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第二話 《黒い遺跡》


 遺跡への接舷は無事に完了した。正しくは、入り口が分からないので外壁に着陸し、アンカーで船体を固定する事になる。


 船外に出たミスズは、宇宙服越しにステーションの外壁を早速まさぐった。分厚い防護服ごしにでも、分かる事がある。


「クロカワ先生、不用心ですよ。デプリに気をつけて」


「御免なさいね。でも見て、この外壁。ツルツルよ……ほんの僅かな欠けもない。デプリベルトにあって、こんな事が在り得るの?」


「……マジだ。手袋越しにでもわかるってすげえな」


 降りてきたスタッフがミスズに倣って外壁を触り、手触りに驚嘆する。


 非常識な強度か、自己修復素材か。どちらも常識から考えれば在り得ないが、理屈で言えば後者だろう。とはいえ、これほどの密度と精度を維持できる自己修復素材など、現状の人類科学では理論上ですら存在しないSFの話になってくる。現状こうして目の当たりにしなければ、ミスズも与太話と切り捨てるレベルだ。


 ある意味、例の男が知識がなくて助かったかもしれない。半端に知識があり、この遺跡の異常性に触れていれば、妄言として聞き流していただろう。


 これは期待できるわね、とミスズは頬を緩めた。


「それに、ブーツの磁力が機能してないわ。迂闊に歩くと宇宙空間にほっぽりだされる。気をつけて」


「無重力空間で氷の上を歩くようなものじゃないすか。無茶苦茶だ。例のラッキー男、どうやって中に入ったんだ?」


「リターンの為のリスクの切り捨てが上手かったんでしょうね。相対速度自体は同期してるから、迂闊に歩かずにエアーで飛びましょう。彼も恐らくそうしたはずだわ」


「やっこさん、遭難状態でそれやった訳? 心臓の毛がカーボンワイヤーか何かだったんすかね……」


「そうね。いくら最早死を待つのみ、という状態だからって、そこまで割り切れるものじゃないわよね」


 軽口を叩きつつ、エアーを噴出して遺跡の表面を這うように移動する。その過程でいくつかアンカーを撃ち込む事で、宇宙服のバイザーに映る映像が補正された。


「全体像の把握完了、と」


「じゃあ、入口を探しましょう」


 ミスズと四人のスタッフは、それぞれ散って周辺を探索する。もともと知識の無い素人でも内部に入れたのだから、すぐに入口は見つかった。


 入口というか、正確には破損部分だ。恐らくステーションの回廊が破断され、この部分だけが漂流する事になったのだろう。渡り廊下を思わせる構造部がむき出しになっており、エアロック機構のある扉が曝け出されていた。


「これは……変ね。見た所渡り廊下を繋ぐ扉なのに、なんでエアロック機構が?」


「別に、宇宙ステーションなんだから事故に備えてロック機構ぐらいはあるんじゃないです?」


「だとしてもエアロックはおかしいわ。破損した状態で出入りする事を想定しているって事になるもの。……いや、まって。少し違うわ……これは……」


 ミスズは携帯端末を取り出して、ロック機構周辺の解析を始める。ややあって、納得の色が彼女の顔に浮かぶ。


「これはエアロックじゃなくて、クリーニングルームね。この奥に、外部からの雑菌等を入れない為の隔離区画だわ。……内部に何らかの生物資源研究室でもあるのかしら」


「うげ。宇宙でバイオハザードは勘弁してくださいよ」


「大丈夫よ、多分。例の人も不審な細菌とかは検出されなかったし、私達も完全気密の宇宙服を着ているわ。それでも一応、気をつけていきましょう。エアーが勿体ないからってヘルメット開けたりしないように」


「了解」


 ガシュウ、と音を立ててロックが解放される。与圧状態にある空間を宇宙空間に解放すると内部の空気が吸い出されるのだが、吐き出された空気はごくわずかだった。想定通り内部は小部屋のようになっており、全員で中に入るとハッチを閉じた。


