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第十七話 《荒くれの宿》


 歩く事一時間。二人がたどり着いたのは、パオタ、という街だった。


 フィリティウムに存在する街の中では、大きくも小さくもない、といった所だろうか。数百年も昔に作られた赤煉瓦の城跡を取り囲むように、干し煉瓦を積んで創られた無数の小屋が集っている。薄汚れた天幕や、砂に塗れた人々が行き来するその様は、到底惑星間文明の生活水準には見えない。


 しかしよく見れば、商人と市民が薄汚れた外套の袖から電子端末を覗かせて交渉していたり、片目をサイバネティクス化した男性であったり、商売の傍らオンライン会議に勤しんでいる店主の姿が散見できる。古くからの生活を大きく変える事なく、優れた先進技術を無理なく生活に取り込んでいるのは、フィリティウムに住む人々の文化観を伺わせる。また、電子通貨を利用している事からも、惑星政府への信頼が厚い事が伺われた。


 そんな街並みを、人波に紛れるようにしてミスズとアストラジウスは探索していた。悪目立ちしないよに、使い古されて汚れた外套で体を隠している。これは街の外で商人が売っていたものだが、当初はぼったくりもいい所の異常な値段だったのを、ミスズが交渉して唯同然で手に入れた。「ああいうので素直に払うと、世間知らずの金持ちだと思われて後で狙われるので、きちんと交渉した方がいいんです」とはミスズの談だ。


 そのミスズは、まるで何度もここに来たことがあるかのように、迷いなく進んでいく。アストラジウスは周囲に興味があったが、先に進むミスズに黙ってついていく。視界の端にチラチラとうつる異国情緒溢れる光景は彼に取って興味深いものだが、ミスズの後を追うのが最優先事項だ。


 やがて人気のない裏通りに入り、たどり着いたのは寂れた雰囲気の宿屋のような建物だった。常連のような顔でミスズが受付に向かうと、そこには対応するべきスタッフの姿はなく、仕切り板とその下に僅かに設けられた隙間があるだけだ。ミスズがカウンターに貴金属チップを置くと、隙間から伸びてきた手が無造作にチップを回収して引っ込む。代わりというように、古びた金属の鍵が雑に放り出される。


「4番だ」


「どうも」


 仕切り板の向こうからの低くしわがれた声に返事を返し、ミスズは鍵を手にずんずん奥へ進んだ。アストラジウスはサービスの悪い宿だな……と思いつつも、黙って後ろについていく。


 奥には番号で仕切られた五つの部屋が並んでいた。なるほど、そういうシステムか、とアストラジウスが一人納得しながら見ていると、ミスズは何故か3番の扉の前で足を止めた。


『ミスズ?』


「しっ……」


 静かに、と注意されて言葉を噤む。ミスズはしばし部屋の中の様子をさぐると、納得したように頷いてさらに進んだ。今度は5番の扉に向かうと、今度は遠慮なくバン! と扉を押し開いた。


「な、なんだ!?」


 部屋の中には先客がいた。粗末な身なりの髭面の男。ベッドに腰かけた男に、ミスズは不機嫌そうに怒声を飛ばす。


「なんだはこっちのセリフです。人の借りた部屋で何してるんですか?」


「い、いや、この部屋は俺が……」


「はぁ? そんな訳ないでしょう。なんなら一緒にカウンターに確認しにいきますか?」


「い、いや、それは……」


「なんですか、それとも私が間違ってるっていうんですか? ねえアストラジウスさん、確かにカウンターの人、5番っていいましたよね?」


『……ああ、そうだ』


 実際にはそんな事はないのだが、ここは話を合わせておいた方がよさそうだ。アストラジウスが話に乗ると、目に見えて男は動揺を示した。


 なんだか怪しい。


「わ、わかったよ、出ていけばいいんだろ」


「さっさとどいてください」


 逃げるように男が出ていく。


 空になった部屋に二人して入り、ドアを閉めるとミスズが何やら道具箱からチェーンを取り出した。それで出入口の金具を縛って即席チェーンロックをかける。


 一方、外に出ていった男はしばらく廊下をうろついていたようだが、最終的には隣の、四番の部屋に入ったようだ。キィ、と立て付けの悪い音がして扉が閉じられた音がする。


 なんだったのだろう。アストラジウスが首を傾げていると、ミスズが再びジェスチャーでシーッと合図してきた。


『…………?』


 しばらく待っていると、少し離れた所でドアが開く音がする。続いて四番のドアが乱暴にバタンッ! と開けられる音がして、俄かに隣の部屋が騒がしくなった。


 男の悲鳴、怒鳴り声、懇願する叫び。ガチャガチャという金属の音、人が揉み合う音。ドタンバタンと一通り暴れる気配がした後、急激に静かになった。


 ズリ、ズリ、と。誰かが、何かを引きずりながら部屋を出ていくような音がする。


 思わず自分の口を両手で押さえて沈黙を維持していたアストラジウスは、もし生身の体だったら血の気が引いていそうな心境でミスズに視線を向けた。彼女は軽く肩をすくめて、アストラジウスに一連の説明を始めた。


