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第九話 《治安維持局》


 そんなやりとりを他所に、小型宇宙船に巡視船が接近してくる。こちらの数倍もあり、厳めしい砲身を突き出したシルエットはいかにも攻撃的だ。目視でもはっきりと見える距離まで近づいても、減速してこない。このままではぶつかるのではないか? そう思ったアストラジウスは無言のまま妻に視線を向けるが、しかしミスズは特に気にする様子はなさそうである。


「あいつらのいつもの手です。ギリギリまで減速しないでこっちをビビらせようって魂胆です。気にしない気にしない」


『ぶつかったらどうするんだ? 大人しく賠償してくれるような手合いでもないようだが』


「連中の船、距離を置いての撃ち合いならともかく、小回りが利かないので。ぶつけて困るのはあちらなので、そこはちゃんとしてますよ。荒くれ相手にそんな事になったら、最悪の場合、船に乗り込まれて皆殺しにされますからね」


『…………世も末だな(二度目)』


 覚悟はしていたはずなのにあまりのカルチャーショックに頭を抱えるアストラジウス。そして同時に“お願い”の意味も正しく把握する。


 ちらりと視線を落とした彼の視線の先、座席の下には超合金製の長槍が隠されている。特に特殊能力はないが、非常に硬く、重いそれは、オフライン状態では最大の信頼をおける近接武器だ。確かに、これを手にしたアストラジウスが接舷した敵船に殴り込めば、勢いのままに皆殺しにするのも容易い事ではあるが……。


 思ったよりも自分の妻が荒事に慣れていて正直世を憂う気持ちが増すばかりの彼であった。


 そうこうする内に、ギリギリまで接近した巡視船が急減速を始める。盛大にスラスターを拭き散らかし、小型宇宙船に火の粉を浴びせかけながらギリギリのところで停止する。ボロボロとはいえ小型宇宙船の表面装甲が焦がされたのを見て、アストラジウスは暗澹たる気分になった。


「接舷してきますよ、あとは手筈通りに」


『わかった』


 立体映像は、流石に大きく動くとぶれてしまう。彼は極力疲弊してぐったりした様子を装い、座席に身を預けた。


 そうこうする内に、外からガチャガチャ、バチン、と音がする。恐らく伸びてきた接舷用タラップが船体に固定された音だ。こちらの許可もなく勝手にやってるあたり、マナーも何もない。公のバックがあるかないかというだけで、やっている事は海賊とそう変わらない。


『そこの船。これより臨検を行う。ハッチをあけろ』


「はいはーい」


 プシュウ、と圧縮ガスの音と共にハッチが解放される。それと同時に、ドカドカと床を踏み鳴らして完全武装の兵士が二人、船内に押し入ってくる。表情の見えない、シルバーの強化プラスチック製ボディアーマーに身を包んだ兵士達は、手にした銃を不躾にミスズ達に突きつけた。


『確認をする。顔を見せろ』


「ども。ミスズ・クロカワです」


『承認した。……盗掘屋風情が、ここで何をしている』


「何って、稼業ですよ。今回は空振りだったというか、失敗に終わっちゃいまして。船外活動中に雇われスタッフがデプリに当たって皆失神しちゃったから、病院に連れて行こうとしてるところですよ。全身打撲の人もいるから、急いでるんですけど。後ろの荷台に寝かせてるんで、確認どうぞ」


