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第二十八話 《一寸の虫にも》




 その一撃は、無防備にたたずむアストラジウスの隙を突き、長槍を握る彼の右手の甲を打ち抜いた。


 手が弾け飛び、指がバラバラになって飛び散る。取り落とした超重量の長槍が、石造りの床に落ちてめり込むように沈み込んだ。


 痛みは無い。過剰な痛覚は自動的にカットされる。それでも精神的な喪失感に左手を抑えて、ビームを飛ばしてきた方に視線を向ける。


 そこに。


 ボロボロの叛逆者が一人、佇んでいた。


 最初に仕留めた、否、仕留めたと思っていた相手だ。首筋に深く長槍を突き刺し、床に転がした相手。義体であっても間違いなく致命傷を与えたと思っていたが、辛うじて生きていたらしい。


 叛逆者はだらりと垂れた手に剣を握りしめたまま、リングガンを構えたまま、一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。


 首を歪に傾け、ゼンマイの止まりかけた玩具のような歪な動きをしているのを見るに、相手の命はそう長くはないだろう。じきに、機能停止するのは目に見えている。


 問題は、その僅かな時間であっても、アストラジウスの命を奪うには十分な事だ。


『ちいっ……!』


 左手の籠手は反物質を投射したばかりで武器としては使えないし、何よりこんな近距離で使う事はできない。床に取り落とした長槍を拾い上げようと手を伸ばすが、そうはさせじと叛逆者はリングガンを連射した。狙いも定かではないそれは多数が明後日に飛んで行ったが、それでも何発かがアストラジウスの体を撃った。


『ぐ……っ!』


 最高級の義体である彼の肉体は数発のビームでは破壊されたりはしない。だが、無傷とは流石にいかなかった。視界の中に警告マークが浮かび上がり、肉体の不調を伝えてくる。特に致命的なのが、左手の肘に命中した一撃だった。腕の出力系統が寸断され、指に力が入らない。これでは武器を握れない。他にも、右わき腹に直撃した一撃が、動力系に悪影響を与えている。全体的な出力が低下し、その場に膝をつく。


 それでも頸を垂れるのを良しとせず顔を上げるアストラジウス。そんな彼に、少しずつ叛逆者はにじり寄ってくる。恐らく接近戦で確実にトドメを刺すつもりなのだろう、右手に握りしめた剣の刀身にエネルギーが紫電となって漲っている。今のアストラジウスには、それを払いのける力も無い。


 万事休すか。


 冷静に彼が己の苦境をそう評するのと同時。


 戦場にやけくそじみた女の叫びが木霊した。


「旦那様から! 離れろぉおおお!!」


『ミスズ!?』


 ビルの陰から叫喚を上げて走ってくるのは、隠れて事態を見守っていたミスズだ。彼女はそれで身を守るつもりか、体を襤褸マントで覆いリングガンを両手で握りしめて走ってくる。狙いもへったくれもないビームの連射が放たれ、数発が運よく叛逆者の足元に着弾し、その体をよろめかせた。


 ギラリ、と傾いだままの首が闖入者へ向けられる。


 ゾッ、と。アストラジウスの背筋を、仮想の悪寒が走り抜けた。今まさに命を奪われようとしていたよりも、恐ろしい想像に彼の心が竦み上がる。


『よ……よせ! ミスズ! やめろ!!』


「骸骨がなんぼのものよーーーっ!!!」


 アストラジウスの叫びが聞こえているだろうに、彼女はそのままビームを連射しながら突っ込んでいく。いくら狙いが出鱈目でも、距離が近づけば何発かは当たるだろうが……それは敵も同じ事だ。ぎこちない動きで、アストラジウスに向けられていた銃が女へと向けられる。


 リングガンは、ネティール王朝の基準で軽度の装甲を施された兵士を撃ちぬけるように作られている。現代基準の防護服を着た程度の人間なら、即死だ。


『や、やめ…………!』


 そして。


 アストラジウスの見ている前で、二者のビームの撃ち合いが交差した。


 ミスズの連射したうちの一発が、叛逆者の首元、深く穿たれた長槍の傷口に潜り込んだ。その一撃は無防備な内部で炸裂し、今度こそ叛逆者の体を完全に破壊した。内圧で上半身が弾け飛び、武器をもったままの両手と首が宙に舞った。


 対して、叛逆者の放った一撃は、ミスズの胸元を捕らえていた。重金属粒子であるビームには質量と運動力があり、華奢な女の体は走ってきたのとは逆方向に吹き飛ばされた。トサリ、と軽い音を立てて、仰向けに床に倒れ込む。


『ミ……ミスズゥウウウ!!』


 叛逆者の末路になど目もくれず、アストラジウスは這うようにしてミスズの元へ這いずった。出力が低下した肉体にもどかしさどころか怒りすら覚えながらも、我武者羅に妻の元へとたどり着くと、その体を抱き起す。


