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第38話

 久しぶりの松前は、店の前で心細そうに私を待っていた。私を見るなり花が綻ぶような笑顔を浮かべて、嬉しそうに手を振る。私にはないかわいらしさが胸に沁みる。外でするには少し物騒な話だから、車の中へ呼んだ。

「ごめんなさい、わざわざ出てきてもらって」

「いいんです。私も早く渡さなきゃって思ってましたし」

 松前は、足元のバッグから取り出したクリアフォルダを差し出す。

「何かありましたか?」

「いえ、そうじゃないんですけど。犯罪の証拠握っちゃったって思ったら、急に怖くなって」

 受け取りつつ尋ねた私に、年相応の反応を見せる。よく分かっていなかった事の大きさを、ようやく自覚したのだろう。向こう見ずではないから、暴走することはない。

「そうですよね。危険を顧みず、こんなに協力してくださってありがとうございました。本当に、助かりました」

 その若い正義感がなければ、この証拠は得られなかった。本当に感謝している。

 室内灯で、請求書と領収書の原本とメールのコピー、CD購入者一覧、プラン表のPDFを確かめる。メールの宛先は、既にペンで黒く塗り潰してあった。とはいえ、迷惑を掛けないとは限らない。これは最後の手段にした方がいいだろう。

 改めての礼を言いつつバッグへ収め、代わりに茶封筒を取り出す。これ、と差し出した私に、松前は驚いた様子で身を引いた。

「もちろんですが、あなたがお金のためにやったとは思っていません。私はこの証拠を元に誠実な対応を求めるつもりですが、先生の反応によっては警察の介入も考えています。そうなった場合に、あの整骨院がどうなるかは保証できません。これは協力してくれたことへのお礼であり、何かあった時の迷惑料でもあります。私は、正しいことをした人が損をするのは嫌いなんです。受け取ってもらえると助かります」

 私をじっと見据えていた松前は、決意したように頷く。

「ありがとうございます、いただきます」

 伸ばされた手に無事渡った茶封筒を見て、ほっとする。今後、整骨院を辞めなければならない可能性は当然出てくる。余裕がなければ、よく吟味せずに次の勤務先を決めてしまうかもしれない。時間の余裕は提供できないが、これで多少、金銭の余裕はできたはずだ。

「すみません。じゃあ私、行きますね」

「はい。本当に、ありがとうございました。気をつけて」

 また礼を言った私に頷きつつ、松前は車を出る。駐車場の明るい照明を浴びて手を振ったあと、小走りで店の角を曲がって消えた。

 一息ついて鍵を引き抜き、私も車を降りる。

 原本をコピーして、レジでレターパックを購入して、原本を入れて明将へ送る。

 これからすべきことを頭の中でまとめたあと、コンビニへ向かった。


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