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<第二十一話・解>

 スレッドを見て、美園は理解した。間違いなく、自分達は最初から全てを仕組まれて――この村に誘導されたのだろうということを。

 燃え盛る車を前にへたりこみ、スマートフォンを見つめて呆然としながら――頭の僅かに残った冷静な部分が、どうにか判断を下していた。今更すぎるほど今更な、結論。人の手の及ばぬ恐ろしいものは、確かに実在していたという――ひとつの、事実。




 ***




402:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

何あれ何あれ何あれ何あれ


403:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

おい000って番号わけわかんないんだけど


404:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

生贄ってなに


405:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

さっきのあれ番号飛んでる、そんなことあんの


406:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

これもう逃げた方がよさげ、お前らもそうしろ


407:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

やばいから削除申請だそうとしたんだけど

なんかエラーするんですけど


408:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

まじで!?


409:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

いやこんなこと書き込んでる暇あったらおまいらも逃げろって


410:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

000だし、番号飛んでるし、IDイッチのだし、何がどうなってるの誰か解析よろ


411:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

解析してる場合なのか


412:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

まさか記者志望JDって、書き込みないのって


413:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

生贄として連れていかれたってことでFA?


414:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

ヤバすぎでしょ


415:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

なんでだよ、何がどうしてどうなってるんだ


416:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

やっば、リアル怪異初めて見た。面白いわこれ


417:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

むしろこれが悪霊の仕業じゃなくて高度なハッカーの仕業とかならそれもそれで面白い、やり方教えて欲しい


418:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

魚拓しましたん


419:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

なんか危機感ないやつら沸いてるんですけど


420:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

ほんとに危機感バリバリな奴らはすぐにスレ閉じて逃げてるだろ……


421:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

釣りって可能性はある?


422:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

>>422

どうやって釣りすんだよこれ、技術だけで可能なのか?


423:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

みんなにお知らせ。このスレのアドレスを友人に教えてみたところ、新規で入れなくなってる模様

そのURLは存在しませんとか出るらしい


424:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

え、俺ら見れてるし書き込みできてんのに?


425:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

やっば面白い、青鳥で拡散しよ


426:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

>>425

馬鹿やめろ、本当にやばい怪異だったらどーすんだ!!!


427:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。

ううううう嫌な予感しかしない……怖い……




 ***




 スレッドはもう阿鼻叫喚の有様と化している。あの書き込みを見ても信じてない者や、面白半分で拡散などをしようとしている者、スクショした者もいるというなんともカオスな状況ではあるが。




『この村はね……地獄の蓋の上に存在してるの。元々、悪い気が溜まりやすい地形であったんだけど……それがこの世からもあの世からも飽和してね、一時期は大雨に日照りに土砂崩れに地震にと、天災ばかりが続いていたのよ。忌み地とも呼ばれるほどにね。それを防ぐために、大昔の人が一計を案じた。生け贄を用いて、人柱を立てて、それであの世の悪い気がこちらに溢れてこないように……二つの世界の境が壊れないように堰を作ったのよ』




 今分かった。

 全てが、繋がった。




『その、一番最初の生け贄になってくれたのが“あの神様”だった。でも、神様の力は長持ちしない。一定周期ごとに生け贄を追加して神様の糧にしないと、地獄の蓋は緩んでしまうことになる。笹下村とは、“捧げる村”のこと。生け贄となる人間の条件は……“村の外から来て神様の名前を口にした者”。美園ちゃんはまだ口にしてない。でも琴子ちゃんはこの村に来てすぐ言ってしまった、だから拐われちゃったのよ……!』




 恐らく。生贄となる人間の条件が“みかげさま”の名前を口にした者なのではない。恐らくそれは、目印に過ぎない。実際はもう、このスレッドを見た時点で自分と琴子は選ばれてしまっていた。選ばれた人間は、この村でその名前を呟く。それを村の誰かが聞きつけ、その者が“生贄”として呼び寄せられた存在であると知るのだ。

 そして、儀式によって、生贄は人柱となる。人柱を作るため生贄を殺すのは村の人間達――生きた祭祀達の役目だが、その魂をこの世とあの世の堺に埋め込むのがみかげさまの仕事ということなのだろう。あるいは、死んだ時点で生贄はみかげさまの一部になるということなのかもしれない。

