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第三十話 《父の言葉》

 映像は、身内向けにも関わらず自己紹介から始まった。恐らく、同行者ないし協力者の存在を考慮しての事だろう。まあ、それがまさか新妻だとは、さしもの父親も想定してはいないだろうな、とミスズとアストラジウスは同じことを考えていた。


 映像の中でファウロウが優しく微笑む。もしアストラジウスが生身であれば、このような笑顔を浮かべるのだろうか。ミスズは頭の中で少し想像してみたが、難しかった。


《ふふ。お前を襲った不運に最初は天を恨んだものだが、このような結果になるとは思いもしなかった。……この動画を記録している段階で、生き残っている王族はもはや、私と第四皇子のフェルネティスだけだ。だがそのフェルネティスも、今最前線で戦っている以上、そう長くはない。私自身の命もな》


『何が……一体何があったのです、父上。兄弟達が……皆殺された!? 一体何故! 何に!?』


 映像とわかっていても声を荒げて疑問を発するアストラジウス。彼にとってはあまりにも衝撃的な発言だった。


《……すまんな。話が飛躍した。いきなりこんな話をされても困惑するだけだろう。順を追って説明する。……ここに来るまで、少なからず世界を見たはずだ、アストラジウスよ。おそらく、宇宙は一変し、かつての文明の痕跡すらない事にお前は困惑したはずだ。だがそうであるならば、私がこれから成す事が成功したという事だ。そうである事を祈っている。いや、こんな事をいったところでお前を混乱させるばかりだな。すまない》


 顔を手で押さえるようにして、息を整えるファウロウ。


 極度の疲労状態にある事が見て取れた。しばしため息をついて考えを纏めた彼は、再び語り始めた。


《今、この宇宙は滅びに瀕している。それに我々は抗っているが、もはや大局は決した。滅びとは何か? 我々は、それをパラサイトマインド、そう呼んでいる》


「パラサイト……マインド?」


《一言でいうと、奴らは知的生命体の精神活動に寄生する存在だ。その起源ははっきりとはわからないが、いつしか奴らは密かにこの宇宙に侵入し、勢力を広げていた。最悪なのは、奴らに寄生された人間は、奴らにその生存理由、存在理由全てを奪われる。人種、思考を問わず、全てが奴らの目的のために消費される奴隷となるんだ……増殖するという、生物として極めて単純な目的のために。我々は必至に抗ったが、すでに人類の6割以上が感染済みであり、さらに潜伏状態の者も多数いる。もはや逆転は不可能だ。そして奴らは我々の繁栄させてきた文明を奪い、敵対勢力である我々を排除しようとしている。我々を排除し終えた後、奴らは人類をただ生まれて生きるだけの肉人形として未来永劫消費し続けるだろう。ふふ、出来の悪いSF映画のような展開だろう? こんな馬鹿馬鹿しい未来が、我々の末路とはな》


「…………」


 なるほど、それで王様らしくもないボロボロの恰好なのか、とミスズは納得した。敗戦につぐ敗戦によって追いつめられ、もう後がない状態という事なのだろう。流石にその所感を口にするのは夫の手前、憚られるが。


《だが、唯では終わらん。我々ネティール王朝は、否、人類は最終兵器の起動を決定した。開発者は、ラーの怒り、と呼んでいる。遥か古い時代、我々人類の始祖が生まれた星ジ・アースに伝わっていたという、最高神の名だ》


 彼の言葉に合わせて、そのラーの怒りとやらの詳細が表示される。多くは機密の文字に阻まれていたが、その運用思想と効果ははっきりと示されていた。


 すなわち。


 全知的生命体の活動停止。


 宇宙規模の、スーサイドアタックという訳だ。確かに、知的生命体の精神活動に寄生するというのなら、その知的生命体が死に絶えればパラサイトマインドとやらも滅びるのかも知れないが……。


《ふふ、敵もろとも滅びるのは勝利とは言わない。そう言いたげなのは見えているぞ、息子よ。だがこれは破れかぶれの玉砕などではない。我々は未来の為の礎となるのだ。その未来こそが、お前だ。もしこの映像を一人で見ているのでなければ、横を見るがいい。そこに居るであろう、お前の大切な仲間たち。彼らを未来で生かすために、我々は玉砕するのだ。……その為に、アナザースペースを利用する》


