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第43話

 ドアを開けると刑事が二人、律儀に手帳を見せて名乗る。一人は五十過ぎくらいの新山にいやま、もう一人は私と同じ三十過ぎ辺りに見える市谷いちがやだった。

 ふと惣田の時に聞こえたスマートスピーカーの会話を思い出したが、触れるわけにはいかない。ひとまずドアの内へ招き入れ、いくつか個人情報を伝えたあと訪問理由を聞くことにした。

 吉継の体調不良を告げると、市谷は少し視線を鋭くする。

「寺本さんの訃報は、どなたにお聞きになりましたか」

「先程です。インターフォンで答えた時に、そうお話になったので」

 誰に聞いてきたのか明かされない限り、答えるわけにはいかない。素知らぬ顔で答えた私に、市谷は新山に目配せをした。

「寺本さんの院で働いてる松前さん、ご存知ですか」

「その方が私に伝えたと話したんですか?」

「はい。寺本さんの詐欺について情報を流していたと聞いています」

「そういうことでしたら、お話します。先程は申し訳ありません。もし彼女が私の名前を伝えていないのなら、出すわけにはいきませんので」

 頭を下げた私に、いえ、と市谷は短く答える。松前が話しているのなら問題はないだろう。改めて、朝岡達の件を除いた事件のあらましを伝えることにした。


「つまりあなたは、寺本さんの作成したCDで幻覚が起きるようになったと判断して、解決を求めたわけですね。しかし寺本が受け入れないのでCDの調査を松前さんの力を借りて行った、と」

 忙しなくメモにペンを走らせつつ、市谷は視線で私を確かめる。

「はい。その結果、詐欺であることが判明しました」

「それを寺本さんへ伝えたのはいつですか」

「今朝ですね。証拠のコピーを差し出して話したら、『サブリミナル効果は自分の能力で八次元から転写したものだから、三次元の機械に読み取れるわけがない』と言われました」

 八次元、と繰り返しつつ市谷は戸惑う表情を浮かべた。そうだろう、私もその気持ちはよく分かる。私も未だに全く分からない。

「私にもよく分かりませんが、かなりスピリチュアルに傾倒している方でしたから。そのあと主人に命じて私を殺そうとしたのですが従わなかったので、自ら滝壺に私を沈めようとしました。ただ胸倉を掴まれたので掴み返したら、それが予想外だったみたいで。最後は『悪魔め!』と叫んで勝手に帰って行きました」

「胸倉、掴み返したんですか」

「はい。殴られたら殴り返そうと思って。あ、もちろん、殴られてないから殴ってません」

 慌てて付け足した私に、市谷は苦笑する。

「滝壺に沈められそうになったのが信用できないなら、濡れたブーツがありますが見ますか?」

「いえ。それで、さっき『証拠のコピー』と言われましたけど、原本は今手元にありますか」

「ありません。殺される覚悟だったので、信用できる相手に預けています。ご迷惑をお掛けしたくないので、名前は伏せます」

 叩けば死ぬほど埃が出る人だが、こんなところで売るつもりはない。市谷はまたメモに書きつけたあと、溜め息をついた。

「詐欺が分かった時点で、なぜ警察に通報しなかったんですか」

「CD販売による被害金額は五万ほどです。この金額なら、本人が返金と謝罪という誠実な対応をすれば良いのではないかと思いました。寺本さんが捕まってしまえば、従業員に影響が出ます。それは避けるべきと考えたので」

 そんなことは考えず、通報するべきだったのか。でもトキソプラズマが原因なら遅かれ早かれこうなっていたかもしれない。

「寺本さんの亡くなり方は、ご存知ですか」

 今度は、新山が口を開く。ゆったりとした、余裕のある口調だった。

「鋏で全身を刺したと、伺いました」

「『悪魔が来る』と部屋にこもって全身を五十箇所以上、腹や腕だけじゃなく両目や頬にも刺してるんです。自殺としても、ちょっと異様だと思いませんか。まるで無数の鳥が啄んだようなご遺体でしたよ」

 鳥が、啄んだ。当然のように脳裏に浮かんだ群れに、顔をさすりあげる。

「大丈夫ですか」

「はい。すみません、ちょっと想像してしまって」

 おそらく、あの群れは部屋の中に押し寄せたのだろう。操られるようにして、突き刺して死んだのか。奴らはなぜあの時、私ではなく寺本を追い掛けて殺したのだろう。

「ちなみに、その寺本さんのCD以外にはどんな可能性を考えられたんですか?」

「第一の可能性は、精神的な問題でした。ただ精神科を受診したんですが、これといった病名もなく抗不安薬を処方されて『CDは捨てなさいね』で終わりました。一応、二十六日に経過報告で行くんですけど」

「なるほど。ほかには」

 当たり前のように次を尋ねる新山を見据える。まあ「自殺なのに」ここまで話を聞きに来るくらいだ。ただでは帰らないだろう。杼機だと知っているのに、なかなか気骨のある人らしい。個人的には、好きなタイプだ。

「そうですね。最後の心当たりですが、今は検査を依頼中です。ただまだ科学では実証されていない説なので、正しかったところで公的には認められないでしょう。検査機関については一切お答えしませんが、それでよろしければお話します。検証に協力を仰ぎたいこともありますし」

 刑事達は目配せし合ったあと、お願いします、と受け入れる。可能であれば、こちらも寺本のトキソプラズマ検査を頼みたい。和徳からその後の連絡はないが、検査は無事に頼めたのだろうか。一人より二人、二人より三人。私達の血にトキソプラズマ感染の証拠があれば、実証はできなくてもそれなりに信憑性は上がるはずだ。

 実は、と切り出した時、背後でドアが開く。青ざめた顔の吉継は「嘘つき」と叫ぶように私を詰った。


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