逃げて、という真知子の声は――次の瞬間、引き裂くような絶叫に変わっていた。
ぼきり、ばきり、という砕けるような音。ぶちゅり、ともびちゃり、ともつかぬ肉が力任せに潰されるような音。そしてハンドルに、シートにと飛び散る赤と、鼻腔を突く凄まじい鉄錆の臭い――。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
凄まじい悲鳴を上げて暴れ、泡を吹いて悶える祖母。美園は助手席で、見てしまった。何かが祖母の足元にいることを。青白い顔のようなものが見える。血走った目が祖母を睨みつけている。そしてその何かがもぞもぞと身動きをすると同時に、ずる、と祖母の体が運転席の下へと引きずり込まれる。
「おばあちゃ……!」
手を伸ばそうとした瞬間、バキバキと骨を砕く音と共に祖母の体は運転席の下へと吸い込まれていった。そんなはずはない。そんなスペースなどあるはずがない。そもそも人一人が足元に潜むだなんて、そんな事自体が現実的ではないというのに――。
「い」
運転席の下から噴水のように吹き出す血と肉片が、シートもハンドルもギアも窓硝子も汚して弾ける。当然、身を乗り出そうとした美園の顔にもかかった。途端、血だけではない――恐ろしいまでの腐臭と排泄物の臭いをも鼻が拾ってしまうことになる。
耐えられる、筈がなかった。
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああ!!」
弾かれるように美園は助手席を飛び出した。美園が駐車場に転がった瞬間、エンジンもまだかかっていないはずの自動車が、ドアも開けたまま勢い良く動き出す。
何故、なんて。今更疑問に思ってどうなるというのだろう。
軽自動車はそのままスピードを上げて駐車場を直進していく。別の車にぶつかり、恐ろしい勢いでそれらを撥ね飛ばすと、そのまま柵を思い切り突き破っていた。
美園の車はそのまま勢い良く塀へと激突し――爆発した。まるで見せしめか何かのように。
「何で……何でぇ……!?」
訳がわからなかった。持ち出せたのは、肩に引っ掛けたままだった小さな肩掛け鞄と、そこに入っていた貴重品のみ。トランクに積んだ荷物も、給料を貯めて買った愛車も、琴子のお土産も――祖母も。全部が爆散し、火の粉になって舞い散っていく。
――おばあちゃん。何で、どうして?おばあちゃんは、生贄じゃないんでしょ?なのに、何で?
それに、琴子は。本当に、今見たような怨霊が相手であったというのなら――助かる見込みなどあるのだろうか。
いや、美園とて本当はわかっているのだ。あれは祖母が、自分に友人を諦めさせるために言った方便だと。本当はもう、琴子を助けるのは不可能だと祖母は思っていて、美園だけでも救うためにあんなことを言ったのではないかと。
――私の、せいだ。
祖母が言った、この村の真実。あまりにも信じがたいことではあったけれど、もはや信じる信じないの議論をしている場合ではない。
確かなことは一つ。この状況を招いたのは他でもない、美園自身であるということ。
美園があんな掲示板を見なければ。あんな書き込みを間に受けなければ。そして、いくら友達だからといって――琴子を誘ったりなど、しなければ。きっと彼女は巻き込まれないで済んだはずである。そして祖母も。自分を逃がそうなんてことを思ったりしなければ、こんな事には――!
「!」
ぴろりん、と突然すぐ近くで大きな電子音がした。美園はぎょっとして、バッグの中を見る。鳴ったのは琴子の携帯電話ではなく、美園の方だった。勝手にスリープモードが解け、ロック画面が出る。そして美園が見ている前で、勝手にボタンが押されていく。
――なに、が。
ロックが解かれる。そして表示されたのは――あの、全ての始まりの掲示板だった。そういえば、昨日夕方に書き込んで、それ以降うっかり実況を忘れていたのを思い出した。お酒が入ってひっくり返ってしまい、此処に来た本来の役目を忘れた時点で既に意味などないようなものだったけれど。
表示されたのは、美園が最後に書き込んだ後の、掲示板のログだった。
***
359:記者志望JD
そういうのちょっとやめてほしいんだけど。
そういうこと言ってみんなが不安に思うのをおもしろがってる?
