たどり着いたサーバー、正確にはそれを収めた建物に対するミスズの感想は、遠目に見た時と同じものだった。
まさに、神殿。人間が居住する事を考えていない、人ならざる者を留めておく為の建物。
むしろ近くで見るとなおさらその印象は強まる。
入口は、長い階段を昇った先にあるという。今だ多少フラフラしながら歩くアストラジウスを気遣いながら、ミスズはその隣に付き添って階段を昇る。
『建物の雰囲気が気になる、という顔をしているな』
「え? あ、その。……ええ、まあ」
『別に気にしないから、正直な所感を聞いてみたいな。どうだ?』
「……その。超古代文明の優れた技術の中でも、特に先進的な部分であるにもかかわらず、その。妙に宗教的な雰囲気を感じるな、と思います」
『ふふ、そんなに言葉を飾らなくともいいぞ。素直に胡散臭い、と言えばどうだ?』
「あははは……」
苦笑いで誤魔化すミスズに、アストラジウスは建物の屋根に燦然と輝く何かしらの彫刻を見上げながら説明を始めた。
『まあ、結局どれだけ技術が進んでも、人は神頼みから逃れられなかった、という事だな。己の所業、その全てが自己責任であり自業自得、というのを受け止めるのは、いささか辛いものがある。成功のうち何割かを超常存在に預ける代わりに、人は失敗の何割を他責する事で己の心を守ってきたのだ。言うだろう、正論は人を怒らせるだけ、と』
「はあ。でも私の知ってるイケイケ実業家とか、神頼みに一番程遠い人種ですけど……」
『それは失敗をしたことが無いか、失敗の可能性を考えられないだけだ。人間の本質は成功時ではなく、失敗した時にこそ色濃く表れると私は思っている。成功者が鷹揚に振舞うのは当然の事だからな。自分の人生をかけた一大事業が失敗したとして、その全てを淡々と自己責任として納得できるような人間は正直、ちょっと怖いぞ、私は。まあともかく、昔はサーバーがトラブルを起こすとシステム全体が飛ぶ訳だからな、手を尽くしたうえで最終的には神頼みだったのだ。その習慣が、何千年たっても抜けなかったという訳だ。あるいは』
「あるいは?」
『この建物を建造した者は、本当に電子の輝きの向こうに神を見ていたのかもしれないな』
そしてそれが、あの叛逆者達を狂わせ思い上がらせた……というのは、願望にすぎるだろうか、とアストラジウスは胸の内で呟いた。妻に聞かせるような郷愁ではない。
階段を昇りきると、やはり大きな入口が二人を出迎える。扉の無いそれを潜ると、ゴン、という音と共に足元の床が自動的に動き始めた。ベルト……ではないが、ベルトコンベアのような造りになっているらしい。
そのまま大人しく流されながら、回廊を進んでいく。動く足場の左右には、来賓者を迎え入れるように、あるいは王朝の威厳を示すように、無数の彫刻品や絵画が並べられていた。そのいずれもが、最低でも一万年以上前のものであるという事を考えると、その価値にミスズは頭がクラクラしてきた。しかるべき所でしかるべき保証をしてもらえば、あの絵画一枚でも数年は食べていけるだろう。まあ、その保証をするべき機関がどうにも胡散臭いのが世の常なので、そう甘くはないが。
ミスズが頭の中で銭の計算を行っている内に、足場は終点についたようだ。運ばれたのは、とてつもなく広いホールの一室。これが外から見えていたあの青白く輝く石碑のようなものの内部だとミスズが理解すると同時に、シャレにならない寒さが彼女を包み込んだ。
「……寒っ!?」
『ああ、忘れてた。サーバールームだものな、寒いに決まっているか』
「いやいやいや、ちょっとこれやばいですよ!? 凍えそうなんですけども!?」
『まあまあ、ちょっと待て。今からシステムを立ち上げる。そしたら保護機能が働くはずだ。少し我慢してくれ』
「早めにお願いしますねー(ガタガタ」
凍えるようなサーバールームを奥へと進む。部屋の中央に佇む塔のようなサーバー本体の前に、小さな端末があった。机のようなそれの中央には、一つの宝玉がはめ込まれている。これまで散々見てきたが、ネティール王朝ではこの半円球のオブジェクトが、端末の起動あるいは操作スイッチとして共通しているようだ。
