――咲とは大学卒業後、別れた。
オレは常々、彼女に結婚したいと言っていた。
だが、彼女は大学院に行く事を決めていたらしく、恐らく私は普通の家庭を作れないと思う、と言われた。
オレは別にそれでも構わなかったから、関係は続けたかったが、別れるという彼女の気持ちは決まっているようだった。
なんとなくそんな雰囲気は感じてはいたから、納得はした。
オレは好きだった気持ちを引きずったまま、社会人になった。
新卒として働いて社会人一年生を終える頃の帰り道――
ブルン……ブルルルン……バイクの音が背後からして、オレの背後に止まった。
――振り返ると。
「男の子ってこういうの好きなんでしょ」
キター!!
退院してたし、病みながらも大学通ってたのは知ってたから、そろそろ今年あたり来ると思っていたぜ!!
免許取ったんだな!
アカネちゃんは、黒いシスター服を着ていた。
そのシスター服はチャイナドレスのようにスリットが入っており、彼女の白い足が覗いていた。
ガーターベルトで網タイツ、その下はミリタリー風のロングブーツだ。
そして肩にマシンガンを担ぎ、腰にはガンベルト……このシスター戦うの!? 祈るんじゃなくて?
「たくましいシスターだな!?」
「祈る時間は終わったんだ……3つ数えな、それが合図だ」
「物理的に何かをやりそうで、おにいちゃんは怖いよ。……うん、1,2、3、 はい、数えたよ」
「ホラッ!! チョコだよ!! 受け取りな!!」
オレはチョコを投げつけられた。
「おっと……。ありがとう、シスター」
「へっ、礼はホワイトデーまで待ってやるさ……」
そういって、シガーレットチョコを口に咥えた。
あ、ホワイトデー。そういえばそんなものがあったな。やばい。
オレ、アカネちゃんにホワイトデー返したことなかったぞ!!
買い物付き合ったりとか、遊園地連れてったりとかで、別のことで返してはいたが!!
「じゃあな!!」
チョコを渡すと、シスターはバイクを走らせ――
近いな!! 知ってたけど!!
その一年後。
オレは、会社と自宅を行き来するだけの生活をしていた。
たまにジムに行くくらいか。
しかし、変化は何かしら欲しく、ワンルームで一人暮らしすることに決めた。
今まで親にやってもらっていた事、全て自分でやるようになり、これはこれで親への有り難みを改めて覚えたし、なんか新鮮だった。
一人暮らし、楽しい。
そう言えば、最近道端で高校の時の同級生に会って、彼女とはまだ付き合ってるの?、と聞かれた。
なんで高校の同級生が咲と付き合ってた事を知っているんだろう、と思っていたら、あらぬ誤解が高校の時にあったことが発覚した。
高校の時、アカネちゃんが作ってくれていた弁当。
周りにはアレは彼女が作った弁当だと思われていたらしい。
だから、彼女いると思われていたらしい。なんてこった。
だが、思い起こせばあれも面白い思い出だったな。
そして、今日は土曜の休日。ついでにいうとバレンタインだが、彼女を失ったオレは一人、インターネットで動画をみたり、ゲームしたりして、ダラダラしていた。
そろそろ晩飯でも作るかな、と思っていた時。
ピンポーン。
あれ、誰だ。
宅配か?
今何も頼んでないんだが。
今日はバレンタインだから、一瞬、アカネちゃんかと思ったけど、今までのパターンから考えると、彼女が次にイベントを行うのは3年後のはず。
オレは、テレビドアホンの映像をのぞいた。
「ぶっ」
オレは口に含みかけていたペットボトルのお茶を噴いた。
――薄暗い廊下に、
まるで、亡霊のようだ……! 怖っ!?
だが、オレにはわかる!! ……これは、アカネちゃんだ!!
「は、はい……どちら様でしょう」
「き、昨日、助けて頂いた鶴ですが!」
ぶっ……面白すぎる!!
毎回よく考えるな、本当。
オレは少し意地悪することにした。
「……昨日、鶴なんて助けてないですけど、人違いじゃないですかね。そもそもこのあたり鶴は生息してないんじゃないかな」
途端にショックを受けた顔で固まる鶴。
腹痛い。
「しかし、グークルによると、こちらの住所のようなんですが。てか、ネタにマジレスするのやめろくさい、素直に恩返しされろ。家入れて」
グークル使う恩返し鶴!!
