夜間救急で対応したのは、前回とはまた違う医師だった。研修医か、朴訥な雰囲気の育ちの良さそうな若者だ。私の嘘をどれくらい信じてくれたか分からないが、素早く縫合に取り掛かった。
「きれいな傷」だから塞がるのも早く、抜糸は十日ほどでできるらしい。ひとまず来週火曜日の外来受診を言い渡されて終わった。
処置室を出ると、安堵した表情の吉継が迎える。無事に処置が終わったことを告げ、隣に座った。血に染まったニットの袖を下ろし、ようやく落ち着いた体を吉継に寄せる。吉継は私の頭を引き寄せ、ゆっくりと撫でる。穏やかな熱に目を閉じ、長い息を吐く。久しぶりに夫婦らしい、と思った傍らで携帯が揺れる。役目を終えた譲だろうと確かめた相手は、明将だった。自動的に眉根が寄るのは仕方ないとしても、約束にはまだ早い。暇つぶしで電話をかけてくるような相手でもない。何か、あったのだ。いやな予感に、ぞわりと肌が粟立った。
「誰」
「明将さん。多分、何かあったんだと思う」
受話ボタンを押し、左手でぎこちなく応える。明将は、祈、と神妙な声で私を呼んだあと、少し間を置いた。
「落ち着いて聞け。整田のじいさんが多分、猟銃で家族三人を撃って、自殺した」
え、と掠れた声が漏れる。三人、撃って、自殺。咀嚼できない内容に、仄暗い壁を映す視線が揺れた。
「かろうじて、母親だけまだ息がある。譲はいなかった」
「譲……譲は今、こっちに」
もし譲もそこにいたら、と思った瞬間、ぐらりと世界が揺れる。
「譲を連れて帰ってこられるか」
聞こえるが答えられず、吉継へ携帯を渡して横になった。視界が揺れて、座っていられない。
代わって応えた吉継も絶句のあと、短い相槌を打ち始める。目を閉じれば拡がる暗闇が今日は怖くて、目を見開く。荒い息を吐いたあと、目頭を強く押さえた。
――最近ちょっと、家の中がぎすぎすしててさ。
あの家で、何が起きたのか。何が祖父を、そんな残酷な行為に駆り立てたのか。何が起きているのか。もう、わけが分からない。
震える手で顔を覆っても、まだ涙は出てこない。今すべきは泣くことではないのだろう。でも。
私はいつから、こんなに強くなってしまったのか。唇を噛み、胸に湧く痛みが収まるのをじっと待つ。弱々しく母を求めて泣き続けたあの夜を思い出すと、鼻がつんとした。