こいつは本当に何をしに来たんだか。琴子はやや呆れつつ、みっともない格好で寝落ちた美園を布団まで運んでやった。
お風呂には既に入っていたからいいとはいえ、とんでもなく酒臭いし服ははだけているしの情けないどころではなく情けない格好である。それでも女子大生か、と言いたい。二日酔い確定コースだが、それでも吐かなかっただけマシというものだろうか。明日どうなっているかはわからないけども。
まあ、自分も、結局本題の“怪談”については美園の祖母から僅かばかりしか聞くことができず、結局殆ど美味しい御飯を食べて雑談するばかりで終わってしまったわけだが。どうにも真知子は、あまり“みかげさま”について突っ込んで訊いて欲しくはないらしい。村の大事な守り神について、根掘り葉掘りされたくないというのもわからないではないが――ここまで頑なであると、かえって人間好奇心が湧いてしまうものである。
同時に。
『何度も言うようで悪いけど。できればレポートにはして欲しくないんだよね、あの神様についてのことは。どうしても書くなら、神様の名前はどこにも記載しないでおくれ。それくらい、名前っていうのは大事なものなのよ。そこには魂が宿る、呪いが宿る、そういう人もいる。そしてこの村では、名前というのは本当に洒落にならないものだから……』
ネットで調べることはできるが、図書館は明日にならなければ開いていない。なんだか、クトゥルフ神話の卓上ゲームでもやっている気分になってきた。あれだ、持っている技能をフル活用して、事件の調査をしていくという。ダイスロールで技能に成功すれば情報が得られ、失敗すれば得られない。時間を無駄にして終わる。現実もゲームも、そのへんはあまり変わることではないのかもしれない。
イビキをかいて寝ている美園は、ちょっと電気をつけたくらいでは起きる気配もない。むしろ一回起きてもう一回顔でも洗って来いと言いたいところであったので、琴子は容赦なくあてがわれた和室の電気をつけっぱなしにしていた。暗い中でスマートフォンを見続けるのも目に悪そうだから、というのもある。布団の上に座り、少し前にTwitterに書き込んだ内容への反響を見ていた。
料理の写真と絵の写真を、Twitterにちょこちょこ上げている琴子である。いいね中毒というわけではないし、反響があればいいやくらいの軽い気持ちでやっているだけだが、それでも千人程度のフォロワーは存在しているし、相互フォローも非常に多い。そこそこの人数と、日頃のちょっと楽しいこととか好きなドラマの話題を共有するのが好き、そんなユーザーの一人だった。ゆえに、大量のフォロワーがいるというほどではないものの、話題を投下すれば反応してくれるくらいの仲間はそれなり程度に存在するのである。
●こっちゃんでっす@kocchan1515
ちょっと今大学で調べ物をしているので、知ってる人がいたら教えて欲しいです。
T県で、“みかげさま”っていう神様について調べてます、サークルのレポートです。
何でも、大昔捧げられた生贄の名前がそれであるそうな。大きな災害があったっていうけど、どんな災害かもわからなくて困ってます。
「あ、来てる来てる通知!」
通知のベルマークに、ふた桁以上が並んでいる。どうやら思った以上に、話題に反応してくれたフォロワーさん達がいたらしい。
どれどれ、とその中身を見てみる。そうだ、ついでなら村に来た時に撮った写真もアップしてみようか。小さな村に人が殺到したら申し訳ないと思わなくもなかったが、それはそれで観光収入になりそうなもの。マナーが悪い連中が来なければそれで十分なはずである。もうすぐお祭りなのだし、多少盛り上がった方が美園の祖父母達もきっと喜んでくれるのではなかろうか。
通知をクリックして、来た反応を確認する琴子である。
●こっちゃんでっす @kocchan1515
ちょっと今大学で調べ物をしているので、知ってる人がいたら教えて欲しいです。
T県で、“みかげさま”っていう神様について調べてます、サークルのレポートです。
何でも、大昔捧げられた生贄の名前がそれであるそうな。大きな災害があったっていうけど、どんな災害かもわからなくて困ってます。
↓
●AKI @akiakihappy
返信先: @kocchan1515
やっほうこっちゃん。大学レポートお疲れ様です。
みかげさま?知らないなあ。都市伝説とか結構好きで調べる方だけど
↓
●カエルさんに滾る @kaeruuuuuuuuuuu
返信先: @kocchan1515
T県のどこですか?情報少なすぎてそれだけだとちょっと
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●お餅小僧 @omochikozokozo
返信先: @kocchan1515
確かに神様って、大昔捧げられた生贄っていうのもよくある話だよね。大地震とか津波とか。
まあT県なら津波ってのはないかな、さすがに。地震、大火事、山崩れ、大洪水、やっぱりそのへん?