『確認する』


 兵士の一人が、乱暴に物を蹴飛ばしながら船の後部に向かう。残った一人は銃をミスズに向けたまま、ちらりとアストラジウスに目を向けた。


『そこの男はなんだ。登録が無い』


「人命救助っていう奴ですよ。難破船で漂流していた所を救助しました。1年も音信不通じゃ、住民登録とかも全部消されてるんじゃないですかね」


『本当か、貴様。答えろ』


 沈黙したままのアストラジウスに、兵士が銃を突きつける。その間に、ミスズが割って入る。


「駄目ですよ、この人長期遭難で草臥れ切ってるんですから、休ませてあげてくださいって」


『規則だ』


「まあまあそう言わずに」


 猫なで声で兵士を宥めるようにしつつ、ミスズはひっそりと兵士に近づいた。その手元で、何かがキラリと光る。


 合金製の小さなインゴット。この宇宙においては普遍的な価値を持つそれを、兵士の持つ銃、そのスコープの範囲に極力入らないようにして差し出す。


「宇宙のおまわりさんのお仕事にはいつも感謝してます」


 差し出されたインゴットを、兵士は銃を支えていた左手で当然のように受け取る。すばやく腰のポーチに収納し、何事もなかったように兵士は振舞った。


「お願いしますよー」


『……まあ、いいだろう』


『怪我人を確認した。登録とも一致する。確かに二名軽度の打撲、二名重度の打撲。何かに強く体を打った痕跡だ。他の積み荷は、よくわからないガラクタばかりだった』


『了解した。相対速度の計算でも間違えたのか、間抜けが。盗掘屋なんてやめて娼婦にでもなったほうがいいんじゃないか? その容姿なら物好きが買ってくれるだろうよ』


 兵士の軽口に、座席からミシリ、という小さな音が聞こえてくる。気持ちはわかるがもう少しアストラジウスには大人しくしてもらわなければならない。ミスズは背中に冷や汗を流しながら、ことさらなんでもないように振舞った。


「あはは、考えておきます。……とりあえず、問題は無かったんですね? 行っていいです?」


『ああ。下らん手間をかけさせるな』


 兵士達はそれきり一切の興味を失ったように巡視船に戻ると、一目散に飛び去って行った。至近距離で噴射されたバーニアの影響で船体がぐらぐら揺れる中、ミスズは操縦席に戻って息を吐いた。


「ふぅー。相変わらずのお馬鹿さんで助かったー」


『妻よ、なんなんだあの連中は。人の妻を娼婦呼ばわりなど。政府は反社に治安維持活動を委託しているのか?』


「残念ながら、れっきとした公務員ですよ。まあでも、物の価値が分からない連中で助かりました! 概ね、ステーションの噂を聞いて漁夫の利狙いで待ち構えていたんでしょう。一か月もすれば興味を無くすでしょうから、もう二度と顔を合わせる事はないですよ」


 とんだ汚職監視員である。一応、ガンカメラが証拠映像になっているが、そんなのは建前に過ぎない。だからこそ、映らないように賄賂を渡す事が出来たのだが。


 彼らに渡した賄賂は、今日帰ってから一杯やれる、そのぐらいの額だ。これが少なすぎると見逃してくれないし、多すぎると欲を出してもっと要求される。これぐらいならまあいいかな、という金額を見定める必要があるが、そこは苦い経験から学んだ。


 金銭難にあえぐミスズからすると決して安い金額ではないが、彼らが見落としたモノに比べれば大した額ではない。荷台に積んでいるのは、ステーションから持ち出したネティール文明の道具だ。オフライン下では性能が低下するとはいえ、到底現代の技術で作り出せるものではない。あちらに目をつけられなくて本当によかった。分かりやすい貴金属資源を持ち出さなかったのは、この為だ。


『……文明復活の暁には、治安維持は全部無人で行うか。まずは法と治の概念をこの宇宙に取り戻さねばならん……』


「あははは、そうなったらまあ、色々と助かりますねぇ……」


 なんせ許可を出しての正式な活動でもこの有様なのだ。別に、後ろ暗い事をしているから賄賂に精通した訳ではない。今の世の中、清廉潔白ではやっていけないのだ。


 勿論、ミスズにも譲れない一線はある。グレーゾーンに首を突っ込んだ事はあるが、あのプロフェッサー・モルガンのように堂々と犯罪行為に手を染めた事はない。


「さ、旦那様。これ以上絡まれる前に、さっさと荷物(裏切り者ども)を降ろして家に帰りましょう」


『そうだな。……そういえば聞いてなかったが、妻よ、どんな所に住んでいるのだ?』


 その当然と言えば当然の質問に、ミスズは気まずそうにちょっと視線を逸らした。


「上品にいって、あばら家……かな?」

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