悪いけど、霊能力者ぶってる人って好きじゃない。特別扱いされたいだけなのが透けて見えるっていうか。腹が立つ。
買い物始めるから落ちる。
360:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
霊能者ぶってるってなんだよ、さすがに感じ悪いだろ
361:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
まあ確かに、かかしなんて見えないからえーってかんじではあるけど
362:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
正直霊能力者って名乗るヤツが本物か偽物かなんて誰にもわかんないしな、俺らふつーの人間ですし
363:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
わかんないのは事実だけど、自分の目に見えない=いないと断定して、全ての霊能者を偽物扱いするようなこと言うのはどうなんだよ
364:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
嘘じゃないのに……
365:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
なんか雰囲気悪くなってない?面白そうなスレだと思ったのに
366:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ていうかコテハンがさっきから来ない件
367:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
記者志望JDも返事しなくなったし、みかげさまさがしてるひと、って奴もどこいったんだよ
368:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ちょっと過疎ってきた空気?
369:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ていうか、ここ過疎らせて落とした方がいいかもしんない。
ちょっと怖いことに気づいちゃったんだけど。
ちなみにあの写真の件じゃない。俺はカカシだのなんだのってのは見えないし、霊感ないのわかってるし
370:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
どした
371:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
なんか面白そうなことある?
372:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
そろそろ晩飯の支度したいからはよ
373:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
逢魔が時って今くらいの時間言うんじゃない?なんか起きそうだよね
374:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
もっと前の時間帯じゃなかったっけ、逢魔が時
375:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ていうか気になることがあるって言ったヤツ、さっさと書き込めやし
376:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
いやさ、あのさ
ここのスレに限らず、“Vちゃんねる”って基本的にトリップとIDがつく仕組みになってるだろ?
で、トリップは固定だけど、IDは毎日切り替わっていく仕組みになっているというか
377:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
そうだな、で?
378:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
それがどうしたんだよ
379:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
IDの方は、見る奴が見れば実は連動して位置情報がざっくり分かるようになってるって知ってた?
勿論、スマホとかで位置情報オンにして連携してるヤツだけだけど
380:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
え、マジで!?個人情報じゃん!!!
381:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
うっわ知らなかった……ああ、そういえばここに最初に書き込む時に、位置情報オンにするかどうかとかなんか出てきたような気がする
382:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ええ、今のVちゃんねるそんなのあんのかよ!?知らんかった。いいのかそれ
383:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
知らずに使ってるとトラブルの原因になりそうだよね
384:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
なんかさ、おかしいと思ったんだよ。何で二十四時間すれば切り替わるはずの“みかげさまさがしてるひと”のIDさ、何故か最初の書き込みからずーっと一緒なんだよな……もう何日も過ぎてるのに
385:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
は?……は?
386:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
あ、ほんとだ、全然気づかなかった!何で?バグ?
387:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
バグにしたってちょっと気持ち悪いだろこれ
388:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
もしかして>>384はID調べたのか?位置情報
389:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
>>388
当たり。
そしたら、エラー返ってくる。“位置情報がオフにされています”じゃなくて、エラー。
“その場所は存在しません”って。これどういうことだよ。一体あいつ、どこから書き込んでんだよ
390:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
え
391:通りすがり
ごめん、実はちょっと前に気づいて、やばいと思って書き込めなくて、すっごく迷ってて
やっぱり書く。これ書かないとまずい。
実は俺、“笹下村”に行ったことある。名前覚えてなかったけど年賀状見て、気がついた。そこ、うちの遠い親戚住んでる村だ
392:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
なん!?
393:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
やめてこれ以上のびっくりいらない
394:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
まだなんかあるってんかよ
395:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
笹下村に行ったことあるって、じゃあやっぱり実在してるのか笹下村……!
396:通りすがり
>>935
ある。
俺は当時小さかったから村にいた記憶とか全然ないんだけど、記者みたいな女の人が一人行方不明になって、神隠しだーって騒がれてたの思い出した。
だからちょっと、知り合いに聴いて調べてみたんだ、そしたら。
その記者の女の人、確かにいなくなってて、弟がいるのも事実なんだけど
その弟も、お姉さんがいなくなってすぐ自殺してるらしいんだけど
397:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
おい、インチキ言うなよ!じゃあ書き込んでた奴は誰なんだよ!
398:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
誰かの高度な釣りだよきっと
399:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
>>398
高度すぎ、ワロエナイ
400:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
嘘だろ
401:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
どこにも存在しないIDの、死んだ筈の人間とか、そんなもんいるわけないだろやめろよ
000:ミsuたa名無s1さn@振li9いたrヤツGfwるらsiい@
みんなきょうりょくありがとう
ぶじ いけにえ は かくほできまし た
かんしゃ いた します