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●土下座して謝れ貞夫 @kusokusosadao
返信先: @kocchan1515
生贄に捧げられた巫女娘とかマジで萌え
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●るな @runa194369
返信先: @kocchan1515
例のごとくクソリプ来てるけど気にしないように。もう少し地名とか欲しいけど、流石にリアバレとかするから無理かな?写真とかもあったら上げてほしいかなー
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●逃避行中 @touhitouhitouhi
返信先: @kocchan1515
その手の話って、ツイみたいなところで拡散しても大丈夫?都市伝説の中には、人に知られるだけでやばいってのもあるけど。それこそ、知られるだけで人の夢を侵食する都市伝説とかあるんじゃなかったっけ?まああれはガセだったけどもさ
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●ありあ@スリプリの続編全力待機 @suripuriiyaaaaa
返信先: @kocchan1515
T県でいつくらいに起きた大災害かにもよるけど……もう少し狭い範囲に絞れれば何かわかるかもしれないですね。
その村とか町とかで起きた土砂崩れとか大火事とか飢饉とかようはそういうの。もし地名を晒すのがダメなら、こっちゃんさんが自分で検索してみるといいかもしれません
「あーなるほど。ふんふん」
早速アドバイスされるまま、琴子は検索エンジンのゴーグル先生を開いていた。まずはオーソドックスに“みかげさま”で検索してみたものの、これは美園が書き込んだ掲示板でもあったように全く無関係なものしか引っかかってこなかった。というか、他に“みかげさま”という呼び名のアニメか何かがあるらしく、そちらの話題ばかりが引っかかってくるというのが正しい。なるほど、この手のキーワードは他と被ると検索の意味がなくなるようだ。
また、“笹下村 みかげさま”で検索したら、今度はほとんど何も引っかかってこなくなってしまった。件の掲示板だけ、というなんとも淋しい状況である。やはり“みかげさま”の存在が余程秘匿とされているということなのかもしれない。
では、みかげさま、はワードから外してみよう。“笹下村 大災害”ならどうか。もしそれでダメなら、地震とか土砂崩れとか、起きそうなものを片っ端から入れてみればいい。
この笹下村という場所は山の麓にあるが、正確には周囲を山脈に囲まれた盆地のような場所に位置している。山を下ってきた暑い風が吹き付けるので、夏は非常に蒸し暑くことで有名なのだそうだ。大雨が起きると、森があるので直接洪水になることはさほど多くはないかもしれない。どちらかというと、土砂崩れの方が深刻な被害を齎しそうだ。
――まあ、小さいけど川も流れてるし、そっちの方でトラブルが起きるってこともあるかも?……あ。
この村は少し電波が良くない。やや時間がかかって画面が切り替わり、検索結果が表示された。現れたのは、現れたのは、笹下村がある付近――笹原盆地で1700年の7月頃に起きたという、大規模な土砂崩れに関するブログ記事である。
『1720年まで、現笹下村がある笹原盆地は数多くの天災に見舞われていたそうです。
特に1720年7月頃、笹原盆地で起きた大規模な土砂災害は、数多くの犠牲者を出したことで有名でした。この地域はどういうわけか、日照りで作物が育たない年も大雨に見舞われる事も多いという、一種呪われた地域であったわけです。特に現笹下村がある場所は、地元の人間には“忌み地”のようなものとして扱われてきました。このへんの原理が定かではないのですが、盆地の鬼門に位置する場所にあり、悪いものが一気に澱んで集まる場所が現笹下村の付近であったそうなのです。
笹原盆地は、悪いものを溜めてしまう性質があり、笹下村はそれを上手にあの世の方へと流すための関所として役割を担わなければならなかったということですね。
その役目を徹底するようになった1720年以降、ぱたりと盆地を襲う大きな天災はなくなったのだとか。
以前私が取材に行ったところによると、笹下村は村全体が“地獄へ繋がる蓋”を成す場所として役目を振られているとのことでした。
特に年に一度の祭は、守り神の力を高めて、蓋をさらに“強化”するために重要な意味を持つイベントだそうです。そこで、御三家である祭家、勝木家、原井家が中心となり祭を盛り上げ、神事を行っているとのことでした。近年は過疎化により人口が減少し、神事を行う若者が減っていることが最大の問題として挙げられているそうです。
ところで、この村で神様として祀られている存在についてなのですが……』
どこかの雑誌記者と思しき人が書いたブログ。そこまで琴子が読んだ、その時だった。
「?」
パタタ、と軽い音と共に――消える電気。一気に室内は真っ暗になった。
――うわ、やっだ停電?
それは困る。携帯も使いながらまだ充電中だというのに。琴子が充電器に繋いだままのスマホをその場に置いた時、障子の向こうをバタバタと走り去っていく足音が聞こえた。今のは真知子あたりだろうか。何かあったのか。
「おばあちゃん?真知子さーん?」
琴子は言いながら、廊下に繋がる障子を開け――その瞬間、生臭い空気が室内に一気に吹き込んだのである。