アストラジウスが無事な左手の平をオーブに押し当てる。すると、宝玉は緑色に発光し、無数の青い光を端末に走らせた。それは瞬く間に端末からサーバータワーへ、そして施設全体へと広がり、俄かに建物全体が青白く光り始める。
アナウンスが何ごとかを知らせてくる。聞きなれない言葉にミスズが首を傾げていると、アストラジウスがその様子を見て端末に指示を出した。
『管理者権限で要請。客人の生態保護と、言語を■■■■に変更せよ』
《要請を承諾。客人の保護を開始します。以降、使用言語を■■■■に固定》
ほわん、と急にあったかくなった気温に、ミスズが顔を上げる。見れば、天上からスポットライトのような光がミスズを照らすように降り注いでいる。そのおかげで、部屋の冷気が格段に抑えられているようだ。生態保護といっていたがこれの事だろうか、とミスズは納得した。
それでも僅かに冷えはする。腕をさすりながら、ミスズは端末の前に立つアストラジウスの横に並んだ。
「大分ましになりました……。それで、これからどうするんです?」
『まずは惑星環境維持システムの復旧が最優先だ。それから管理都市の修復だな』
「ああ……大分派手に暴れましたからね。めちゃめちゃです」
『……うん、まあ、そうだな。とりあえず給水システムに不都合が生じているようだから真っ先に動かした。上はそこそこ大騒ぎになっていたようだ』
「ああ……。大半が乾燥地帯なのに水の供給が途絶えたら大ごとですね。でもそれはつまり、あの人達がこの星の生命線を抑えていたって事ですよね」
『ああ。どうやら、この星の政府は実質、叛逆者達の傀儡だったようだ。文明発展を助けられた恩もあるが、それ以上に水という命綱を握られては従う他無いだろう。あの言動を見るに、現地住民との関係が良好だったとは思い難いしな』
本物の機械仕掛けの神だった訳か、とミスズは口の中で感想を転がした。旦那に聞かせる話ではないからだ。ただでさえ、叛逆者と言えどかつての臣民、それも自分の生存のためにある種犠牲になったと思われる者達を討った事で、この第一皇子は思う所が有るようであるから。
そういう、心根の優しい所が良いのだが。あばたもえくぼ、という自覚がある上でミスズは正直にそう思う。
『……それと、だな。そのあたりの指示を出していたら、システムから提案があった。動画ファイルの再生を推奨されている』
「動画ファイル?」
『ああ。私の個人コードに反応して提案してきたようだ。私向けの伝言、という事だな。……再生しようと思う。付き合ってくれないか』
「え。それは構わないですけど……良いんですか? 旦那様向けの、私的な伝言、という事でしょう?」
『ああ。十中八九、父上か家族からのものだとおもう。私向けという事は、王朝に何があったのかについて触れる可能性が高い。……一人で、聞きたくない』
それは。
戯言として聞き流した、叛逆者の言葉があっての事だろうか。ミスズが視線を落とすと、公正な義体は主人の細やかな心境の変化を律儀に拾い上げているのか、宝玉に置かれた手は小さく震えているように見えた。
「……わかりました。私でよければ、是非」
『ありがとう。……動画を再生する』
ウォン、と宝玉が強く発行する。それと同時に、二人の眼前に、巨大な空間スクリーンが投影された。
そこに映し出されているのは、どこか薄汚れた部屋の内部と、その中央に佇む壮年の一人の男性の姿だった。
金で装飾された品の良い白いスーツを身に纏った、浅黒い肌の白髪交じりの男性。ただ、身に纏うスーツは埃で汚れ生地は草臥れてよれており、頭髪や髭は整える余裕もないのか乱れている。その中にあって、灰色がかった瞳は見る者を臆させるすさまじい眼力を秘めていた。
人目で唯者ではない事が分かる。記録映像とわかっていても、ミスズは思わず佇まいを直した。
『父上……』
アストラジウスが思わず、といった風に呟く。
《我が名はネティール王朝の第233代目パーラ、ファウロウ・R・ネティール。この映像が再生されているという事は、我が長子アストラジウスは、この大破局を乗り越えたという事だな。まずはそれを嬉しく思う。同時に、ここでこの動画を再生しているという事は、お前の休眠ステーションにトラブルがあったという事でもある。よくぞ、その危機を乗り越えた》