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第一話 《考古学者 ミスズ・クロカワ》


 その古い遺跡が見つかったのは、完全に偶然の産物であった。


 宙の外れのデプリベルト。長い時間の果て、融解したスクラップが犇めくその場所に、一人の宇宙作業員がたどり着いた。


 彼は不幸な事な男だった。何か悪い事をしたのではなく、搭乗していた輸送船がハイジャックされた際、海賊への恭順を断ったためデプリベルトに放り出されたのだ。


 このまま死んでたまるかと藁にもすがる思いでデプリベルトにまだ動く宇宙船を探して潜り込んだ彼は、漂流する宇宙ステーションの残骸を発見する。


 幸いな事にそのステーションには酸素も、小さなスペースランチも残されていた。己の悪運の強さに驚きつつもランチで脱出した男は直ぐに治安維持局に保護されたが、救助後に彼が語ったいくつかの言葉が考古学者の間で取り上げられる事となる。


 男は学が無かった為に気が付かなかったが、そのステーションは今の時代のものではない。断絶の時代を越えた、遥か昔の遺跡の可能性があった。


《大断絶》。


 かつて人類は宇宙に大きく広がる生息圏を持っていたという。だがそれは何かしらの出来事によって失われ、人々は星の地表で石器時代から文明をやり直す事になった。しかし惑星の地表に残された高度文明の遺産により、かつてよりも短い時間で、人類は再び宇宙へと進出する事が出来た。


 その、人類が大きく衰退した何かしらの事件を考古学者は大断絶と呼んでいる。もしステーションが大断絶以前の遺構であるのならば、そこは失われた技術の宝庫である事は想像に難くない。


 すべての学者が男の言葉を信じた訳ではないが、それでも確実に何名かはステーションの探索に乗り出した。


 うら若き女性考古学者、ミスズ・クロカワもその一人である。


 宇宙では珍しい黒髪黒目に恵まれた容姿を持ち、ジュニアスクールに通っていた頃から人目を惹くと同時に侮蔑される日々を送った彼女は、自然と己の出自を探るようになる。そして、かつて存在し、没落した宇宙貴族が己のルーツにある事を知る。


 遠い昔の、記録も定かではないが確かに存在した権力者の血が、自分の中にも流れ、黒髪黒目という容姿に現れている。その事実は彼女に深い衝撃を与える事となった。そして同時に歴史の流れという大河は、彼女の心を強く魅了した。


 そうして誕生したのが、宇宙をかける考古学者という訳だ。


 以降彼女は、世間では与太話と思われるような胡乱な歴史(ロマン)を求めて宇宙中を飛び回っている。そんな彼女が、記録すら残らない大断絶前のステーションという特大のネタに食らいつかないはずがない。


 さっそく彼女はなけなしの貯金を躊躇いもせず全額引き下ろし、何度か仕事を一緒にしたフリースタッフを雇うと、デプリベルトへと飛び出した。


 一言でいえば、彼女は幸運に恵まれた。


 デプリベルトの探索を始めて三日。突如として彼女の目の前に、探し求めていた物が姿を表したのである。


「これが……噂の……」


 小型宇宙船のブリッジから見える光景に、ミスズは言葉を失った。


 眼前に広がるデプリベルト。無数の得体の知れない宇宙ゴミが漂う中に、場違いかつ巨大な構造体が漂っている。


 漆黒に彩られた多面体。表面は無数の凹凸が刻み込まれており、うっすらと内部が緑色に光っている。およそ現代の美的センスからは程遠い、まさに得体の知れない構造物、といっていいだろう。よくもまあ、件の作業員はこの中に乗り込んでいったものだ、とミスズは感心した。


 雇われスタッフが調査結果を報告してくる。


「センサーの反応、全てゼロ。これは……電波を吸収しているというより、全てを妙な角度で反射してる感じっすね……。だとしても反射率ほぼ100%って何で出来てんだ……? よくもまあクロカワ先生、これに気が付きましたね」


「長年こんな所で見つからなかったというならそれ相応のカラクリがあると思ってね」


 今回、ミスズはデプリベルトの航行において命綱であり頼りにする各種センサーの反応を参考にしなかった。いや、その逆を行ったというべきか。センサーに反応が無い場所を逆に追い求めた結果、このステーションは姿を表した。件の作業員は生身だったからこそ、惑わされずにこのステーションを発見できたのだろう。


