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第二十一話 《冷たい石畳の奥へ》


 地下水路の入口は様々な場所にある。


 街の中、街の外、荒野の只中。惑星全体に隈なく張り巡らされた網のようなそれは、基本的に当然ながら行政の監視対象にある。


 なにせ水といえば人間が生きる上で最も重要な資源だ。それを管理するシステムに、不特定多数の対象を侵入させるわけにはいかない。


 だから、行政の目に留まりたくないミスズ達は、その監視の目を避けて地下水路に侵入する事になる。必要なのは、まだ発見されていない地下水路への侵入口だ。


『ここだ』


 作業用ロボットに先導されて二人が向かったのは、街の外れの小さな丘陵だった。少しだけ盛り上がったその丘からは、街の様子が一望できるが今回それは目的ではない。丘の裏側に回り込み、人ひとりが隠れられるような大きな岩の陰に向かうと、そこで数匹の作業用ロボットが待ち受けていた。


 彼らは主人の到着を確認すると、ガサガサと地面の砂を払い始める。数秒も待てば、乾いた砂礫の下から、四角い人工物……地下水路への入口を塞ぐハッチがその姿を表した。


「なんとまあ、あっさり入口を新規発見するものですね。何十年も見つかってなかったのに」


『彼らには人間にありがちな思い込みや見落としはないからな。隠し通路の類を探すのは18番だ。とはいえ、現地の者に見つかると厄介だ。早く降りてしまおう』


 アストラジウスが長槍を手に周囲を監視する中、ミスズは躊躇いなくハッチを開いて中を確認した。ハッチの中は梯子が地下に向かって伸びている。暗いのもあってどれぐらい伸びているかははっきりしない。じっと見ていると、そこの方で小さな光が点滅した。作業用ロボット達の単眼の光だろうか。


「ええい、ままよ」


 ミスズはここからは必要ないマントを脱ぎ、梯子に手をかけて降りていく。彼女が降りたのを見て、アストラジウスは最後に誰かに見られていないか周囲を確認してマントを脱ぎ捨てた。露になった金属製の体を隠すように急いでハッチに潜り込み、パタン、と内側からハッチを閉じる。待機していた作業用ロボット達が砂利をかけて何ごとも無かったかのように偽装すると、脱ぎ捨てられたマントを回収して近くの草むらに姿を隠した


 内部では梯子がかれこれ20m近く続いている。思ったよりも遠いな、と梯子を下って行ったミスズは、不意に足が空を踏んだ事で小さな悲鳴を上げた。


「きゃっ」


『どうした?』


「いえ、梯子が途切れてて。……いや、これは」


 ミスズがライトの明かりを灯す。途切れた階段の先を照らすと、広い空間に漂う埃がキラキラと輝いているのが見て取れた。


「これ……天井の整備ハッチか何かなの!?」


 ミスズの言う通りだった。彼女達の降りてきた梯子は、地下水路の天井の真ん中に通じていた。そこに足場などはなく、梯子から足を滑らせれば真っ逆さまだ。恐らく経年劣化で足場が失われたか、別に用意する必要があったのだろう。地面に向けてライトを照らすが、天井が高いせいで床は良く見えない。一度ライトを消すと、下の方でロボット達の単眼が星座のように光っているのが見えた。


 なるほど。恐らく、彼らが居る所には地面があるという事か、とミスズは判断した。


『どうする?』


「何、遺跡調査してればこんな事はしょっちゅうですよ、問題なーし」


 ミスズはワイヤーフックを取り出すと梯子にひっかけ、ワイヤーを伸ばしながらゆっくりと天井から降下を始めた。慎重に周囲をライトで照らしながら降りていく。ある程度落ちると、水の流れるサワサワという音が微かに聞こえてくる。


 思ったよりも高いせいでワイヤーの長さが心もとなくなってきた所で、ようやくライトが地面を照らし出した。くすんだ灰色の地面に足を降ろし、ミスズはワイヤーをハーネスから外して自由を確保すると周囲をライトで照らしながら観察した。


 ここは、どうやら非常に大きなトンネルの一部らしい。人間か、あるいは工事用車両が通る為の道があり、その両脇から水の流れる音がする。確認すると、透き通った大量の水が、静かに流れているのが見えた。


 地下水路ではあるが、下水道ではない。あくまで飲料用、あるいは工業用の水を惑星全体に供給するネットワークであるため、不快な臭いはしない。とはいえ、水路の深さは相当なものだ。落下したら危ないかもしれない。


