り首だ!」
縛り首、縛り首──と、怒濤のような勢いが、ヨカナーンに迫り来る。
「どうしたんだ」
騒ぎを聞きつけた伯爵とサロメも、遅れてマダムの部屋へやって来た。
訳を聞く事もなく、すぐに事態が読み取れた。
怯えきるエメラルド色の瞳が、サロメを見つめる。
「違う!!彼じゃない!」
とっさに叫んだサロメに、飢えた獣達の双眸が向けられた。
「その女も、引き渡せ!」「そいつもだ!」「縛り首にしろ!」「縛り首だ!」
──狂っている。
サロメは、罵声を浴びながら思う。
もはや、男も、女も、心の闇に取り入られ、真の犯人は誰かという善の叫びではなく、好奇心という、悪徳と快楽の叫びに酔いしれている。
(ヨカナーンは、犯人じゃない。あの、瞳が、しっかりと私を見ている。ああ、ヨカナーン!)
「私、見ました。あの男と、あの女が、バルコニーで耳打ちしているのを」
ヘロデアの一言で、皆が、動いた。叫びのような、怒鳴り声のようなものを挙げながら、ヨカナーンに襲いかかった。
「縛り首だ!」「縛り首にしろ!」「女もグルだ!」「縛り首だ!」「連れて行け!」「牢へほうりこめ!」「縛り首だ!」「殺人は、縛り首だ!」
怒り狂う罵り声が、サロメの頭上で渦巻く。
「誰が、誰を、殺したというの!」
精一杯の抗議の叫びと共に、サロメは気を失った。瞬間、ヨカナーンの声が、聞こえたような気がした。
私は、違う。サロメ、ありがとう──と。