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第二十六話 《敵対者の糾弾》



 一方、アストラジウスと叛逆者の戦いは、依然としてアストラジウス有利に進んでいた。


 ジェットパックで地上を滑走するように高速移動しながら、杖から立て続けにビームを連射して脚を止めにかかる叛逆者。だがその攻撃の全てを回避するか長槍で弾きながら、アストラジウスは滑るように床を滑走しその後を追う。


 彼はジェットパックを装備していないが、そもそも義体としての性能に違いがある。そのうちの一つが、念動力じみた不可視の力場の操作能力がある。ステーションで目覚めた時、長槍を手に引き寄せ不埒者を投げつけたあの力だ。それを駆使して、アストラジウスは自分の体を指定したポイントまで牽引させるというやり方で、ジェットパックで高速移動する相手に追いついていた。


『どうした、そうやってビームを撃っているだけか?』


《黙れ!》


 ジェットパックの力で宙に浮かび上がった叛逆者が、そのまま空中から勢いをつけて杖を振り下ろしてくる。杖、といってもその先端に備わった扇状のプレートは帯電する刃でもあり、まともに受ければアストラジウスとて重篤なダメージを受ける。それを分かった上で、彼は脚を止めて空中から切りかかってくる一撃を真正面から受け止めた。


 剣戟によるものとは思えない轟音が生じ、衝撃によってアストラジウスの両足が膝まで地面にめり込む。


 が、それだけだ。


 アストラジウスの構える長槍の柄は正面から杖の一撃を受け止め、叛逆者の刃は1ミリたりとて食い込んではいない。


《馬鹿、な。いくら機体としてのスペック差があるとはいえ……!》


『選択ミスだよ、下郎。その武器は確かにオンライン下では圧倒的な性能を持つが、ほかならぬお前達の手でシステムをシャットダウンしてしまってる今、その性能を発揮しきれていない。それに比べれば、この状況ではただ重く硬いだけの長槍の方が有利というものだ。道具に使われているようでは、まだまだだな』


《煩い!》


 攻め切れないと見て、得物を打ち鳴らして後退する反逆者。間髪入れず果敢に攻め立てる猛攻を、アストラジウスは時に長槍で受け止め、時に身を逸らし、淡々と裁いていく。勿論彼の足は膝まで埋まっているので、一歩も動く事なく、だ。


『どうした、私は脚を動かしていないぞ。ほらほら』


《ぐぅぅ……!》


『さて。サービスタイムは終わりだ』


 ゴッ、と床を割り砕いてアストラジウスの蹴りが飛ぶ。無防備な腹を蹴り飛ばされて後退した叛逆者に、容赦なく長槍の追撃が振るわれる。


 必死に抵抗する叛逆者も杖を振るう。しばし二人の間で、刃による激しい調べが奏でられた。だが先ほどまでと違い、攻め込むアストラジウスに叛逆者は防戦一方。一歩、また一歩と、背後に押しやられていく。


《ば、馬鹿な……! この五千年の間、この星に君臨してきた我々が……!》


『ほう。なるほど、大分私より早起きしていたようだが……その時間を怠慢に過ごしてきたようだな。それとも、星のシステムを抑えている自分達が直接戦う事などないと高を括っていたか?』


 アストラジウスの口調は冷淡で、愚弄したり嘲笑する意味合いは無い。


 単純に、叛逆者達の太刀筋は単純で読みやすかった。素人が棒きれを振り回しているのとそう変わりはしない。恐らくこれまで荒事になる事はあっても、得物と肉体の性能差でごり押ししてしまえばそれで終わりだったのだろう。必要と感じなければ、そうそう鍛錬に精を出すものではない。ましてやそれまで病魔に蝕まれていた肉体であったのなら猶更の事だ。


 むしろ、アストラジウスは納得と同情を覚えたほどである。


 だがしかし、当の叛逆者は当然、そうは受け取らなかった。


《愚かなる王の落とし仔が我を愚弄するか!》


 ガキィ! と一際大きな音を立てて両者の得物が真っ向からぶつかり合った。火事場の馬鹿力か、アストラジウスの押し込みにスペックで劣る筈の叛逆者が拮抗している。特殊合金の刃と、紫電を帯びた切断プレートが紫色の火花を散らして鍔迫り合う。


『ち……っ』


《成程、認めよう。皇子よ、貴様は大した傑物だった。病魔に蝕まれていなければ、一角の人物として大成していたかもしれぬ。だが、ネティール王朝の血を引く限り、貴様にはどの道呪われた未来しか待ち受けてはいない!》


