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第四話 《墓所の主》



「な……っ」


 その姿を目の当たりにした男達も言葉を失う。そんな彼らに対し、スケルトンは無言で右手を水平に掲げた。開かれた手が、何かを招き寄せるように爪を立てる。その直線状には、壁に立てかけられた超重量の長槍。大人数人がかりでようやく運べるであろうそれが、独りでにカタカタと震えて音を立てた。


「やべぇ!」


 状況は分からないまでも危険を感じ取ったのだろう。ミスズの脚に体を押し入れていた男が、素早く立ち上がると同時にテイザーガンを構えた。


 それを、音よりも早くスケルトンの斬撃が両断する。


 全ては、引き金を引く一瞬よりも早く行われた。壁から長槍が空を舞ってスケルトンの手の中にひとりでに納まり、握りしめたそれが次の瞬間には振りぬかれた姿勢にあった。


 両断された男の上半身が吹き飛ばされ、入口横の壁に当たって地に落ちる。残された下半身は、その場にぐしゃりと崩れ落ちた。どちらも、傷口から血は噴出しない。ただ、奇妙な緑色の靄が、泣き別れた断面を覆っていた。


「ひ、ひぃ!」


「化け物!」


 仲間が瞬殺された事に怯みながらも、男二人が銃を構えた。なんだかんだで素早く長槍の範囲外に離脱しているのは、褒めるべきところかもしれない、とぼんやりとミスズは思う。


 そんな下衆二人をスケルトンは鷹揚に見回すと、長槍を手にしていない左手を、片方の男に向けて差し出した。長槍を呼び寄せた時と同じように、宙に爪を立てるように指を曲げる。


「え? あ?」


 すると、まるで見えない腕に掴まれたかのように、男の体が宙に浮きあがった。混乱してじたばたと手足を震わせる仲間を、もう一人の男が信じられないように見上げる。


 スケルトンが、素早く左手を真横に薙ぐ。その動きに合わせるように、宙に浮いていた男は瞬時に砲弾のように加速し、もう一人の男を巻き添えにして壁へと叩きつけられた。


 一瞬壁に張り付いた人体が、遅れてずるずると床に崩れ落ちる。生きてるか死んでるか、ミスズからは分からないが少なくとも意識はないだろう。


 玄室に残る人間はあと二人。ミスズと、最後になった男が一人。


「く、くそっ!」


「きゃあ!?」


 最後の男は悪態をつくと、乱暴にミスズの黒髪を掴んで引き寄せた。そのまま動けない彼女の体を盾にするようにし、テイザーガンを彼女の頭に突きつける。


「い、いた……っ。いたい……っ」


「うるせえ、黙れ! これ以上こっちに近づくな、コイツを撃つぞ! 来るな! 来るんじゃない!!」


 どうやらミスズを人質にしてこの場を逃れるつもりらしい。痛みに涙目になりながらも、ミスズは馬鹿馬鹿しくて別の意味でも涙が流れそうだった。


 人質もなにも。盗掘者は彼女自身も含めての話だ。この部屋の主であるスケルトンに、容赦する理由など何もない。泥棒が同じ泥棒を盾にしたところで、家の主にとっては何も関係が無い。


 にも関わらず、スケルトンはこちらを見下ろすように身動きを止めた。


 それが、ミスズにはまるで、どうするべきか逡巡しているようにも見えて。だから、彼女は声を振り絞って意思を示した。


「かまわ、ないで……!」


「て、てめえ……?!」


「わた……同じ、盗掘者……! やる、なら……ひと思い、に……!」


「くそ、このアマ、黙れってんだろ!!」


 バイザー越しに顔が見えなくても、顔を真っ赤にしているのが透けて見える口調で叫び、男が引き金に指をかけた。チラリと横目で見えたテイザーガンの出力は殺傷モードだった。


 ミスズは馬鹿めと心の中で嘲笑った。向ける相手が違うだろうに。


 それでも、覚悟をしても怖いモノは怖い。耐えられなくて目を閉じてその時を待つ。だが。


「ギッ!?」


 男の苦悶の声。


 見れば、銃を持っていた男の右腕が、手首から切り落とされている。変わらず、血は出ずに緑色の靄が覆っているが、痛覚はあるらしい。


 精密な太刀筋で男の手首だけを切り落としたスケルトンが、返す刃でその首を刎ねた。今度は悲鳴もなく、ヘルメットごと頭が宙に舞う。右手首と頭を切り落とされた男の体が、力を失って背後に倒れた。


 その拍子に、ミスズも解放される。まだ体が痺れて思うように動かない彼女はそのまま床に正面から叩きつけられながらも、這うようにしてスケルトンを見上げた。


 彼は無言のまま、こちらを見下ろしている。逆光になった影の中、緑色の眼光が燃えている。ミスズは最初、この骸骨を戦闘ロボットの類ではないかと思っていたが、その動きは実に人間的だった。見た目も相まって、まるで墓所の主が不届き者を誅する為に蘇ってきた。そのようにすら考えられるほどに。


