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第八話 《断たれる繋がり、育む絆》


 それから半日後。


 ミスズとアストラジウスは、漆黒の宇宙ステーションを後にした。男達は全員、一見すると何の怪我もない状態で、荷台で寝かされている。全員、意識は取り戻しているが負傷しているのもあり、皆大人しく寝袋じみた救命ポッドに収まっている。


 一応彼らの認識を確認したミスズだったが、皆自分達が裏切った事は覚えておらず、何が何だか覚えていないようだ。意識も朦朧としており、おかげで彼女からの説明はスムーズに進んだ。


 とはいえ、彼らが裏切った事実は変わらない。


 一瞬、彼らを宇宙に放り捨てたい衝動に駆られたミスズだったが、彼らの中では裏切りは無かった事になっている事を強く意識して自分を抑え込んだ。それでもハンドルを握る指に力が入る。その指に、そっと重ねられる手があった。


『大丈夫か?』


「っ。はい、大丈夫です。心配をかけました」


『無理はするなよ』


 隣の席、肌が触れ合うような距離にアストラジウスがいる。が、彼の姿は一見すると様変わりしていた。ぼろぼろのレトロな宇宙服を着た、無精ひげの青年。


 当然ながら、彼が生身の肉体を得たわけではない。これは立体映像による偽装だ。


 ミスズの見立てだと、デプリベルトの出口に何かしらの監視が待ち構えている可能性が高い。アストラジウスを船のどこかに隠してしまう事もできるが、万が一見つかった時の事を考えるとリスクが高い。


 そのあたりの事情を説明しつつどうするべきか迷う彼女に彼が切り出したのが、立体映像による外見の変更を駆使するという手だ。当然、一般的にはこんな精度の立体映像は採用されていない。事前に絡繰りをしっていなければ、ミスズとて目の前の相手が本当にあの金属骸骨と同一人物なのか疑わしいほどであり、騙せる可能性は高い。


 シナリオとしてはこうだ。


 ミスズ達はデプリベルトに件の遺跡を探しに侵入し、しかし発見できず、船外活動中にスタッフがデプリと衝突して気絶してしまう事故に見舞われた。それで探索を中止し帰還作業中、宇宙を放浪している遭難者を救助した、と。


 詳しく突っ込まれればいくらでも粗が出てくるが、実際に遭難者がデプリベルト……船の墓場で救助される事は多い。そもそも件のステーションも発見したのは遭難者だ。


『よし。隠蔽を起動させるぞ』


 アストラジウスの言葉と共に、バックミラーに見えていたステーションが宇宙の闇に消えていく。もともと目視しづらい構造物だったが、今はそういうレベルではなく、完全に透明になってしまったように見えた。


『これで、留守の間に他の者が侵入してくる心配はないだろう』


「今、ステーションの事は密かに話題になってますからね……。知り合いも何人か探していました。数か月もすれば、皆飽きると思うんですけど……」


 本来ならば、あのステーションを活動拠点にしたいというのが正直なところだ。だがそれは現状、リスクが高い。あまりにも快適なあの部屋で過ごした時間を思い出し、ミスズは名残惜しさにため息をついた。


『何、世間の流れは速いものだ。すぐに戻ってこられるさ』


「私としては手ぶらで戻る事にならないようにしたいですね。戻り次第、すぐに候補地のリストを纏め上げます」


『そんなに焦らなくても良いのだぞ?』


「いいえ。旦那様の宿願は私の宿願、です」


『そうか。なら、期待して待つとしよう』


 その為にも、まずはこのデプリベルトを突破しなければ。


 行きは雇われスタッフにまかせたが、ミスズが宇宙船を操縦できない訳ではない。むしろ得意な方だ。スタッフに任せたのは、調査機器の準備に忙しかっただけである。


 漂う危険な宇宙ゴミを回避しながら道を急ぐ。その傍らで、ちらりとミスズは計器に目を向けた。


 そろそろ、ステーションから距離6万キロになる。話によればそろそろの筈だ。


「旦那様、いかがですか?」


『……ぴったり、だな。たった今、ステーションのシステム基盤との無線通信が完全に途絶えた。あとはオフラインだ』


「そうですか……」


『こうなると頼りないものだな。かつて我々の王朝は超空間ネットワークの発明により、銀河の隅々までタイムラグ無しに通信が可能だった。当然、あらゆる機器がその前提で製造されている。有事の際を想定した無線通信機能もあるし、オフライン状態でも最低限の動作はするが、本来の機能には程遠い』


