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一方、頸創

 南港。頸創は落ち着かない様子だった。屋敷で胡坐をかき、トントンと指で畳を叩いてた。


「どうした」


 そこに訪れる、清然。丸められた紙を左手に持っていた。


「いや、春香が上手くやってるか気になってな……付いて行ってやれればよかったんだが、そうもいかないだろ」

「そうだな。ここを空にされると、俺も困る」


 清然は彼の前に座った。


「だが、春香は強い。五体満足で帰って来るだろう」

「信じるしかねえか。ダチだしな」


 生真面目さが真っ直ぐに現れた清然のところに、佳代子が茶を持ってくる。


「すまないな」


 それを受け取り、彼は一口飲んだ。


「嬢ちゃんを狙う族がいなけりゃいいんだが……」

「それも問題ないだろう。春成がいると聞いた」

「だがよぉ」

「お前らしくないな。いつもならもっと楽観的なはずだ」

「春香は強がっちゃいるが、脆い部分がある。使命感に縛られてるんだ。そこを突かれれば、簡単に崩れちまう。それが怖い」


 深刻な顔でそう言う親友が可笑しくて、清然は微笑みを浮かべた。


「んだよ」

「いや、随分と春香と仲が良くなったものだな、と思ってな」

「一緒に死線を潜り抜けてきたんだ、魂のダチだろ」

「俺はどうだ」

「そりゃ決まってんだろ。最高のダチだ」


 二人は、どちらからともなく拳を突き出して、合わせた。


「それで、お前がわざわざ来るってことは、何かあったのか?」

「不可解な失踪事件が続いている。夜、海に出た者が、船ごと消えてしまうんだ。大型船の被害はまだ確認されていないが、経済に重大な影響を及ぼす前に解決したい」

「なるほどな。何かしらの空間術かもしれねえな」

「解除できるか」

「術の痕跡を見つけなきゃ何とも言えねえ。規模のでかい術なら、解呪に相応の準備と時間が必要になるからな」

「こういう時、春香がいれば簡単なんだがな」

「ああ。解呪の才能は間違いなくある。魂の質が違うんだろうな」


 クィアヤブリアを封印した時も、大した問題なく実行してしまった。それが、頸創には羨ましくあった。


「まずは情報収集だな。船はどのあたりで消えている?」

「それがわからないんだ。何も痕跡がない。だが、確実に船は消えている」

「どこから出航した船だ?」

「地図を見てくれ」


 清然は紙を広げる。


 南港は、大雑把に言って三角形の街だ。北部の山々を頂点として、海に向けて広がっている。


「ここだ」


 彼が指差したのは、南東方面にある小さな港だった。


「かなり古いが、小さな船が出入りするところとして使われている。夜間、ここから漁に出た者が消えているんだ」

「よし、見に行くか」

「まだ朝だぞ」

「比較できるように、どっちも見ておく必要があるだろ。術の痕跡が残ってるかもしれねえし」

「そうか。なら同行しよう」

「いや、お前は捜査の指揮を執ってくれ。俺だけでいい」


 頸創は立ち上がり、長巻を背負う。草鞋を履き、庭にある最近買った銀色の自転車に跨る。


「んじゃ、そういうことで」


 南港という街では、ここ二年で急速に電気とガスが普及した。とは言っても南部の都心だけだが、それでも電柱が立ち並ぶことで景観は大きく変わった。


 頸創としては、ない方が見晴らしがよいので、あまりいい気分ではない。一方でその便利なことは事実であり、恩恵に与っていることもまた、事実だった。


「あ、鎌風様」

「よっ」


 声を掛けてきた市民にそう挨拶して、過ぎていく。次は紺色の帽子を被った郵便屋とすれ違う。赤いフレームに、赤い箱。よく目立つ。


 空は突き抜けるような快晴。何故だか、頸創にはそれが憎らしかった。


 道の片隅には、寄せられた雪。天辺は少し溶けた後に凍り付いたようだ。冷たい風が頬を斬りつけ、どこか遠くへ流れていく。冬だ。


 三十分ほど漕いで、件の場所に到着した。小さな漁船が十隻ほど係留されている。古びた汚い木造建屋がある。軋む扉を開いて、海の匂いがする中に入った。


 何もない。海水が引き入れられ、漁船を何隻か繋いでおくことはできそうだが、それだけだった。


「そこの、誰だ」


 野太い声が背後から飛んでくる。


「鎌風だ。失踪事件があるって聞いたんで、調査に来た」

「鎌風様⁉ これはとんだ無礼を」


 屈強な声の主は頭を下げた。


「いや、いい。それより聞かせてくれ。ここで何が起こってる?」

「それがちっとも……」

「そもそも何に使う場所なんだ?」

「へい。簡単な修理を行うドックです。実際に修理をするときは水を抜きます」

「それで、修理が終わったので出漁した奴が消えた、と」

「へい。悪霊でしょうか」


 頸創は海の彼方を見る。青い空と青い海が混じり合っていた。目に力を集めて、強化。術の痕跡を探ろうとする。が、何も見えてこない。


「……わからねえな。船に異常はなかったのか?」

「ここの港はあっしが管理しちょりますが、一々修理した船を確認しちょるわけではないんです」

「船に呪いが掛けられていたのか、海の向こうに何かが潜んでいるのか……今は何も言えねえか。しばらくこの港は使うな。金は奉行所から出させる」

「へい。伝えちょきます」

「それと、船を全部調べさせてくれ。何か仕掛けられてるかもしれないからな」

「へい。じゃあ、船には触れさせんほうがいいですか」

「ああ。そのあたりは全部あんたに任せるよ」


 男は小走りで去っていく。


 頸創は船の一つに近づき、しゃがみ込んだ。力を込めた目で順番に見ていき、一時間ほどで全てを見終わった。


(術の痕跡はない……じゃあ、どこに原因がある?)


 答えは浮かんでこない。


(春香はバズに行く時、転移門を使うと言っていたな。似たようなものがあの建物に中に仕込んであって、来た人間を攫っている?)


 ツンゾならやりかねない、と彼は踏んでいた。だが、それらしき痕跡は感じなかった。


(とにかく、夜に来ねえとな。朝の内は見えないものだってある)


 長巻が確かに背中にあることを確認して、自転車に跨った。

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