美園は、夢を見ていた。
己が何処にいるかはわからない。むしろ、第三者視点で見る夢に“自分”というものが存在しないのは珍しい話でもないだろう。己は“いない”。この夢の中の登場人物では、ない。ならばこれは、誰か別の人間が主人公である物語を見ているパターンに違いない、と漠然と思った。昔から想像力が豊かなのか、我ながら意味不明な夢を見ることが少なくないのである。今回もきっと、例に漏れずその方向であるのだと思われた。
『やはり、元の地形や気候の問題だけではないようなのです』
どこかの立派な日本家屋のお座敷のような場所で、眉間に皺を刻んだ老人が話している。その後ろに控えるように座している人間達が数人。全員が和装――神社の神主等が着そうな着物姿だった。残念ながら美園には、それらが本当に神道に類するものなのか、あるいはお寺の方向なのかは全くわかっていないわけだが。
『この土地は、悪しきものが非常に溜まりやすい土地であると。……文献を調べてみたところによれば、この土地には“悪しきものを封じる”風習があったようです』
『悪しきもの？』
『そうです。この土地に封じて祀ることで、どのような悪しき人間や神であっても封印することができ、最終的には異界へと無事送り出すことができるとされておりました。此処は、あの世へ通じる入口があると信じられてきた場所なのです。人を数多く殺し、その罪悪感も持たぬ大罪人も。人々を苦しめて供物を捧げられてきた悪しき神も。よその地で手に負えぬその存在であっても、この土地であれば封じて闇に溶かすことができるとされていたようで。残念ながら文献は劣化が激しく、大まかな事情しか辿ることはできませんでした。なんといっても、神話の時代のことにございますゆえ』
その神官のような見た目の老人が頭を下げている相手は――艶やかな着物を着た、一人の少女だった。つやつやとしたおかっぱの頭に、ふくふくとした頬。古くからある日本のお人形のような、実に愛らしい少女である。年はまだ、十歳前後といったところではなかろうか。
『昨今の度重なる日照りや水害は、その悪しき者が悪さをしている結果と申すか？』
あどけない声で、それでもしっかりと老人に尋ねる少女。
『左様にございます……“
――！みかげさま……って言った、今！？
見ていた美園は目を見開く。みかげさま――あの可愛らしい少女が、この村の守り神とされる存在だというのか。見たところ、普通の生きた人間ではないか。
まさか本当に、この少女が村を守るため、生贄として捧げられてしまうというのだろうか。美園はただ、固唾を飲んでその光景を見守る。
『この土地、この笹原盆地は山脈に囲まれ、すり鉢状になっております。悪い気を溜め込みやすく、同時にこの村のあたりなどは鬼門に位置するなれば、それをあの世に流してしまうことも十分に可能でございました。ゆえに、多くの国々で手に負えぬ悪霊の魂なども、この土地に収めて手厚く葬り、封印し、その悪しき気を浄化することが可能だったのでございます。ところが……戦乱の世が続いた影響にございましょう。許容量を超える、あまりにも多くの悪しき魂と力が、この土地に集まり過ぎたのです。徳川の治世となり、戦で人が死ぬことのなくなった現代でさえ……その溢れた力は、あの世から溢れてこの土地に侵食しようとしているのでございます』
『あの世に流すことができなくなってしまった、と？』
『同時に、この土地に溜まっていく悪しき力も許容できる量を超えつつあり、この土地でその二つがぶつかり合ってしまっているものと考えられます。このままでは、この世とあの世を結ぶ関が崩壊し、地獄の蓋が開いてしまうことにもなりかねませぬ。そうなれば一環の終わり。戦乱の世よりも……否、それとは比べ物にならぬ、恐ろしい災いがこの世界全てにバラ撒かれることとなりましょう。亡者が闊歩し、悪人が蔓延り、均衡が崩れた影響で天災が各地で巻き起こり……破滅は、免れられませぬ』
『ならば、どのようにすれば良いと申すか？おぬしの意見を云うがよいぞ』
御影、と呼ばれた少女に促され、老いた神官らしき男は何かの巻物のようなものを広げて彼女に見せた。戦乱の世、江戸の世などと言っているあたり、これは相当昔の時代の話なのだろう。当然、鉛筆なんてものは存在していない。巻物には炭で、何らかの地図と文字がびっしりと書かれていた。
文字は旧字なのか達筆すぎるのか、美園にはさっぱり読むことができない代物だったが。
『堺を守るべく、結界を築くしかございませぬ。この地の山の麓、丁度この屋敷の裏手の位置が妥当でございましょう。しかし、人がただ関となる石を積み上げたところで、生きた人間の力など微々たるものでございます。我々も力を持つ者ではございますが、とても悪しき者の流入を防ぐだけの力は持ち合わせておりませぬ。……我々にできることは、新たな神をお祀りし、そのお力を現世よりお支えすることのみでございます。……御影様』