 ミスズは少し躊躇ってから身を起こし、おずおずとその首を差し出すように、その場に手をついた。


 ……遺跡探索が、墓荒らしと同義なのは心得ている。


 もし、祟られる事があれば潔く首を差し出そうとずっと決めていた。その時が本当に来るなんて、正直考えてもいなかったが、現実というのはわからないものだ。


「もうしわけ……ありません……っ」


『…………』


 スケルトンが無言のまま身じろぎする気配。ミスズは目を瞑り、その時に備えた。


 だが、いつまでたっても、首を衝撃が襲う事も、天地が上下する事も、意識が遠のいていく事もなかった。


 代わりに、何か薄くて軽いものが、ファサリ、と肩にかけられる気配。


「……?」


 状況がよく呑み込めずに、顔を上げる。


 見れば、ミスズの体に、紫色の布が被せられていた。引き裂かれたインナーから剥き出しになった彼女の柔肌と下着、それを隠すように。


 そしてこちらを見下ろしていたスケルトンは、片膝を突きミスズと視線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。それでも大分あちらの顔の方が高い位置にあるが、先ほどより近づいた視線は、どこか優しいものを感じさせる。


「あの……?」




『怪我はないかな、お嬢さん』




「」


 この時のミスズの衝撃をどう表現したらいいのか。敢えて言うなら、キャアアシャベッタァアア、といった所だろうか。お寺の仏像に手を合わせたら流暢に礼を言われたようなものである。


 衝撃のあまり石になってしまった彼女に、スケルトンは穏やかな青年の声で語り掛けた。


『どうやら、お互いに不本意な状況のようだ。……ここで話すのもなんだ、落ち着ける所で情報交換と行こう』






 一言で言えば、スケルトンは紳士であった。


『まずは、済まないな。その服をどうにかしよう』


 そう言ってスケルトンが指を翳すと、ミスズの引き裂かれたインナーと半脱ぎの宇宙服が光に包まれた。驚愕のあまり動けずにいると、次の瞬間には彼女の体を露出の少ないドレスが覆っていた。肩に被せたストールと合わせたのか、煌びやかな紫色の上質なドレスだ。先祖が没落貴族だったらしいとはいえ、ミスズはただの一市民だ、こんなドレス、触れた事も袖を通した事もない。


 困惑する彼女が落ち着くのを待ってから、スケルトンは部屋の外に彼女を誘った。


 スケルトンが案内したのは、あの何もない部屋だった。中央にクリスタルが柱のように生えている部屋までミスズを招くと、スケルトンは何かクリスタルに向かって手を翳した。


 すると、床が突如隆起して椅子になった。びくっと体を硬直させるミスズだったが、スケルトンに促され、おずおずと腰を下ろす。それを見て、スケルトンは彼女の対面にもう一つ椅子を出すと、そこに自らも腰かけた。


『何か飲み物はいるかい?』


「あ、え、その……」


 穏やかに語り掛けてくるスケルトンに、どう答えるべきか戸惑うミスズ。そんな彼女の様子をみて、スケルトンは笑うでもなく、黙って彼女が落ち着くのを待ってくれている。


「その……」


『うん?』


「怒らない、んですか?」


 時間をかけてミスズが絞り出したのは、そんな言葉だった。


 口にしてから、内心、私の馬鹿ー、もっと他に言う事あるでしょー、と焦るミスズだが、思いのほか彼女の言葉が琴線に触れたのか、スケルトンは考え込むように顎に手を当てた。


『怒る……怒る、か。君は、私が怒るような事をしていたのかい?』


「えっと……その。一般論、といいますか。貴方のお墓……じゃなかった、部屋に、不法侵入していた訳で……。あの人達も、それで手打ちにした、んじゃ?」


『ふむ』


 ミスズの途切れ途切れの説明に深く頷き、スケルトンは明朗に答えた。


『実はね。私も状況を掴みかねているのだ』


「えっと……?」


『そうだな。例えるなら、明日の事を楽しみにしながらベッドに入って目が覚めたら、知らない部屋にいて、目の前では可憐な女性が明らかに狼藉者とわかる男に押さえ込まれて手籠めにされそうになっていた。さて、善良とまではいかなくとも良識があり、かつ、権力を持っている者がそういう場合、どうすると思う?』


「……。……え、えと。じゃあ、貴方は。……私を助けてくれた、だけ?」


『うむ。状況はさっぱり分からないが、とにかく複数で女に乱暴するような奴はカスだ。その後の君の覚悟も見せてもらった。何もわからないが、私は私の行いを恥じるつもりはない』


「そ、そうですか……」


 スケルトンの言葉に頭を下げながらも、じゃあ真相を知ったら彼はがっかりするだろうな、とミスズは自嘲した。


「……それでは。私の名前は、ミスズ・クロカワと申します。私の知る限りで、詳しい状況を説明させていただきます」



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