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第十六話 《不穏の予感》


 惑星フィリティウムの衛星軌道上。


 一隻の宇宙船の爆発と、その搭乗員の脱出を見届ける人影があった。


 金色がかった真鍮色が特徴的なアーマーを纏った何者か。髑髏を模した形状のヘルメットをかぶったその人物の手には、奇妙な得物が握られていた。


 一見すると錫杖のような、杖のようなそれは、所謂荷電粒子砲の一種だ。棒状の砲身の先端に、冷却装置兼収束誘導レールを兼ねる扇状の飾りが取り付けられており、射撃の余韻にバリバリと紫電を迸らせている。


 彼らの攻撃対象は既に高度を落としている。ここから射撃しても、大気の分厚い壁と磁場の影響で正確な射撃はできない。


 怪人物は追撃を断念して杖を構えなおすと、そのまま泳ぐようにして軌道上を移動し、姿を消した。






 アストラジウスとミスズが降り立ったのは、一面に広がる広い荒野のただ中だった。


 傍らには、同じように落ちてきたエンジンの一部が今も煙を上げて燻ぶっている。そのクレーターの傍らに降り立ち、アストラジウスは妻を抱きかかえたまま周囲を油断なく観察した。その背後には役目を終えたジェットパックがガシャンと落下し、役目を終えたそれは砂のように崩れて消滅していく。


『どうやら無事に地上に降りれたようだな』


「み、みたいですね……」


『大丈夫か?』


「あ、安心したら、腰が抜けて……」


『……そのようだな。まあ気にするな。妻の体は羽のように軽い』


 ぎゅ、とミスズを抱きしめながら、アストラジウスはそのまま歩き出した。いくらなんでも、墜落したエンジンの近くにいつまでも居る訳にはいかない。爆発するかもしれないし、有害な物質が漏れ出しているかもしれない。それに比べれば、荒野の只中のほうがまだマシだ。


 それに見た目と違い、日差しも気温もそう高くはない。足元に目を向ければ、地面の罅割れに隠れ潜むように無数の地衣類が生えているのが見て取れた。つづけて顔を上げると、青みがかった空模様が見て取れる。宇宙から見たこの星は赤かったが、大気は青いらしい。大気の色は成分で変わるものだが、人間が生命維持装置をつけなくても生きていける星は皆、青い空だ。


『それで、どうする? これから』


「……普通だったら、救助を待ちます。流石に、船が爆発して墜落したのを放置しておくほど、無政府状態ではないはずですので。ただしその場合、面倒くさい事になります」


『そうだな』


 アストラジウスもそれに異論はない。まず第一に、船が爆発して何故無傷なのか、の説明をもとめられるだろう。そうなると芋蔓式にネティール王朝の遺産や、アストラジウス本人の話もしなければならなくなってくる。それは避けたい。


 それに上手くそれらの事情を伏せて説明できたとしても、いわばミスズとアストラジウスは事故者、遭難者だ。このままフィリティウムの調査を続行させてもらえるとは思えない。それは困る。


『そうなると、このまま行方をくらましてほとぼりが冷めた頃に惑星政府か航路管理局に申し出るのがいいだろうな。大怪我をして現地住民に治療されていたとか、誤魔化しようは色々あるはずだ』


「……」


『どうした、妻よ』


「あ、いえ。旦那様にしては、割とイリーガルな手段がぽんと出てきたな、って。そういうの、お嫌いじゃなかったでしたっけ」


『ああ、本来はな。だがそんな事をいっていられる状況ではなさそうだ』


「と、いうと?」


 ミスズが促すと、しばしアストラジウスは沈黙した。言いづらいというより、言葉を選んでいるようだった。


『……衛星軌道上で繋がったはずのオンライン接続が、突然絶たれた。恐らくあれは、何者かがシステムを強制シャットダウンしたんだ。恐らく、王族コードでの接続を感知しての事だ』


「? それが、何か?」


『つまりだ。この星に、システムの存在を把握している者がいるのは間違いない。その上で、彼らは本来の所有者のアクセスを不都合だと判断したんだ。この星の政府か、私と同じ生き残りなのか、それはまだ判然としないが、どちらにしろ彼らは我々に対し敵対的であると言わざるを得ない』


「え……じゃあ、まさかあの爆発って」


『ああ。妨害者による攻撃である可能性が高い。よって、可能な限り、我々はこの惑星上では存在を隠さなければならない。調査の為にも、自分の命を守る為にもな。……すまない。こんな事になるとは思っていなかった。巻き込んでしまった……』


 アストラジウスは顔を伏せた。


 遺跡調査そのものによる危険ならともかく、その前段階で命を狙われる事になる可能性を、彼は考慮していなかった。それも、犯人は半々の可能性で、王朝の生き残りだ。どこか心の中で無意識に、自分が王族である事への驕り、無条件で尊重されるべきという傲慢があったのだろう、と彼は悔やんだ。


 ミスズとの契約はあくまで王朝復活の為、その痕跡を探すというものだ。造反者との鉄火場に巻き込むのは契約外である。


 だが、今更彼女との契約を切る訳にもいかない。今の宇宙でアストラジウスが一人で出来る事などたかが知れているし、何よりもここが敵地だとしたら、彼女を一人にする事なんてできない。敵はこちらの事情など構ってはくれないのだ。


『済まない。契約違反になるが、頼む。この惑星を脱出するまででいい、行動を共にしてくれないだろうか』


 その金属の体には流れていない血を吐き出すような思いで言葉を吐き出すアストラジウス。


 それに対し、ミスズは……。


「え、いや、全然別に気にしてないですけど。遺跡探索なんかやってたら修羅場の一つや二つあるもんです」


『いや、しかしだな……』


「旦那様だって今の宇宙がどれだけ荒れてるか見てきたでしょ? こんなの、まあしょっちゅうあったら困りますが、無い訳ではないです。一度、宇宙進出してない星に遺跡調査にいった時は、現地住民総出で追い回されましたからね! その時に比べればまだマシですよ、旦那様が守ってくれますからね!」


 ミスズは明るくそう言って、自分を抱きかかえる彼の腕の中で優しく微笑んだ。


 形だけではない。事実、ミスズをアストラジウスは何度も助けてくれた。裏切ったスタッフから、宇宙船の爆発から、大気圏への落下死から。だから、彼に身を預けるに何の不安もない。


「だから大丈夫です、ね!」


『……ああ。そうだな。君の事は……妻の身の安全は、必ず私が守る。必ずだ。だから、私にできない事は、よろしく頼む。そういう契約だったものな』


「はいっ! ふふふ、だからね、任せてください! 存在に確証がある状態での探索だなんてイージーゲームです、さくっと探し出して見せますよ!」


『頼もしい事だ』


 そんな会話をしながら、アストラジウスはミスズを抱きかかえたまま荒野を歩く。落下中に確認したが、この先に街が見えた。とりあえずは、そこで一旦情報収集と、落ち着ける拠点を確保するべきだろう。


『ところで。そろそろ自分で歩けるか?』


「その……もうちょっと、いいです……? 腰が抜けてしまって……」


『さようか』

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