 では、どうやってみかげさまは、生贄をこの村に呼び寄せるのか?名前を口にしてもらうためには、“みかげさま”という存在を知らせ、興味を持ってもらわなければいけない。昔なら手紙やら新聞やら伝聞やらというツールを使ったのかもしれなかった。だが、若い生贄を徴収したいと思うのなら、時代に即したやり方を選ぶ必要がある。

 つまり、インターネットの利用。一時期よりかなり廃れたとはいえ、まだ大型掲示板を見る者は少なくない。むしろ、昔以上に面白半分興味本位の者ばかりが見る状況にあるのかもしれない。だから、あんなスレッドを立てた。死んだ記者の女性の弟を名乗ることによって、面白半分でオカルトに興味を持った――行動力のある若者が、村までやってくることを狙って。

 実際、その通りになった。自分と琴子は、誘われるまま村に戻ってきてしまった。過去美園は何度も笹下村に足を運んでいるものの、みかげさまの存在を知らなかったから名前を口にすることもなく――生贄に選ばれることもなかったゆえに無事だったのだ。


――そういえば、お母さんは……この村に何度か帰ってはきたけど、そのたび妙にピリピリしてた気がする。多少不便はあるけど穏やかでいい田舎だと思ってたし、どうして東京に出ることにしたんだろうってちょっと不思議ではあったけど。


 きっと母は、此処で行われていることを知っていた。そしてそのおぞましい儀式と決別するために、この村を出ることを選んだのだ。

 たとえ村の住人でなくなることで、生贄に選ばれてしまう可能性があるとわかっていても、だ。


――もしかしたら、みかげさまの名前を目にした人間は、やがて本人の意思とは関係なく……村に行くように仕向けられてしまうのかもしれない。


 美園ははっとする。だとしたら、もしかして琴子は非常にまずいことをしてしまったのではないか。




 ***




●こっちゃんでっす@kocchan1515

ちょっと今大学で調べ物をしているので、知ってる人がいたら教えて欲しいです。

T県で、“みかげさま”っていう神様について調べてます、サークルのレポートです。

何でも、大昔捧げられた生贄の名前がそれであるそうな。大きな災害があったっていうけど、どんな災害かもわからなくて困ってます。




 ***




――そうだ、琴子……ツイに、書き込みしてた、みかげさまの名前!あれ、もう大多数の人の目に入っちゃったってことなんじゃ……!


 琴子のこと。祖母のこと。恐怖も絶望も何もかもないまぜになり、足がすくんで動けない有様ではあったが。それでも、自分のするべきことだけはわかっていた。むしろ、それを考えることでギリギリ、美園は理性を保っていたのかもしれない。

 早く村から逃げなければいけない、それはわかっている。でも、もう逃げられる気もしない。そして、どんな理由があれ琴子と祖母を巻き込んでしまった自分は、これ以上の被害が広がらないようになんとかする義務があるはずである。――そんなことで己がしてしまった罪が、本当に許されると思っているわけではないけれど。


――琴子の携帯からなら、ログインできるはず……多分、自動ログインにしてあるはずだし……!


 溢れてきそうになる涙をごしごしと腕でぬぐって、美園は琴子の携帯を取り出す。Xのアプリは登録していないようだが、インターネットのブラウザで開いたままになっていたはずだ。汗でぬめる手に焦りを感じながらも、琴子のスマホのロックを解除した、その時だった。


「だめだよ」


 すぐ後ろから、鈴の鳴るような声が。


――……え?


 その瞬間、世界は切り取られたように静止した。爆発を聞きつけて、駆け寄ってくる複数の足音が聞こえる。聞こえてはいるが今の美園には、それよりも真後ろにあるモノの方が遥かに重要な意味を持っていた。

 焦げるような臭いがする。酷く重く、おぞましい威圧感を放つものが、自分のすぐ後ろに存在している。


「あ、あ……」


 振り向かずに、逃げるべきだ。頭の中で僅かな理性が警鐘を鳴らしていた。しかし。


――いるんだ、そこに。そこに……!


 体は、操り人形のように――軋みながら、動く。振り向いてしまう。

 目に入ったのは、艶やかなおかっぱの頭。赤い着物。焦げ付いた臭いが強くなり、そして。


「み、みかげ、さ、ま……」


 禁じられた名前が、口から溢れ、落ちる。

 瞬間目の前の少女は喜悦を示すようにがばりと口を開け――嗤い声と共に、一気に焔に包まれた。


――だめ、これは、もう。


 そこで。

 美園の意識は、途絶えたのである。



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