目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第十二話《骸骨お化けの噂》

「……それは?」


『資料を読んでいたら、少し気になる話を見つけてね。惑星フィリティウムの事は、知っているか?』


「それは勿論」


 見栄などではなく、単純な事実として頷く。その惑星は、考古学者の間ではいろんな意味で有名な惑星だ。


 惑星フィリティウム。


 比較的近年まで宇宙進出を行わなかった、所謂後進惑星とされていた星だ。


 宇宙統一政府のコンタクトにも反応は鈍く、惑星自体も資源に乏しいため、やがて衰退する……そのように思われていた。


 ところが再三の宇宙統一政府の呼びかけに重い腰を上げた彼らは、わずか数年で軌道エレベーターと軌道ステーションを独学で作り上げてしまった。それだけでなく、現地を視察した政府の要人は、不足している筈の資源量に対し、前時代的だが裕福な生活を目の当たりにした。使われているテクノロジーレベルも決して低くはなく、むしろ多くの先進惑星とされる星よりも部分的には勝っていたといってもいい。


 この矛盾に金の匂いを感じた多くの探検家や、あるいは後ろ暗い出自を持つ資産家が惑星フィリティウムに探りをいれた。彼らは、フィリティウムが前時代の遺物や製造プラントを今も隠し持っており、それ故に豊かな生活を持ちながら統一政府への参加を渋ったのだと考えたのだ。


 しかし結果はシロ。彼らは何の秘密も見つける事はできず、ただ時間とお金を無駄にするだけに終わった。敢えて言うなら、惑星に存在した地下遺構の詳細なマップが彼らの努力の産物として残されているぐらいだろうか。


 最終的には、単に豊かだからこそフィリティウムは利権絡みの政争でグダグダしている統一政府に関わって面倒くさい思いをしたくなかっただけ、そんな当たり前の結論が下され、疑惑は解決を見た。


 それでも、惑星フィリティウムに遺産がある、という話は時折語られており、向こう見ずな探検家が一攫千金を夢見て訪れるのだという。残念ながら、ミスズがこの業界に踏み込んだときにはあらかた調査が終わった後で、彼女自身が訪れた事はない。それでも、考古学会では有名な話であるが故、彼女もよく覚えていた。


「いわゆる信憑性の薄い都市伝説ですね。ロマンを感じないわけではないですが、理論的なアンサーは出ています」


『その通りだ。だが、少し気になる所があってね』


 言いながら、アストラジウスは資料に添付された解像度の低い写真を指さした。


「なんですか、これ?」


 眉を潜めながら写真をチェックするミスズ。


 どうやら、現地の風俗について調べた資料のようだ。写真の横に、いささかゴシップよりの記事の切り出しがまとめられている。ミスズの仕事ではない……大学の手伝いをした時に資料が混ざったようだ。


「……『謎の骸骨お化け、またも発見される』ぅ? なんですかこれ」


 内容はよくあるものだ。


 遺跡跡をうろつく魑魅魍魎の類の話。遺跡周りではよく在る話である。


 実際の所、古代遺跡と一口にいっても、石器時代からやりなおした人類が新たに起こした文明の痕跡と、それとは別に嘗て栄えていた大断絶前の文明の残滓である技術遺産に分けられる。ただどちらも、かつて人が住まい、そして今は捨てられた場所という事は共通している。すなわち、遺跡というのは文明の墓場といっても過言ではない。


 そして墓場に怪談話、というのはつきものだ。


 別に珍しい話ではないし、そもそも集めた資料にもその手の話はほかにもいくらでもあったはずだ。


 何故、わざわざこんなものを気にするのか、ミスズはよく分からず首を傾げた。


『まあそう言わずに、最後まで読んでくれ。その怪物を、現地住民がどういっているか』


「こんなの、何かの見間違いか何かでしょう。何々……やたらと年代がかった杖を持った、金属質の骸骨お化け……? 何それ、へん、な……の……?」


 言いながら段々語尾が小さくなり、アストラジウスに視線が向いてしまうミスズ。失礼とわかっていながらも、添付されている写真と、彼の間で視線を往復させる。


 写真は解像度が低く、レントゲン写真のそれを白黒逆にしたようなものだ。望遠で撮影した物を無理やり引き延ばしたものだろう、輪郭ははっきりとしないが、その中にあって頭蓋骨らしき意匠ははっきりと見て取る事ができた。