「極めて高いステルス性……軍事設備の一部かしら? いや、それとも別の理由……例えば宇宙線による材質劣化の防止……? 凄まじい技術だけど、それを惜しげもなく使っている……当時の彼らからして、このステーションの存在意義は……」


「あー、先生。考察もいいんですが、どうするんです? 聞いた話だと内部には酸素もあるらしいんで、できればさっさと接舷して節約したいんですが」


「おっと失礼、それもそうね。接舷しましょう。でも、乗り込む前に各種環境状況のチェックは忘れずにね」


「そりゃあ勿論。どこぞの間抜けどもみたいに、全身溶けて死んだり、得体の知れないもんに意識をのっとられたりしたくないですからね」


「結構。慎重にね」


 考古学者に限らず、宇宙探検家の間では教訓として語り継がれる事故例を引き合いに出して笑い合い、一行は接舷準備に入った。勿論、一度件の遭難者が入って無事だったのだからそう危険な事はないはずだが、それとこれとは別の話。一見無意味で無駄に見えるが、いつも通りのルーチンを熟す、というのは大事な事なのだ。必要な手続きだからというのではなく、決まりきったいつも通りの作業はスタッフに安心感と自信を与える。不必要だからと手続きをいつもと変えるのはミスを誘発するし、「大丈夫だろうか?」という不安が心の隅に残る事になる。


 人は全てが効率では動けない。多少、愚鈍なぐらいがちょうどいいのだ。幾度となく危険な宇宙の未知の遺跡を探索してきたミスズの持論だ。


 小型宇宙船はデプリを避けつつ、漆黒のステーションに接近する。各種センサーを無力化してしまうステーションへの接近は緊張が伴う。宇宙では人間の距離感覚など当てにならないが、数千年の間発見されなかった遺跡が、ステルス性を持ち合わせていたりする事は珍しい例ではない。


 むしろそういう特殊な事情がなければ、とっくの昔に発見されている。


 だから当然、ミスズ達も備えをちゃんとしている。


「……だいたいこのぐらいの距離かしらね。測距離開始」


「了解。ビーコン、打ち込みます」


 合図と共に、ビーコンが射出される。対象がセンサー類を無効にするなら、目印を撃ち込むまでだ。


「着弾を確認……、あ、やべ。思ったより近いっす、退避、退避、減速しろ!」


 慌てて操縦手がハンドルを手繰り、退避行動に入る。目測では随分と距離があるように見えるが、どうやらそれは誤認だったようだ。


「ふぅー。吃驚した」


「……センサー類を誤認させるほどのステルス性能。目視も要は光学観測、いうなれば可視光線の反射の確認だから、距離感が狂っていたのね……」


「こりゃあ発見されなかった理由が増えましたね。何隻か喰ってるでしょ、この遺跡」


「例の作業員、どれだけの悪運だったのかしら……」


 思えば、何か変な事を言っていたような気がするが、本人に直接確認した訳ではない。情報誌ごしの情報では、肝心な証言が拾えなかったようだ。


 つまり、あの作業員はたまたま、偶然にも、このステーションと完全同期した相対速度で接触し、怪我をする事なく外壁に取り付けたという事になるらしい。どんな天文学的な確率だ。


「戻ったらこの宙域での掃海艇の遭難記録、漁った方がいいかもね」


「ですね。さて、正確なデータが取れたんで接舷します。気分が悪くなるんで、キャノピーは閉じますね」


「ええ、構わないわ」


 接舷はビーコンの反応があればそれで十分だ。認識を誤認させる対象を不用意に目視するのは、人間の精神にあまりよろしくはない。宇宙に居れば、そういった事象はいくらでもある。


 そもそも宇宙自体、人間にとってはあまりに過酷かつ不可解な環境なのだ。距離感の違いが特にそう。地上にあり、メートルやセンチ単位、時間の流れを秒や分で認識する人間にとって、宇宙はスケールが違いすぎて心に毒だ。


 これでも生物学者に言わせれば随分と淘汰が進み、宇宙に適応しているというが、ミスズとしてはピンとこない。


 キャノピーが真っ黒に遮蔽される。ミスズは接舷作業をスタッフにまかせ、探索の準備を行う為にブリッジを後にした。



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