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第二十七話 《パーティクル・アロー》

「え、わ」


 足元の銃と、襲撃に失敗した叛逆者の間で視線を往復させるミスズ。本能的に足元のリングガンを拾い上げると、彼女は近くの塀に素早く身を隠して状況の推移を見守った。


《……ッ!》


『選別をくれてやろう。冥府で先に逝った者に誇るがいい』


 両腕を喪っては、もはや成す術もない。慄くように後ろに数歩下がった叛逆者の首を、皇子の槍が一撃で刎ねた。勢いのままに高く飛んだ首が、カァンと音を立てて床に落ち、同時に両手と首を失った体が膝をついて崩れ落ちる。


 いくら機械の体であっても、その本質は人体の模写である。生身の人間が首を刎ねられて生きていられないように、義体もまた首を失って活動できる道理ではない。単純なサイボーグやアンドロイドとはそこが違う。


『最初から三体でかかってくればまだ話も違っただろうに。小細工を目論んだのが裏目に出たな』


 数はそのまま力だ。最初から三人がかりで飽和攻撃を仕掛けていれば、いかなアストラジウスとて危なかった。そもそも、彼にとってはこれが初の実戦だった(ステーションで不埒者を処したのは戦闘とは言わない)のであり、それに対し叛逆者達は弱い者いじめとはいえ多少の戦闘経験があった。その差を、最大限生かすべきだったのだ。


 そういう意味でも、彼らは驕っただけの一般人であり、戦闘者ではなかったのだろう。プロは相手の事だけでなく、自分自身の事も把握して戦略を立てる。ただ相手の弱点をつくだけが戦いではないのだ。最も基本的な事、自分達の強みを生かす事を叛逆者達は失念していた。


『さて、残るは……ん?』


 襲撃者の絶命を確認し、アストラジウスは改めて杖持ちにトドメを刺そうと向き直るが、先ほどまで倒れていた場所に奴の姿は無かった。


 作動音が聞こえてきて彼は首を上げる。果たして、都市の上空に奴の姿があった。


《どうやら我々の負けの様だ》


 全身ズタボロで武器もなく、それでもあくまでも傲岸不遜に叛逆者は皇子を見下ろして宣った。


《だが、ジェットパックを持たない貴様では我を追う事は叶うまい。……この星はくれてやろう。せいぜい、つかの間の平穏を噛みしめるがいい!》


 三下そのものの捨て台詞を吐き、叛逆者は背を向けて都市から遠ざかっていく。


 奴の言う通り、アストラジウスのジェットパックは大気圏突入の負荷で喪失した。流石に空中を逃げる相手を走って追いかける事も出来ない。


「ああ、逃げちゃう!」


 ミスズもその様子を見て声を上げるが、どうする事もできない。今ここで仕留めておかなければ、今後ずっとあの叛逆者の妨害を考慮して動かなければならなくなる。大気圏突入の時のように、取り返しのつかないタイミングで攻撃を受けたら今度こそ詰みだ。一瞬手元のリングガンに目を向けるが、駄目だ。この距離で彼女の腕では当てられない。


 慌てる彼女とは裏腹に、アストラジウスの方はいたって落ち着いていた。


 状況が分かっていない訳ではない。


 彼にとって、この状況は予想できたことであり、さして緊急事態ではないのだ。


 当然、対策も用意してある。


『やれやれ。最後にそうやって逃げるぐらいなら、最初から地の利を生かせばよかっただろうに。まあ、それならそれでもっと簡単に片が付いていたが』


 呟きながら、長槍の石突を床に突き刺して立てると、右手で左手の籠手に触れる。甲部分の中心にある宝玉に触れると、それがスイッチになったかのように青く光り始めた。それと同時に、籠手の部品がガチャガチャと音を立てて展開され、変形する。


『都市部を傷つけたくなかったのでな。地上では撃てなかったが、上に撃つ分には問題ない』


 小型のクロスボウのような形状になった武装を、空を飛んで逃げる叛逆者に向ける。高度も距離も、安全を確保できている。


 この籠手に内臓されているのは、反物質粒子兵器だ。質量としてはナノサイズ、極小規模にすぎないがそれでも反物質だ、単純な火薬や熱戦兵器を遥かに破壊範囲を誇る。故に切り札として持ち合わせたのはいいが、強力すぎてこれまで使う機会がなかった。


 ここが使いどころだ。


『射撃シークエンス開始』


 保護シールド正常に作動。


 チャンバーに反物質精製。


 周辺環境の入力完了。


 ターゲットを補足、照準補正。


 全行程クリア。射撃許可グリーン。


『撃て』


 アストラジウスの掛け声と共に、籠手から保護カプセルに封入された反物質が投射された。それは光の矢となって飛翔し、音速の数倍の速度で叛逆者の頭上を追い抜いた。


《? なんだ?》


 訝しむ声。それが叛逆者の最後の言葉となった。


 目標地点に到達と同時に、反物質を保護していたカプセルが分解される。周辺の分子と反応しないよう、完全な真空状態で保存されていた反物質が、大気に触れた。


 反物質は、正常な分子と反応し、絶大なエネルギーを放出する。火薬の爆発、炎の燃焼といった物質の酸化反応とそのエネルギー量は比較にならない。


 地下都市の空に、太陽がもう一つ生まれたかと思うほどの光球が弾けた。


 爆発に伴ってすさまじい暴風が吹き荒れる。ミスズはビルの陰で身を小さくして耐え凌ぎ、アストラジウスは突きさした槍を支えにやり過す。


 数秒、あるいは数十秒後、風が落ち着いて空を見上げると、黒々とした爆煙が空に渦を巻いているのが見て取れた。


『ふむ』


 センサーは千々に乱れて機能していないが、あの爆発に巻き込まれて健在な方が在り得ない。仮に直撃を免れたても、爆風で地上にたたきつけられておしまいだ。あくまで転写実験の産物である叛逆者達の躯体は戦闘用ではない。ビルの屋上から飛び降りて無事な人間が居ないように。生身との違いは精々、内臓破裂によるショック死が無いぐらいだ。


『……どういう経緯で貴様らが実験に応じたのかは分からぬ。選択肢すらなかったのかもしれぬ。その意味では私にその責任はあるが、人を越えたと思いあがったのは貴様らの罪だ。せめて、名ぐらい名乗ってくれれば、弔う事もできたのに』


 わずかに寂寥を抱いたアストラジウスだったが、すぐにそれを切って捨てた。この末路は彼らの望んだ事だ。結果はどうあれ、彼らは思うように振舞い、なるがようになった。それだけだ。


 首を巡らせると、ビルの陰に隠れていたミスズと目が合う。一瞬ぱぁ、と顔を明るく輝かせた彼女だったが、アストラジウスの視線に含まれる若干の非難の色を見て取って、バツが悪そうに視線を泳がせた。自覚はあったらしい


 全く、と彼は肩を竦める。心配してくれているのは有難いが、安全な処に隠れて無茶をするな、というのは伝えたはずなのだが。それでも最後まで出てこなかった所を見るに、信頼されていなかった訳ではないのだろう。


 まあ実際、アストラジウス自身、割と危うかった自覚はある。基本スペックの差を考えればそうそう負けないと思っていたのは事実だが、いかんせん経験が不足していたのも事実だ。


 とりあえずは妻にカッコ悪い所を見せずに済んだ事を喜ぶべきか。彼がミスズの元へ戻ろうとする。この瞬間、アストラジウスは全て終わったものだと完全に油断していた。





 故に、横合いから放たれたビームに彼が全く反応できなかったのも、道理であった。

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