「私からすると、オマケ機能で六万キロの通信が出来るのは大分常軌を逸した科学力に感じますけどね……」


『宇宙の広さからすれば無いも同じだ。隣の星にも届かない』


 そう口にするアストラジウスは、少し落ち込んでいるようにも見えた。


 なんでだろう……と考え、ミスズは自分なりの答えを出した。


 もしもっと無線通信が広ければ。それこそ、複数の星に広がるほどであれば、恐らくネティール文明の痕跡を探すのはそう難しくはなかったろう。それらしい場所に近づきさえすれば通信で確認できるのだから。だが六万キロの有効範囲では、遺跡のある星にピンポイントで降りなければ駄目だろう。例えば、人類が住める惑星は大体直系1万キロから2万キロで、そこから完全に離脱できる位置、つまり宇宙船が往来するに十分な高度となると高度3万から4万だ。つまり6万キロの通信距離でも惑星上の設備とリンクを確立するには、相当近づかなければならなくなる。もし地下に設備があるなら猶更の事。宇宙にそれこそ数百、数千、数万と存在する星々を全て回って確認する事など不可能だ。


 だけども、ミスズは絶望視などしなかった。あくまでそれは総当たりでの話だ。やりようはいくらでもある。


「大丈夫です」


『?』


「旦那様の妻は、今をトキメク歴史学者の若きエースです! 必ずや吉報をお知らせしてみせましょう! 頼りにしていますから、頼りにしてください、ね!」


『……ふ、ふふ。そうだな。夫婦は助け合うものだったか』


「ええ!」


 アストラジウスの声色に明るさが戻ってきたのを感じ取り、ミスズは笑顔を浮かべて操縦に専念した。その隣で、当の彼は自分の表情が硬く凍り付いた金属の髑髏であった事を深く感謝した。あまりだらしなく緩んだ顔を妻に見せたくはない。


『しかし、ならばなおさらいいのか? あの部屋の機能を使えば、宇宙でも貴重な物質を無制限とはいわなくとも作る事が出来る。今後の活動資金としても、ある程度持ち出してもよかったのではないか? 遠慮はいらないぞ』


「あー、それは本当に魅力的な提案なんですが、すいません。今はちょっと止めといた方がいいです」


『ふむ?』


「多分、すぐに連中が……あ、もう来た。早いな」


 不意にブリッジに警報が転倒した。椅子から腰を浮かせるアストラジウスを、ミスズは片手で制する。


「問題ありません。予定通りです」


 言って、操作盤のスイッチを操作する。ノイズ混じりの通信が、ブリッジに響いた。


『ザッ こちら 治安維持局 巡視船 ザッ号 そこの宇宙船 停止せよ』


「はい、こちら<銀河の荒波>号。聞こえていますよ。なんです、こっちは怪我人抱えて急いでるんですけど」


『銀河の荒波号 に 告ぐ。直ちに停船ザッ、目的と理由を明らかにせよ』


「はいはい、わかりましたー。減速するから撃たないでくださいねー」


 愚痴りながら船を減速させる。本来この船はこの減速時にヤバイ揺れ方をするのだが、アストラジウスの手配で見た目だけそのままに中身は超古代のオーパーツに差し替えられたエンジンはスムーズに減速を開始した。


「やっぱり来ましたね、業突張りどもめ。概ね、理由をつけて戦利品を分捕りたいんでしょうけど、お生憎様」


『大丈夫なのか?』


「ええ、連中とのやりとりは慣れたものです。……ああ、でも、もし荒事になったら……助けてくれますか?」


 言葉尻を弱くして、上目遣いで見上げてくるミスズ。そんな妻の“お願い”にアストラジウスは二度、目をパチクリして、にこりと微笑んだ。


『当然だとも』


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