 ヴヴヴヴ、という小さな振動と共に、小部屋に風が吹き出してくる。それによって再び与圧が行われていく。同時に何かしら青い光のようなものが、一向の体を頭の上から足先まで撫でていく。


 何かしらの言語でアナウンスが行われているのが聞こえる。


「クロカワ先生、何言ってるか分かりますか?」


「ちょっと難しいけど、多分放射線の検知、とかいってるわね。今除染をしてるみたい」


「へえ。一瞬、警備レーザーの光かと思って焦りましたよ」


「一応、宇宙空間にある訳だからね。想定外の形でスタッフが放射線を浴びている事態も想定しているんでしょう。クリーニングルーム自体、生身で出入りする場所じゃないしね」


「柔軟性があるというか、おおざっぱというか……本当にこれ、超技術を誇ったっていう断絶時代の前の遺跡なんすかね? ……って、外壁を見ればそんな事言うまでもないか」


「ファジーな判断が出来るシステムっていうのは凄いものよ。人間からするとそういうもんか? ってなるけど」


 雑談している間に洗浄は終わったようだ。小部屋が緑に照らされ、反対側の通路が解放される。この時代でも安全を示すのはグリーンであるという事に、種としての繋がりを感じてミスズは感心する。


 断絶前の時代の事はほとんどわかっていないが、やはり、どこか血が繋がっているのは違いないのだ。


 ロックが解除された扉は、ミスズが近づくと自動的に開かれた。一歩踏み込んだ先、足裏にはっきりと重みを感じる。この区画では人工重力が機能しているようだ。おかげで歩きやすい。


「行きましょう」


 ミスズが先導となり、奥へ進んでいく。その背後を、雇われスタッフ達がテイザーガンを手に周囲を警戒しながら後に続く。


 クリーニングルームの先は、真っ白な廊下が続いている。相当な年月を経ているはずなのに、埃が全く積もっていない。ちょっと汚れた足跡があるのは、ここを訪れた遭難者のものだろう。


 ミスズは手元の端末を操作し、安堵の息を吐いた。


「……変な微生物とかの検出は無し。安全そうね。このまま探索を続けるわ」


 廊下には左右二つずつハッチがあり、順に覗いていく。


 左のハッチは、どうやらランチの格納庫らしい。現代のそれと変わらないように見える小型のスペースランチが二台、そして何やら豪奢な造りの小型船が一隻。ランチの並びには不自然な空間が開いており、恐らく遭難者が使った船がここにあったのだろう。ランチそのものは当局に没収されたらしいので、現行品との違いはわからない。


「一隻持ち帰りたいわね。あのオンボロから乗り換えたいわ」


「あの業突張りの治安維持局の連中が見逃してくれますかね、こういうの。文化的価値は分からないクセに金には煩いですからね」


「……余計な手間が増えるだけね。止めておきましょう」


 せめて見た目がもっと分かり辛ければよかったのだが。変に現行品と似ているせいで、学の無い末端の汚職役員にも価値が分かってしまう。いや、正確には価値など分かっていないのだが、横流しできる、と判断されてしまう。


 反対側のハッチは、どうやら休憩室のようだ。ベンチが並んでおり机らしきものもある。床には、この部屋を調べて回ったであろう足跡が残っているが……。


「……何もないわね。端末の操作はどうやるのかしら」


「スイッチ一つないってのは、逆に不便じゃないですかね? リモコン無くしたらどうするんでしょう」


「本の一冊も無いわ。今の私達には何もできないわね。次に行きましょう次」


 もしかすると件の遭難者が何か持ち出してしまったのかもしれないが、現時点では何も言えない。記録だけとって、次に向かう。


「……めぼしい部屋は一つだけだったかしらね」


 しかし残念ながら、残りの部屋は用途すらよくわからなかった。部屋の中央に研磨されたクリスタルの柱が立っているだけで、他には何もない。この時代の端末などがあれば、もしかすると何か用途があるのかもしれないが、現状では何もわからない。