『何故!? 無茶をするなと、言ったのに……!』


 見下ろす妻の胸元を覆うマントは、ビームの着弾で真っ黒に焼け焦げている。その下にある華奢な肉体が、どのように破壊されているか、想像するだけで悍ましい。


 だが、もしかするとまだ救命の余地はあるかもしれない。アストラジウスは覚悟を決めて、襤褸マントを引き千切った。


 その下に広がっていたのは、無残に焼けただれ大穴が空いた彼女の胸元……ではなく。


 無数に犇めく、小さな金属塊の集合体であった。


『…………。?』


 想定と違いすぎる光景に固まるアストラジウス。彼の見ている前で、無数の小さい塊から、やはり小さな足が生えた。それはウゾウゾと蠢くと床に散っていき、あとには数匹分の黒焦げになった残骸と、一匹だけ残った小さなロボット、そして露になった傷一つない彼女のインナーが残った。


 不意に呼吸を思い出したようにミスズが咳き込む。


「……え、えほっ! げほっ! び、びっくりした、てっきりビームだから物理的衝撃ないもんかと……学生の頃のバレーボール以来の衝撃……げほっ」


『ミスズ! ……無事か? ケガはないか? 大丈夫か?』


「あ、はい、ちょっと胸を強く圧迫されましたけど、てへへ……。助かった、ありがとうね」


 言葉の最後は、アストラジウスではなく彼女の胸元にしがみついた一匹のロボットに向けられたものだ。優しく摘まみ上げられてピカピカ点滅するその個体に、アストラジウスはしばし首を傾げた。


『それは……α個体、か? ずいぶん小さくなってしまったようだが……』


「いやまあ、実はですね。ホントは最初に倒されたのが姿を消していたんで、それを旦那様に伝えようと思って追って来たんですよ。それで、万が一があると危ないんで、この子にボディーアーマーになってほしいって頼んだんです。手持ちのインゴットでも質量が足りなかったみたいで、こんなんになっちゃいましたけど」


 自己増殖する作業用ロボット。それはすなわち、自己分解も出来るという事だ。そもそもα個体はそれ前提で、少し大きめに作られている。手持ちの資源と合わせて可能な限り増殖した彼らが、ミスズの体を守る防弾スーツになったという事らしい。襤褸マントを羽織りなおしたのは、敵にそれを悟らせてない為か。


 ちゃんと考えていたというか、考えた上で無茶をしたというか。


 アウトラジウスは怒るべきか喜ぶべきか判断がつかなくなって、ただ、ぎゅぅ、と彼女を抱きしめた。


『全く……! 君という奴は……! 全く……!!』


「ん、んぎぎぎ……?! ちょ、ぎぶ、ぎぶです、苦しい……! 力、つよ……っ!?」


『おっと済まない。さきほどの戦闘のダメージで力加減の調整が難しくてな』


「ぜった、うっそだぁ……!?」


 素知らぬ顔で嘯きながら、まるで彼女の存在を確かめるように強く抱きしめるアストラジウスと、「タップ、タップですってば!」と顔を青くして必死にその肩を叩くミスズ、その二人の抱擁はしばらく続き、α個体は首を傾げてそんな様子をじっと観察していた。


 まあ、これも一つの夫婦の形という奴である。


 たっぷり十分ほど抱擁を交わしてから、ようやくアストラジウスはミスズを開放した。自分がぺしゃんこの布団になってしまったような錯覚を覚えながら、ミスズは目を回してその場にへたり込む。


「ふにゃあ……」


『あー、いや、その。済まん』


 へにょへにょの妻を見下ろして、気まずそうに頬をかくアストラジウス。やりすぎた。


「全くですよぅ……ふぅー……。よっこらしょ、っと。私はか弱い生き物なんですから、もうちょっと手加減してください」


『いや全くだ。すまない、今後気をつける』


「肝に銘じてくださいよー」


 ふらふらしながら立ちあがるミスズ。手足の調子を確かめるようにブラブラさせると、彼女はそれきりこの話は御仕舞、という風に話を切り替えた。


「それで、もう妙な邪魔者はいない感じですかね?」


『ああ。居たとしても逃げ出しているはずだ』


「だったら、あとはサーバーに向かうだけですね。……その、逆に聞きますが、大丈夫ですか?」


 アストラジウスの戦いで傷ついたボディを痛ましそうに見つめるミスズ。全体的に優勢だったとはいえ、高破壊力の武装の応酬により彼の全身には細かい傷が走っている。それに最後の不意打ちで、右手首は砕け、左腕も肘から先は明らかに動きに違和感がある。他にも脇腹や肩など、痛々しい被弾痕が目に付く。


『大丈夫……と言いたいが、ちょっと辛いな。だが泣き言は言っていられない、サーバーに向かおう』


「それならそれでいいんですけど……本当に? 歩けます?」


『気持ちは有難いが、肩を貸してもらう訳にもいかないだろう。本当に君を潰してしまう』


「それはそうですが……」


 納得しつつも、心配そうに視線を向けてくる妻に、彼は胸を張った。


『なあに、名誉の勲章という奴だ。……まあちょっと、歩みは遅いかもしれないが、そこは勘弁してくれ。ほら、無事なトラムが走ってきた。あれに乗って、サーバーに向かおう』


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