「旦那さまー。地面を確認しました、降りてきてください」


『わかった。ただ、そこに居ると危ない。離れてくれ』


「はーい」


 言われた通りに距離を取るミスズ。そこではたと、問題に気が付く。


「そういえば、梯子の取り付け部大丈夫です? 旦那様の重さだと変形しません?」


『問題ない。飛び降りるからな』


「えっ」


 一瞬惚けた後、ミスズは慌ててより多くの距離を取る。直後、天井から降ってきた金属塊が、灰色の床に重々しく着地した。振動でわずかに地面が跳ね、小さな破片が飛び散って水流に落ちた。ザザ、と彼に重ねられていた立体映像が乱れて消失し、金属の骸骨じみた真の姿が露になる。


『……ふぅ』


 重々しく立ち上がるアストラジウス。長槍を手にした彼の立ち姿に、今の落下で何かしらのダメージを受けた様子は無い。興味深そうに周囲を見渡す彼に、声を上げてミスズが駆け寄った。


「旦那様ー!」


『うむ、大事はない。心配する事は……』


「なんて事するんですか、ここ古い遺跡なんですよ! ああ、ほら、床にヒビとか凹みとかは言っちゃってるぅ……ああいう事するなら事前に相談してください! 全くもう!!」


『…………うむ。すまん』


 シュン、と肩を落とすアストラジウス。しかしミスズはそんな彼に構う事無く、床をライトで照らしながらぺたぺた触って具合を確認している。


「ああもう、なんて事……。数千年ずっと維持されてるからこれぐらいなんとかなるよね? なるといいなあ……ああ……」


『……』


 考古学者としての顔で遺跡の損壊を心配する妻に、アストラジウスは今後気をつけようと深く反省する。それはそれとして、伝える事がある。


『あー、その、なんだ。だからという訳じゃないが、破損部分には作業ドローン達に修復させておこう……。傷一つないようにできると、思う。ああその、直せるから壊したという訳では当然なくてだな……』


「……ふぅ。わかりました。もう怒ってませんから、ちゃんと直しておいてくださいね。あと、他と比べてあからさまに新しい感じなのも不味いんですが、それもなんとかなります?」


『う、うむ。勿論だ。……勿論だとも』


 出来るよな? とすがるような気持ちで作業用ロボットに確認する。作業用ロボット達は明確な自我や判断能力は持たないが、ある程度のリクエストに応えるぐらいの柔軟性はある。その彼らが、大丈夫と返してきた事にアストラジウスは内心深く安堵した。


『1時間もあれば修復できるそうだ』


「なら、いいんですけど。……ふぅ。今後は、何かする前に一言、言ってくださいね。遺跡調査は私の方が経験者なんですから。いい、です、ね?」


『うむ。肝に銘じる』


「ならばよし。では先に行きましょうか。……ロボット君達が案内してくれる手筈でしたよね」


 ライトで道を照らしつつ、闇の中に目を凝らす。すると、複数の単眼の光が点々と、二人を先導するように光っているのが見て取れた。


『ああ。それらしい隠し扉を見つけてある。とはいえ流石に十分な資源もなく、オフラインでは彼らも数十体までしか増殖できなくてな。三日かけても街の近くを調べるのが精いっぱいだったが、これだけ広い設備なら出入口は一つという事はない。それなら一番近くので構わないだろう。その先にある物も大体想像がつくが……聞くか?』


「いえいえいえ、答えを最初から聞いたら面白くないじゃないですか」


 二人は歩調を合わせて地下水路の捜索を始めた。その背後を、数匹のロボットがカサカサと音を立てながらついていく。


 見渡せば、そこら中にロボット達の姿が見える。アストラジウスは数十体、といったが、どうやら増殖した殆どを道案内に費やしているらいし。


 静かな地下水路に、カツン、カツンと二人の足音が高く響く。不意に水音が高くなったのでミスズが水路を除いていると、二つの流れがぶつかり合い大きな渦が出来ていた。水飛沫が飛び散り、微かに空気が冷たく冷えている気がする。


『この水路だが、調べていく内に面白い事がわかった』


「?」


『どうやら惑星から水をくみ上げている、というより、惑星の環境を維持する為の物のようだ。生物が居住可能な環境は、天候を介して水の循環が行われているのだがこの星ではそういった自然の代わりに、このシステムが惑星環境をコントロールしているらしい。単なる地下水路ではないようだ』


「つまり、星が干からびないよう、この水路が水を循環させている?」


 それは新しい視点での意見だ。この惑星の地下水路は、フィリティウムに住む原住民が長い時間をかけて広げていった物、という意見が基本だ。工事の記録もある。実際の所、そういった設備は宇宙規模でみれば全く珍しくない為、そういうものだとミスズも思っていたのだが。


 前提が逆となれば、話が変わってくる。


 つまり、この星の住民が暮らしていくためにこの水路が作られたのではなく、水路があったからこそ、人が住むようになった、という事だ。


 そうなると工事記録も含め、すべてが最初から意図されていた事になる。宇宙統一政府や、好奇心で首を突っ込んできた探検家も騙しきれる完全なバックストーリー、そんなものを古い時代から整えてきた、という事だ。

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