 そしてそうなると、残っているのは廊下の終わりにある扉だけだ。


 この扉にはロックが掛かっているようで、押しても引いてもびくともしない。遭難者も何度か試して諦めたのか、扉の前には他の部屋よりも濃く足跡が残っている。


「クロカワ先生、なんとかなりそうですか?」


「まって。ちょっと調べてみる」


 扉の前に屈みこんで調べてみる。


 他の扉と違い、この扉はやたらと分厚く作られている。表面には何かしらの記号が大きくレリーフとして彫刻されており、何かしら重要な扉である事が伺える。


 この扉を触ってもなんにもならない。すぐに視点を他に移す。

 扉の横には、小さな端末がある。カードスリットの類は見当たらないが、恐らくこれが制御端末であるはずだ。


「……つながるかしら」


 自らの携帯端末を取り出し、アクセスを試みる。無線では埒が明かないと見て、工具を取り出して制御端末の分解にかかるが、継ぎ目一つない構造に悪戦苦闘する。


 手袋越しでは埒が明かない。イライラしてきたミスズはもっと直接な手段に訴える事にした。


「ええい、うっとおしい」


「ちょ、クロカワ先生」


「いやまあ、安全は一応確認したけどさあ」


 呆れるスタッフの言葉を無視し、彼女はエアーの状態を再度確認して、宇宙服の上半身を脱いだ。素手で工具を手繰り、端末の解体を試みる。指先の繊細な感覚で隙間を捕らえ、そこに工具を無理やり捻じ込んで外しにかかる。


「もうっ。先端技術を誇示するのはいいんだけど、トラブった時に備えて物理接触手段を残しておくのは常識でしょう、まったく……これだから技術ばかり先行させるインテリの作るモノは……痛っ」


 見当違いと分かりつつも愚痴が口をついて出る。ブチブチいいながら言っていたのが悪かったのか、あるいは罰でもあたったのか。ふとした拍子に工具が指先を掠める。


 あ、これはやっちゃった感じだわ。ミスズが見つめる先で、白い指先に血が滲み、忽ち血の泡になって無重力空間を漂った。


 それが、扉のレリーフ部分に触れて染み込む。


「言わんこっちゃない。早く医療パッチでふさいで、服を着なおしてください」


「うう……」


「クロカワ先生でダメなら、もう物理的にこじ開けるしかなさそうですね」


「そ、それは駄目よ! この扉そのものにだって、どれだけの価値があるか! 大体そんな事して、施設の警備システムが生きてたらどうするの!? 起動した警備システムを解除できる人間がいないせいで、遺跡が埋まってた惑星が殺人マシーンの星になった事故をしってるでしょ?!」


「そりゃあそうなんですが……」


 方針の違いで、言い合いとまではいかなくとも意見を交錯させる一行。故に、彼女と彼らは気が付かなかった。


 ミスズの血が沁み込んだ扉のレリーフ。それが一瞬光り輝き、制御端末に反応があった事を。


 彼女本人が先ほど言った事である。真に優れたシステムは、ファジーさを持ちながらもそれによって破綻する事はない。人間のいう行き当たりばったりの言い換えとは違う、高度な柔軟性を持ち臨機応変に対応する事ができる。そして当然のように、この遺跡の制御システムはその領域に達していた。


 ミスズは、古い宇宙貴族を先祖に持っている。その宇宙貴族にもまた先祖がおり、それを手繰っていくと断絶時代前に遡る。ミスズも知らない彼女の一族の遥か遠い出自。それが、このステーションのデータバンクに残っていた。


 永い、永い間オフライン状態で切り離されていたシステムの内部で、どのような処理がなされたかは分からない。


 事実として、永い間孤立状態であった施設に入室する者がおり、その者は怪我をしている。そしてその遺伝子データは、優先順位が高く設定されているデータと血縁関係にあると思われる。


 結果として、システムは判断を下した。


 ガシュゥ、と音を立てて、扉が解放される。


 はっとして振り返るミスズ達の目の前で、扉はパッチワークパズルのように複雑に分解されながら収納されていく。数秒後には、六角形の特徴的な通路が、彼女らの前に開かれていた。


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