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第24話

 久しぶりの名前が携帯を揺らしたのは、金曜日の昼だった。

「久しぶり、どうしたの?」

 牛丼へ向かう手を止めて応えると、ちょっとね、と溜め息交じりの声がした。ここではない方がいいかもしれない。

 視界の端に弁当をつつく矢上を映しつつ丼にラップを掛け、腰を上げる。

「なんかあった?」

「最近ちょっと、家の中がぎすぎすしててさ」

 フロアを出つつ尋ねた私に、譲は全く予想外の状況を告げた。ぎすぎす、と繰り返すと、うん、と答える。

「ここ二日くらいなんだけど、家に帰ったらじいちゃんばあちゃんがけんかしてて、それに父さんと母さんも加わっていくって感じなんだよな」

「え、止めないの?」

 祖父母のけんかはそれほど珍しいことではないが、両親が止めないのは珍しい。余程のことが、と思った脳裏に寺本の施術で見た光景が拡がる。違う、あれは幻覚だ。

「けんかの理由は?」

「それがまあ、いろいろあってさ。突然だけど今日の晩と明日、姉ちゃんとこ泊まってもいい? 家に居づらいんだよね」

 譲は言葉を濁したあと、本題を切り出す。確かにそれは居づらいだろう。仲裁をして欲しい気はするが、休みの日まで振り回されるのはストレスだ。とはいえ、我が家もあれ以来ぎこちなくなっている。譲が来てくれるのは、正直ありがたい。

「うん、いいよ。今日、職場の先輩が家族でぼたん鍋食べに来るんだけど、もし良かったら一緒にどう?」

「いや、いいよ。その人達が帰ったら連絡して。それまでネカフェで時間潰しとくから」

 私と違い、譲は昔から内向的で人見知りが激しい。一緒に入れられた剣道道場も、肌が合わなくて一年経たないうちに辞めてしまった。

――整田さんのところもさぞや『祈が長男なら』と。

 いやな言葉を思い出したが、育つにつれてそんな勝手な評価がまとわりつくようになったのは確かだ。とはいえ私も、生まれ落ちた時からこんな性格だったわけではない。昔はもっとぼんやりして間抜けな、いろいろと心許ない娘だった。夜の山で迷うまでは、だ。あの恐怖が、私の全てを変えてしまった。

「分かった。じゃあまた、夜にね」

 うん、と短く答えて譲は通話を終える。すぐ吉継に『譲が今日と明日泊まるって。矢上さん達が帰ってから来る』とメッセージを送る。返信は『お菓子とアイス買っておくよ』と、いつものように譲を甘やかすものだった。義理の関係だが、この二人は相性が良いのか昔から仲がいい。同じく義理の関係である明将と私とは雲泥の差だ。悪いとは、思っていない。

 フロアへ戻り、再び牛丼の続きに戻る。

――先生は、祈から呪いが伝播してるって言ってた。元凶は、祈だって。

 違う。なんでも結びつければいいというものではない。

 胸に湧く不安を抑え込むように、冷めた肉を頬張った。


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