 火花に照らされる中、二人の髑髏面が至近距離で睨み合う。強い光が、逆に彼らの相貌に深い影を落とした。


 拮抗は長く続かない。叛逆者の必死の反撃を、ついにアストラジウスが跳ねのけた。振り上げられる長槍に弾かれ、杖が主人の指を離れ宙を舞う。咄嗟につかみかかろうとした叛逆者の胸元を、長槍の石突が強かに打ち据えた。その一撃で、鉄の骸骨が宙を舞い、床を割り砕いて倒れ込んだ。


 うめき声を上げながら身を起こそうとするその喉元に、ピッ、と長槍の先が突きつけられる。


 チェックメイト。アストラジウスは言葉もなく、冷淡に敵を見下ろしている。虚ろな眼窩に、緑色の炎が燃えている。


「ひぃ、ふぅ……ま、間に合った……」


 と、そこでミスズが追いついた。全力で走って息を切らした彼女は腰を折って汗を流しながらも、敵を追いつめているアストラジウスの姿を見て安堵に目を潤ませた。


 ちらり、と彼女の様子を確認し、アストラジウスは目の前の敵に注視する。


《…………くく。くははははは。それで勝ったつもりか、皇子よ。自らの正当性を、それで示したつもりか。知らぬというのは、無知というのは救いがたいものだな!》


『先ほどから何を言っているのか分からんな』


《その通りだ! 知らぬからこそそのように堂々としていられる! ネティール王朝の名など……忌まわしい! 真実を知れば、羞恥のあまり槍を取り落とすであろうよ、恥を知る物ならば! そうとも、教えてやろう、愚かなる皇子よ! その身がいかに呪われているか……とくと聞くがいい!》


 槍を突きつけられたままにも関わらず、叛逆者はまるで演劇のような大仰な仕草で両手を開き、天を仰いだ。カタカタと下顎を鳴らし、声を張り上げる。


《我らは長き眠りにつく前に、世界の終わりを見た! 大断絶! 失われし文明! その程度の事は垣間見ていよう……だが真実は違う! 滅ぼされたのだ! 旧世界の消滅は、ある愚かな者による人災だ!!》






《ネティール王朝の第233代目パーラ、ファウロウ! 奴こそが、古き宇宙の知性体、その悉くを鏖にした狂気の王! 全ての人間は一人残らず殺しつくされた! 今生きている人間どもは、冷凍された受精卵から、鉄の子宮から生まれなおした者達だ! この宇宙に、真の人類はもはや、我々と貴様しかのこっておらぬ!》






 その言葉と共に、アストラジウスの背後を取る影があった。


 ミスズが疑問に思った最初の一人……ではない。同じように剣とリングガンで武装しているが、その胸元に傷は無い。


 三人目。


 伏兵だ。最初から、それが狙いだったらしい。


 完全にアストラジウスの背後を取った襲撃者は、驚愕の発言に耳を奪われているであろうアストラジウスの虚を完全に取ったと確信していた。この距離ならば彼が振り返って長槍を振るうよりも、この剣の方が早い。勝ち誇ったように振り上げた剣を、一気呵成に振り下ろす。


「旦那様!?」


 ミスズの悲鳴が響く。哀れ皇子は、裏切り者の凶刃の前に斃れると思われた。


『付き合っていられんな』


 しかし、その刃は虚空を切った。先ほどまで見えていた黒い背中は霞と消え、叛逆者達はそれぞれ茫然と互いの瞳を覗き込んだ。


 その滑稽な振舞の横で、アストラジウスは長槍を手に、つまらない三門芝居を見せられて心底ウンザリといった体で顎に手を当てていた。


『刃を交える戦いの最中、それも裏切り者の言う言葉をいちいち聞いているはずなかろう? 驚愕の真実、演劇であるならば我も大いに狼狽えて不意をつかれるべきなのだろうが、生憎これは実戦でな』


《……ッ!》


 立体映像を駆使した空蝉。自分がはめられたと理解した強襲者は、素早く刃を再び振りかぶった。その腕を、容赦なく長槍の一撃が一閃する。剣を握りしめたままの腕が、肘から立たれて宙を舞う。


 咄嗟に左手のリングガンを構える対応の良さは褒めるべきかもしれないが、そもそもこの間合いでは銃火器はお呼びではない。狙いをつけるよりも早く、円を描いて舞う長槍の刃が、引き金を引くよりも二の腕を切り落とす。人差し指が少し曲がったままの腕が床に落ち、取り落とされたリングガンは数度床を跳ねた後、コロコロと転がってミスズの足にあたって動きを止めた。

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