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<第二話・劣>

 いつの時代も、怪しげな風習やら異世界に行く方法やら七不思議やら、なんてものはザラにあるものだ。一時と比べてかなり流行は落ち着いてしまったようだが、それでもオカルトの掲示板はまだ健在だし専用のサイトもある。大半はただの噂や作り話だろうが、中には本物が混じっていることもあるのかもしれない。美園は適当なキーワードを叩きつつ、目ぼしいものを浚っていくことにする。

 オカルトに興味を持ったきっかけは、幼い頃のこと。祖父母の実家近くで“神隠し”事件が発生したことであっただろうか。古い農村であるゆえ、稀に面白半分な噂を聞き付けては観光目当ててやってくる客がいたり、はたまた記者がいたりなんてこともあったらしく。いなくなったのも、そんな取材に来た記者の一人であったらしいのだ。


『ああ……そうね、結構な美人さんだったんだけどねぇ。ハキハキ喋るし、仕事熱心だったみたいだし。ウチの村に怪しげな風習があるらしい、なんて噂を聞き付けて来たみたいだから、ウチらとしてはあんまり楽しいものじゃなかったんだけどねぇ』


 いなくなったという記者の女性を探すのに協力しつつも、おっとりとした祖母は困ったように笑って見せた。

 取材といっても、カメラマンやら音響やらを引き連れた派手なものではなく、それこそ聞き取り調査の段階であったとのことらしい。まあ、辺境のオカルト雑誌だったというから、案外地味なものであるのも無理ないことなのかもしれない。

 彼女はあちこちの家に、なんらかの眉唾な噂について聞き込みをして回っていたらしいのだが――それがある晩、森に行ったきり帰って来なかったというのだ。祖父母のいる村は山の麓に位置しており、山に向かって深い深い森が広がっている。道もろくに整備されていないし危ないということで、村人は特定の場所以外は滅多に足を踏み入れることなどないのだが――好奇心旺盛な彼女は残念ながら、忠告に耳を貸してはくれなかったらしい。

 携帯電話も圏外になってしまうような場所。目印らしい目印もない。迷ったら、戻ってくることは極めて困難であった。


『山の神様に連れて行かれてしまったのかもしれんねえ……神様の噂に凄く興味を持っていたみたいだし、魅いられてしまったのかも。いいかい美園、好奇心で人間は進化してきたけど、同じだけ好奇心ってヤツは人を破滅させる毒にもなるんだ。危ないものや不思議なものに、過剰に興味を示したりするんじゃないよ。なんといっても神様ってのは、そういう人間ほど向こうも気に入って、浚いたくなるものらしいからねぇ……』


 少々古い考えが蔓延っているような村だった。若者が少ないというのもあったかもしれないが。やや閉鎖的で、都会に出て時折里帰りする美園の一家でさえ、時折息苦しさを感じたものである。

 ただ、その当時、変身ヒロインや異世界で愛されるお姫様のアニメに憧れていた美園は、その“神様”の話に少しだけ興味を持ってしまったのだった。

 ゆえに尋ねた。神様に魅了されるということは、神様に愛されるということなのかと。

 そして、神様に愛された人間はどうなってしまうのかと。


『そりゃ、愛されているに決まってるさ。そして“神隠し”されちまうんだ』


 神隠し。

 その言葉を初めて知ったのも、その時である。


『神隠しされたら、神様の国に連れていかれる。どんなところかって?神様の国に行ったことがないもんで、私にはわからんねえ。ただ一説によれば、それはそれは夢のように美しい世界であるそうだよ。花が咲き乱れ、キラキラと輝く神様のお城があって、鳥はとても心地よい愛の歌を歌っている。そして、全ての苦しみから解放されるんだと。噂でしかないけどねえ。なんといっても神様に愛された、特別な人しか行けないもんだから……それくらい素晴らしい世界であってもおかしくはないとは思うけどね』


 まあ、その祖母が語ってくれた“神様の国”の風景に関しては、かなりいい加減なものだとは思っているわけだが。なんといっても聞けば聴くほど、仏教に出てくるいわゆる“極楽浄土”の風景と大差ないものであったからである。神様の国は素晴らしいところに違いない、と考えた村人たちが勝手にイメージして、噂を広げていっただけなのだろう。

 だから、美園が興味を持ったのは別のことである。


――神様に愛された、特別な人しか行けない場所……そういうところに、私も行ってみたい。


 そうすれば、自分は特別な存在になれる。

 平凡や退屈から抜け出し、誰かに認められうる存在になれるはず。

 気がつけば美園は、不思議な体験やオカルトを調べることにのめり込むようになっていた。それらはひとえに、己が平凡な人間でしかないことを、自分が一番よく分かっていたからに他ならない。

