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第51話

「結局、お互い古巣だな」

「そうですね。まあ私の方は繁忙期入る前に戦線離脱するので、本当に良かったのかなと思いますけど」

 次年度の人事異動が発表になったのは三月二十二日、予想どおり矢上は財務課で私は人事課への異動となった。

「おい、重いもん持つな」

 縛り終えた資料を持ち上げようとした私に、矢上は慌てて手を伸ばす。

「大丈夫ですよ、もう安定期ですから」

「そういう油断する奴が一番危ねえんだよ。腹も目立つようになってきてんだし、自覚しろ」

 私よりよほど慎重で、言葉は悪いが小姑のようだ。引き取られて行った資料の束を眺め、苦笑する。諦めて机の上の細々とした片付けに移った。

「つわりが終わってから、開放感がすごいんですよね。もう胃を吐くまで終わらないんじゃないかと思ってたのに」

 悩まされていたつわりも先月終わり、その後は問題なく妊娠五ヶ月を迎えた。減っていた体重も少しずつ戻って、腹も膨らみ始めている。産婦人科でもう一度調べたトキソプラズマは陽性、こちらも過去の感染を示していた。

「産前産後の手は足りるのか」

「その辺はばっちりです。使える公的手段は調べ上げてますし、お手伝いさんは毎日来てもらう契約にしてます。あと、使える手足は全部使いますから」

「『母は強し』だな」

 笑う矢上に、はい、と頷く。

 絵美子はあのあと一ヶ月ほどして開放病棟へ移り、更に一ヶ月ほどで退院した。正気を取り戻してからは、和徳のためにも早く出たいとがんばっていたらしい。もちろん、トキソプラズマには感染していなかった。今は矢上がサポートしつつ日常生活を送っているらしいが、四月からは超絶ブラックの古巣だ。うまくいくことを祈るしかない。

 和徳とはあれから時々メッセージをやりとりする仲になり、親や友達には話しづらい相談に乗っている。私も今時の思春期男子について学べるから、ありがたい存在だ。前回の健診で、我が子は息子だと判明した。

「じゃあ、そろそろ失礼します」

 六時に差し掛かる時計を確かめ、重怠い腰をさする。そろそろ、着いている頃か。確かめた携帯には予想とは違う名前が表示されていたが、特に問題はない。

「ああ、おつかれ。気をつけて帰れよ」

 挨拶を返した矢上に頷き、ようやく薄くなったコートを羽織る。ヒールのないバレエシューズに履き替え、残り三日となった課をあとにした。


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