そして脅迫して恩返しするとか聞いたことないぞ。
「しかたないですね、どうぞ」
オレはオートロックを開けた。
鶴はワンルーム玄関で三つ指ついてお辞儀する。
「お邪魔しまする」
「ぶふっ……、そんなとこで座りこんだら、冷えるよ、鶴さん」
「フフフー。私を家に入れましたね!」
「はい、入れました」
「実は、家に招きいれたらヤバイ妖怪なのでしたー!!」
着物をパタパタして顔をあげる。
口には、ハロウィン用だろうか、牙を付けてる。
「きゃー! 怖い!」
オレは笑いながら付き合った。
「ははははは! ……はっ!?」
牙がポロリと落ちた。
「大事な牙が落ちましたよ、妖怪さん」
「畜生……大事なところで!!」
「あはは。とりあえず、中入りなよ。お茶いれるから」
「いや!! 私が入れる!! 恩返ししにきた鶴だし!!」
「あ、そうか。じゃあお願いしようかな」
鶴はしずしずと盆に急須とカップを準備した。
「粗茶ですが」
「オレの買ったお茶だけどね!? ……でも、ありがとう。頂くね。ほらお茶菓子あるから鶴さんも食べなよ」
「いえ。話がありまして」
「話?」
「お……」
「お?」
「男の子ってこういうの好きでしょ!?」
「ぶっ」
そうか、まだそのセリフ、今回言ってなかったな。
挟むタイミングなかったものな。
「毎回謎なんだけど、それは決め台詞かなにかなの?」
オレはやっと聞いた。
「……にぃにの好みを探ってました」
「オレの好み!? 男の子っていうから広い範囲で聞いてるのかと思ってたよ!! それなら、にぃにはこういう女の子好きなの?、とか聞いてくれないと」
「はっ……」
ショックを受けている顔が、またオレの腹筋を震わせそうになる。
「オレの好み調べてどうしたかったの?」
……さすがに意地悪かな?
ふわっとはわかってたんだけど。
けっこう年下の幼馴染だし近所の人間関係もあるから、今まで踏み込んで聞きはしなかったんだが。
「いや、そのつまり」
「うん」
「お……」
急に声が低くなった。どうした。
「……オレにしとけよ……フッ」
鶴は、真っ赤な顔をそむけながら言った。
「うーん、70点」
「!?」
「オレ、癖のないパンピー(普通の女子)がタイプです」
「ほあーーーーーーーー!!」
鶴、のけぞる。くっそ。
オレは口元を抑えた。
「じ、実は、妖怪でも鶴でもなくて、普通です、一般人です。あのこういう者です、受け取ってください」
懐から刀ではなく、チョコが入ってると思われる包を出してきた。
ついているカードには、普通に。
涼にぃにへ。アカネより、と書いてある。
「ほう、アカネさん。今日はどうしてこちらに?」
「……長年好きだった方に愛を伝えに」
このぶんだと、オレが咲と別れたこともリサーチ済みなんだろうな。
「――というか、真面目に。涼にぃにがずっと好きでしたので、お付き合いしてください」
ちゃんと普通に伝えてきた。
「いいですよ。お友達からなら」
オレはその気持にこたえる事にした。
アカネちゃんは、こういうイベントだけじゃなく、普通に買い物行く時も、遊園地に連れて行く時も、なにかと面白い子だった。
常にオレに笑いをくれる子だ。
――ふと、傍にいてくれたらいいな、と思ったのだ。
「えっ いいの!!」
「うん。でも無責任なことはしたくないから、お互いお友達からはじめようね。途中で無理、とかなっても幼馴染ではいたいから」
「う……うん!!」
おいおい話をすると。
アカネちゃんは、咲とオレが別れたと随分前に知っていたらしいが、こういう大胆なイベントを起こす割に、告白するのは奥手だったらしく、実に幼稚園から思いを抱えてやっと言えたらしい。
バレンタインのイベントも、普通に渡してもオレが普通の反応だから、気を引きたくてたまにイベントを起こしていたらしい。しかしそれはオレに『面白い子』を植え付けてしまい、恋愛感情を引き出せず悩んでいたらしい。いや、ごめん。だって面白いしかない。
そして、数年後。
付き合った後は、妙ちくりんなイベントは減るかと思ったがむしろ増えた。
どうやら照れくさいとイベントを起こしてしまう
オレは普通の女性が好みではあったが、アカネちゃんは、なんていうか。ツボった。
そして今日、オレがホワイトデーにイベントを起こす。
オレは普通な人なので、普通に彼女をホテルに呼び出して食事した。
そして、その食事の席で。
「普通なオレで悪いんだけど……結婚してくれますか?」
と指輪を渡した。
「普通でいいおおおおおおおお!!! するううううう!!」
アカネちゃんは、顔真っ赤にだして、その後ちょっと鼻血だした。台無しだ。
だが許す。彼女らしいといえば彼女らしくもあったし、それが彼女であり、オレはそんな彼女が今では大好きだからだ。
結婚後も、バレンタインデーは、イベントは起きた。
「男の子ってこういうの」
「はいはい、好きですよ」
例のセリフは実は気に入ってるらしく、結局は言い続けた。
まあいいか。
来年も、楽しいイベント待ってますね、奥さん。
おわり。