 そう、自分は何をやっても凡才でしかないのだ――四つ上の姉、美織みおりに比べたら。


――物心ついた時から、両親は美織のことしか見ていなかった。彼女は音楽に愛された、まるで現代のモーツァルトのような人だった。


 といっても、美織は作曲には興味を示さず、ひたすら打ち込んだのはピアノのレッスンばかりであったが。あるいは、既存の曲の独自アレンジ。彼女の手にかかればどんな平凡で地味な曲も、キラキラと音符が舞踊り人を虜にする素晴らしい一曲へと変わっていったのである。

 見目麗しい、ピアノの天才少女。

 どんな曲も一発で聞き分けて簡単に楽譜に起こせるし、一度聞いた曲は忘れず何も見ないで即座に演奏できる姉。そんな姉の存在に、両親が夢中になるのは仕方のないことではあったのだろう。

 だが、妹の美園には何も無かった。少し勉強を頑張っても、少し運動を頑張っても、両親はおざなりにしか誉めてはくれない。絶対音感なんて便利なものを持たないどころか、酷い音痴でしかない妹に未来を夢見ることを、彼らは早々に諦めていたのである。

 良く言えば放任主義。

 悪く言えば無関心。

 美園が、平凡でつまらない己を嫌いになるのも、そうではない特別な存在になって認められたい――姉より注目されたいと嫉妬やらなにやらを募らせるのも、きっと自然な流れであったことだろう。


――あの姉がいる限り、私は一生“あの堂島美織の妹”としか見られない……!男だって女だって、どいつもこいつも私をどこかでそうやってフィルターでかけて見る!私自身を見てもらいたいと思ったら、それこそあの姉とは全然違う方向で勝負するしかないんだ……!


 自分はどうあがいても、才能で美織に勝つことなどできない。少し足が速いとか、少し勉強が出来るだなんてものでは見向きもされない。そんなことのために努力したって虚しいだけ。出来ることがあるとすれば――美織が絶対持ってないものを掴み取るチャンスに賭けることだけだと、美園は本気で信じていた。

 そう、それこそ美織が絶対できない体験をするとか――美織が持ち得ない不思議な能力を手にする、だとか。

 いつしか美園は本気で、オカルト関係の雑誌記者を目指すようになっていた。あの行方不明になった女性と同じ職業である。両親は分りやすく苦い顔をしたが、クレームをつけてくるには至らなかった。それは妹に興味がなかったからか、あるいは美園が幼い頃から本気でそういったものに傾倒していたことを知っていたからかは定かでないが。

 オカルト雑誌自体を愛読していたわけではない。

 しかし雑誌記者という仕事は、高いコミュニケーション能力も執筆能力も求められるものだ。才能はあってもコミュ障気味の姉には絶対に就けない職種である。それに加えて、大好きな怪談やオカルトな話を堂々と調べられる仕事ならば、姉には絶対できないような不思議な体験も味わう機会があるかもしれないと思ったのだ。どちらも、美織に対して――下世話な言い方をするならば、マウントが取れる部分だと考えたわけである。


――大学のサークルなんて所詮お遊びかもしれないけど……でも、ここで認められないようじゃ、プロとしてやってくことなんかできっこないんだから!


 確かに現地調査をサボったレポートは出してしまったが、それはテスト期間と重なってしまってどうしても調べに行く時間がなかったせいである。題材にしたのが遠く離れた九州の怪談だったというのも、チョイスミスであったのかもしれないが。

 それでも、現地に行かずとも臨場感を感じてもらえるような、それくらい技巧を凝らした記事には仕上げたつもりだったのである。それを、あの部長と来たら。最後まで読みもしないで切り捨てたのだ。美園にとっては、屈辱以外の何物でもない。


――見てろよ!絶対にあいつの鼻を明かしてやるんだからぁ!


 適当にいくつもの掲示板を、タイトルだけ見てクリックしていく。




【ガチで怖い怪談を集めてみませんか? part1952】


【リアルであった怖い話 part52】


【妙な手紙が届いて滅入ってるんだが part3】


【まだち駅についてどなたかご存じ有りませんか】


【オカ版百物語 第五十三夜】


【異世界に行く方法のマジっほいのを発見したので早速やってみた part2】


【友人が異世界に行くとか言い残して消えたんですが part6】



――出来れば、田舎の怖い話的なものがいいのよね。因習っていうの?取材しがいがあるし。でもって、出来れば関東近郊で行きやすそうなとこ……まあ、休みもあるし新幹線で行ける範囲ならそれでもいいけど。


 そして、カチカチとマウスを鳴らしていた美園の手が止まることになるのである。

 目についたのは、一つの掲示板だった。何故だかそれに、酷く目を奪われたのである。

 タイトルにはこう書かれていた。



【みかげさま、というものについてご存知の方はいませんか?】


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