 来た。ミスズとしてはこれからが本番だ。


 人類が外敵に敗北し、諸共自爆した所までは分かった。だが、今の宇宙にその痕跡はない。それは長年の謎だったが……どうやら、真実に触れる時が来たようだ。


《アナザースペースは、あくまで通信網の為に生み出された別次元だった。だが調査の結果、あちらの宇宙にも星があり、恒星があり、多少違いはあれど物理法則も存在する、人類の移住可能な宇宙である事が判明した。勿論、今生きている人類が移住する訳にはいかない、誰にパラサイトマインドが宿っているか分からないからな。だが、奴らが寄生するのはあくまで知的生命体の精神活動だ。つまり、受精卵の状態であったり、お前のような義体に生体情報を転写した存在といった、生物学的には“物”でしかない存在には奴らは寄生できないのだ。とはいえ、義体とはいえ覚醒状態であれば寄生されかねないのでな、お前には眠ってもらったままだった訳だ。済まんな。これも天運だろう。転写後の調整中、パラサイトマインドの一斉蜂起が宇宙規模で勃発し、混乱の中でお前は眠らされたままだったのだ。その時はパラサイトマインドの正体もわかっていなかったので、これは本当に幸運だった。本当に……》


『父上……』


《この宇宙はもう終わりだ。例え我々が全てパラサイトマインドと共に滅びても、どこに奴らの残滓が残っているか分からない。だが、アナザースペースともなれば話は別だ。計画は極秘裏に行われ、安全性が保障された受精卵とその保護船が数十隻、あちらに送り出された。現地では先行した作業ドローンたちが、彼らが発展する為の礎を築いているはずだ。彼らは新天地で新たなる人類として産声を上げ、文明を発展させ、我々の用意した補助輪を用いて再び宇宙に進出していく事だろう。……そこに、ネティール王朝の文化は残していない。滅び去った我らの事など知らぬままに、新人類たちには新しい文明を築いてほしいのだ》


「なるほど、それで……」


 納得する。まるで意図したかのように残された大断絶前の文明の遺産、それは本当に意図されていたものだったのだ。そしてそういった遺産を研究していたミスズがネティール王朝との関連性を見いだせなかったのも、そもそも残すつもりが無かったという事。意図的にそのようにされたのでは、分かるはずもない。あれらの遺産は、いうなれば参考書、もしくはテストのカンニング解答だったのだ。


《そして、それはお前もだ。アストラジウス》


『え』


《お前も、ネティール王朝の第一皇子という立場に縛られる事はない。唯一人のアストラジウスとして、信頼できる友と、愛する人を見つけ幸せになってほしい。もうお前は王朝の為に散々苦しんだ。これからは、どうかそんな事に縛られず生きてくれ》


『ち、ち、うえ……?』


 ファウロウの言葉は、父親として息子の幸せを願う慈愛に満ちている。だが、それを聞くアストラジウスの様子は穏やかではない。後退るように端末から遠ざかり、ワナワナとその左手は震えている。目の光は虚ろで、まるで祝福ではなく、三行半を突きつけられたかのようだ。


 ついには耐えきれず膝をつく彼の横に、慌ててミスズが寄り添う。抱きしめた彼の躰は、冷気で冷え切ってひどく冷たかった。


 見上げるようにしてスクリーンに視線を戻す。記録映像の中で、ファウロウ王は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、希望に満ちた未来を語り続ける。


《お前と同じような状態の被験者たちも数名、アナザースペースに送り込んだ。彼らが今後どうするかは分からないが、新人類の導き手、あるいはお前の良き友人になってくれる事を祈る。……(ブザーの音)どうやら、最終兵器の起動準備が整ったようだ。私はこれからスイッチを入れに行く。……お前の顔が最後に見られないのは残念だが、それでも言葉を残す事が出来てよかった。幸せになれ、アストラジウス。それが王として、父親として、お前に望む全てだ。ではな》


 それを最後に、映像は途切れた。


 ミスズはもう何も映さない空間スクリーンをしばらく見上げていたが、やがて顔を背け傍らで俯く夫に目を向ける。

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