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サロメは踊り夢を結ぶ
井川奎
文芸・その他ノンジャンル
2024年09月21日
公開日
10,358文字
完結

オスカーワイルド作「サロメ」インスパイア。切ない愛憎劇。
高級娼館の娼婦であり、希代の踊り手サロメは、殺害された仲間の為に犯人探しに乗り出した。

仲間の娼婦が、次々と殺される事件が起こる。館の女主(マダム)は、客足が遠退く事を気にして、一切を封印しようとする。
美貌の奏者、ヨカナーンの謎の助言を足掛かりに、サロメは犯人を突き詰めようする。
しかし、マダムが自室で毒を盛られ殺されてしまう。その場にいたのは、ヨカナーンのみ。
皆は、ヨカナーンが全ての事件の犯人であると言い出して、拘束してしまう。
サロメ一人、異を唱えたが、共犯にされそうになったところを、マダムのパトロンであり、サロメを気に入っている伯爵に救われ事なきを得る。

そして、真の犯人がサロメの前に現れ……。

~夢を結ぶ・眠りにつくの意~

第1話

最後の仕上げの紅を引くと、サロメは、鏡に写る自身へ言い聞かせた。


(──いいこと、これは、私にしかできないこと。しっかりするのよ。怖じ気づいては、だめ。)


召し使いのへロデアに言い付けて、今日の装いは、特別に趣向を凝らしていた。


濡れば色の髪には、幾十もの真珠で飾られた飾り櫛が輝きを放ち、結いあげた髪を引き立てている。


へロデアは、櫛に合わせ、二連の真珠の首飾りをサロメに勧めてきたが、今宵の舞いには、合わない。代わりに、細かな意匠が彫りこまれた銀の腕輪を用意するよう言い付けた。


何連も重なる腕輪は、サロメが動くたび、互いにぶつかりあってシャラシャラと音を立てる。


耳障りなそれは、しかし、流れる楽曲に相まって、きっと、サロメの舞いに花を添えることだろう。


「ヘロデア、ヴェールを出してちょうだい」


今日舞うのは、「七つのヴェールの踊り」と呼ばれるもの。


七枚の薄絹ヴェールまとい、ふわりとたなびかせながら、舞うのであるが、いくら薄絹ヴェールとはいえ、七枚も重ねていれば、全ての布をたなびかせる事は至難の技だ。


七枚全てが上手く広がるように、体を反らせ、足で蹴りあげ、両腕で宙を掻きあげる。


舞い手にとっては、全身をあまねく使い、神経を使う難度の高い舞いであるが、観る方には、まるで、小鳩が羽ばたいているような軽やかで、初々しささえ感じ得る、それでいて、どこか艶かしさが漂うものだった。


サロメが、この難題を抱える舞いを選んだのには訳がある。


仲間が殺されたのだ。


この、サロンと称した貴族相手の、高級娼館の自室内で、客の相手をした後に──。


もちろん、その時の客は、容疑を否定した。そして、言い分も正しかった。   


女は、客が馬車に乗って帰るのを見送っていた。


わざわざ、殺めるために客が戻って来る事など考えられない。


たかが、娼婦むしけら相手に、そこまで、危険を侵すことはないだろう。


そうしたければ、部屋で、直接手を下し、そして、素知らぬ顔で帰れば良いのだから。


案の定、館を仕切る、女主マダムは、知らぬ存ぜぬだった。


妙な噂が立って客足が離れてしまう事を心配したからだ。


それからも、何人か、同じ様に殺された──。


犯人は、出入りする客に違いない。


館の女達は、次は自分ではないかと、怯えていた。サロメも例外ではなかった。


余興と称して、舞いを観せている彼女は、誰よりも目だっていたからだ。


サロメは、命があるうちに、こっそり逃げ出そうとも考えた。


この世界から足を洗う為に蓄えたかねも、それなりの額に達していた。


でも……。


仲間を見捨てられない。


自分が舞ったら、客は必ず集まる。犯人を誘きだして、皆の仇を取る──。


サロメは、覚悟を決めるかの様、再び鏡に見入った。

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