「こういう裏通りの宿は身を隠すにはもってこいなんですけど、同時に強盗の溜まり場でもあるんですよ。店主は別に強盗とグルって訳でもないけど干渉するつもりもないって感じですね。ああやって、勝手に部屋に入り込んで、隣部屋に入ってきた何も知らない客を襲うんですよ。こういう所だとよくある事です」


『じゃあ今のは……』


「私達が追い出した強盗が入ったのを客だと思って、別の強盗が襲った音ですね。連中も別に仲間って訳じゃないので。これであの4番の部屋に入ろう、って客も強盗も出ないし、これで角にあるこの5番部屋は安全地帯、という訳です。」


『………………そ、そうか』


 絞り出すようにしてアストラジウスはなんとかそれだけ答えた。


 妻が血生臭い業界に慣れすぎていて心配になる。いや、見た所荒事そのものは苦手だから、可能な限りトラブルを避ける為の処世術なのだろうけど。しかし……。


『一体どこでこんなやり方を覚えたんだ?』


「先生に教えてもらいました。私は争いごとには鈍いから、出来るだけ事前に対処できるように、って」


『そうか……』


 その考えは正しいと思うが、もっと根本的にどうにかならなかったのだろうか。


 アストラジウスは納得のいかない気分で妻を見るが、彼女は彼の複雑な気持ちには気が付かない様子で、地図やら何やらを広げている。彼女の頭にはもう、遺跡調査の事しかないらしい。そもそも、出所の怪しい情報一つで宇宙の果てのデプリベルトまで飛んでくるような行動力の塊なのだ、いくら言い聞かせた所で必要ならば鉄火場に首を突っ込んでくるのは目に見えている。


 前言撤回。先生とやらの苦労が偲ばれる気がして、アストラジウスは頭を抱えた。


 だがそもそも、荒事であればアストラジウスがある程度対応できる。にも関わらず彼女に任せてもらえなかったのは、まだ信用が足りないという事だろう。早く今の世に慣れて、彼女に頼ってもらえるようにならねばな、と彼は気持ちを改め、地図を広げているミスズの横に膝をついた。


『とりあえず、ここを拠点にするというのは分かった。この後はどうするのだ?』


「んーとですね。ここフィリティウムで、過去の遺産が隠されてそうな所は大きく分けて二つあります」


 ミスズは携帯端末を取り出して、一枚の写真を表示した。街にたどり着いたときに彼女が撮影していたものだ。


「ご覧のように、フィリティウムの街は基本的に、前時代の城や砦の周辺に人が集まるような形で形成されてます。これはこの前時代の遺跡に、地下から水を汲み上げる給水システムがあるからです。このシステムはかなり古い時代のものだそうですが、問題なく今現在まで稼働しているという話なのですが、まずこれが怪しいですね。ただ、出入りが厳しく管理されていて、今の私達が入るのは事実上不可能です」


『もう一つは?』


「この給水システムとは別に、フィリティウムの地下には広大な水路が広がっています。これは惑星全体に広がっていて、全ての街は最終的にはこの地下水路を通じて繋がっているともいえます。これもいつから存在するか記録が残っていない遺跡機構です。分かりやすく怪しいので、昔から何十人もの歴史研究家が調査してきましたが、怪しい所は見つかっていませんでした。今までは」


 確かに、それだけの人数が調査済みならめぼしいものはない、とみてもおかしくは無いだろう。ただ一つ、重要な点がある。彼らは、ネティール王朝の無線通信に接続する術を持っていなかった。その一点で、調べる価値がある。


「さらにいえば、この地下水路は当然、給水システムに繋がっています。一応全ての出入口は封鎖されてはいますが……」


『なるほど。システムへの接続を探っていけば、まだ発見されてない通路を見つけられる可能性がある、という事かな?』


「そういう事になります。つまり、探索の手順はこうです。まず地下水路を調査し、ネティール王朝の痕跡を探す。そして知られていない地下水路と給水システムの繋がりを見つけ、そちらに侵入して調査する。といった所ですかね。無線通信って、距離による接続の強弱はわかります?」


『ある程度はな。多少の目安にはなるだろう』


「それじゃあ決まりですね。あとはどこからどう探索を進めていくかですが……」


 端末に、アリの巣のように広がった地下水路の様子が映し出される。散々調査されてきただけあって、具体的な立体マップが存在しているようだ。


 とてもではないが、人力で隅から隅まで調査するのは不可能だ。ましてや女一人と男一人では。


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