 さもありなん、と頷く彼は、黒光りする金属の体を惜しげもなくさらし、骸骨のようにしか見えない顔の眼窩の奥で緑色の光をピカピカさせた。


『見覚えがあるだろう?』


「……いや……まあ……」


 覚えがあるというか、目の前にいる。


 もう一度記事に目を落とす。それ以上大したことは書いてない、あとは嘘か真か分からない話と、心底どうでもよさそうな現地住民のインタビューぐらいだ。


 資料としては何の参考にもならないB級雑誌の切り抜きにすぎない。だが……。


「……旦那様は同類がいる、と?」


『普通に考えれば、皇子という立場の人間でいきなり実行はすまい。聞いた訳ではないが、道理として秘密裡に人体実験の一つや二つ、していてもおかしくはないだろう。私と同じように命に係わる不治の病の人間など、いくらでもいたはずだ。そして私が残っていたように、彼らもまた、大断絶を乗り越えている可能性が高い』


「……もしかすると詳しい話を知っているかもしれない。あるいは、生きた王朝の設備が残っているかもしれない?」


『可能性の話だがな。どうする』


「んー……」


 少し考え込むミスズ。だが、答えは決まっているようなものだ。


 何より、他に全く当てもないのだ。


 ダメ元であっても調べに行く価値はある。ミスズはこうしてはいられないと席を立った。


「決まりですね。すぐ旅の準備をしましょう。航行管理局への申請もしないと」


『それはいいのだが、妻よ』


「なんでしょう」


『旅費は足りるのか? カツカツだと言っていた覚えがあるのだが』


「…………」


 簡素だが致命的な疑問に、ミスズはゆっくりと席に身を戻した。


「……貧乏が……憎い………!」 


 魂の奥底からの呪詛に、アストラジウスは苦笑しながらも妻を宥める。


『ま、まあ、焦ることはあるまい。今更他の者が、我らの先を越す事もないだろうし。ほら、よしよし』


「うぅー……。私の旦那様が優しくて辛い……もっと甘やかしてほしい、です……」


『わかったわかった、だからそんなに落ち込まないように、な?』


 先ほどまでの落胆はどこへやら。


 なんだかんだで若い二人、不幸話もダシにして、その晩はイチャイチャしながら更けていった。





 それから一か月後。


 アストラジウスの助けもあって旅費を工面し、二人はシュナーガルを出発した。


 費用は、主にアストラジウスの使役する作業用ロボットを活用する事で賄った。彼らの工作能力を生かし、かたっぱしからジャンクを買い込んでそれを新品同様に修復、ミスズのツテを通して売りさばいたのだ。遠回しなやり方だが、当初アストラジウスが提唱したような貴金属を精製して持ち込んで売るやり方はアシが付く。道理の通らないやり方をして、裏社会のならず者に目をつけられたら終わりだ。


 その点、ジャンク修理は問題ない。この場合は大幅に時間を短縮しているだけで、やっている事そのものは既存の業務と大差ない。相手方には少し訝しまれたが、「腕の良い技師に手伝ってもらった」「以前から貯めこんでいたのを放出しただけ」といえばそれ以上相手も突っ込んでこない。


 実際、スクラップを修理しての転売は、もともとミスズの資金稼ぎプランの一つにあったものだ。対外的に不審な点は何もない。必要な情報さえ提供すれば、相手が勝手に納得してくれる。やりすぎれば妬みを買うが、そこまで荒稼ぎしたわけでもない。あくまで最低限、目的地までの渡航と調査を可能にするだけの資金だ。むしろ今回はスタッフを雇わない事にしたので、むしろ安上がりまである。


 別に、裏切られたから二度とスタッフを雇わない、という訳ではない。あくまで今回は個人的な事情という意味合いが強いのと、アストラジウスの事を黙ってもらえるような相手に心当たりがなかったからだ。さらに言えば、超テクノロジーを使いこなすアストラジウスが居れば、下手なスタッフ数十人ぶんの働きをしてくれるというのもある。


 歴史には素人だが、といいつつ、素人なりに配慮してくれるのは下手な経験者より信頼できる、というのがミスズの考えだ。勿論一番駄目なのは配慮しない素人である。歴史研究において数多の貴重な資料を闇に葬ってきたのはそういう人間だ。


 そうして予定よりも数週間早く準備が完了し、二人は一路、惑星フィリティウムに向かった。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?