神官は心から申し訳なさそうに――同時に真剣そのものの面持ちで頭を下げた。薄くなった白髪を、一心不乱で畳にこすりつけて、幼い少女に乞う。
『貴女様だけなのです……過去を見、未来を見、人の魂を見、失われしものを言い当てるそのお力。貴女様だけが、真の神として君臨することができる……！どうか新たな守り神となりて、この地を……この世界をお救いください！御影様！！』
ああ、そういうことだったのか、と美園はすとんと胸に落ちるものを感じた。
何故だろう。この夢が――ただの自分の妄想とは思えないのは。この村で、過去に起きた真実だとしか考えられないのは。
誰かが自分に訴えかけているのが聞こえる気がするのだ。助けて欲しい、と。どうかこの村を、この世界を――自分を、救って欲しいのだ、と。
『面を上げい』
少女は鈴が転がるような愛らしい声で、されどはっきりと言い放った。
『あいわかった。……この御影だけに成せる役目であるというのなら、引き受けない訳にはいくまい。御影は、このために産まれ、尊ばれてきた存在。そうであろう？この年まで目が覚めるような贅沢な暮らしをさせてもらえたのだ、それ以上何も望むことなどあるまい。今こそ、おぬしらに恩を返す時が来たのだ』
ああ、と顔を上げた神官達から、歓喜の声があがった。少女はそれを見て、微笑みを浮かべつつ告げたのである。
『申すがいい、御影は一体、何をすればよいのじゃ』
＊＊＊
頼むから静かにしてくれ。意識が浮上しはじめて、最初に美園が考えたのはそれだった。なんといっても二日酔いである。もう少しセーブして飲んでおけば良かった――なんてことを言ってみたところで、完全にあと祭りだ。一体何度同じ反省をして生かされていないか知れない。バタバタと駆け回る足音に人の声、全てがガンガンと頭に響いてくる。瞼の重さが、尋常ではない。
――眠い……っていうか、重……あ、起きようとしてるのね、私。
不思議なことに、ついさっきまで見ていた夢の内容は随分はっきりと頭に残っている。最後の少女の言葉でブラックアウトして、残念ながらそれっきりになってしまってはいるけれども。
自分に霊能力、なんてものはない。あったらもっと堂々とひらけかしているし、あの“自称霊能者”っぽい部長にここまで反発心を持ってなどいないのである。だから。自分が見た夢が、どこまで真実かどうかなんてまるっきりわからないはずなんだけれど。
――あれは、全部本当のこと、のような気がする……なんで私はそんな夢見たのかはさっぱりだけど。
しかし、今はそんなことより。体がだるいのと、周囲が煩いことの方が問題である。そろそろ起きなければいけないような時間である気はするし、瞼の裏にも明るい光を感じているのだけれど。目を開けるのが億劫すぎてしかたない。とりあえず、布団をまとったままごろごろと転がっていき――そこでやっと、美園は異変に気づいた。
今の具合で転がったら、普通は隣で寝ていた琴子に激突するはずなのだが。既に彼女は先に起きた、ということなのだろうか。美園に声をかけることもなく。
「あー……うぅ……こ、ことこぉ……？」
ふと、手が硬いものに当たった。ひらべったい、小さな機械だ。あれ、と思ってようやく美園は重い瞼を持ち上げる。目に入ったのは、パールピンクの可愛らしい色。――琴子のスマートフォンだ。
「ことこぉ……スマホ、忘れてるよお……？」
ふにゃふにゃ言いながら、充電器に刺さったままのそれを裏返して見る。スマホ中毒の琴子が、いくら充電中とはいえスマートフォンをおきっぱなしで何処かに行くというのは珍しいな、なんてことを思いながら。ああ、もしかしたらちょっと台所に、料理の手伝いにでも行っているだけなのかもしれないけれど。
「ううん……」
頭が痛い。とりあえず、二日酔いのための薬を出して飲むべきだろう。食事ナシで飲んでいいものだったかは思い出せないが、この様子では朝食も食べられるか怪しいので仕方ない。
薬を出すためにスマホを置いた時、すぽっと充電コードが抜け落ちてそのスリープモードが解除された。ん？と思って美園はなんとなくその液晶に指を滑らせる。充電はMAXになっている。充電しなければまずい状態、というわけでもない。なのにどうして挿しっぱなしで放置されているのだろうか。
琴子はパスワードを設定していなかった。ロックを何気なく解除した美園は、瞬間飛び込んできた画面に目を見開くことになる。
「……何、これ？」
●篠崎秋乃 @1nof;sdjeshuop;4gwk]@,rstoi
返信先: @kocchan1515
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↓
●篠崎秋乃 @1nof;sdjeshuop;4gwk]@,rstoi
返信先: @kocchan1515
おいでことこちゃん
おねえちゃんがむかえにいくよ
↓
●サークル部長Ｎ @rainbase8973
返信先: @kocchan1515
木田、堂島、今すぐ逃げろ
