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鬼傀兵 その一

「へえ……」


 春香の持って帰ってきた銃を見て、頸創はそんな声を出した。


「鎖閂式の銃はまだ高い。そこらの悪党が数を揃えられるはずもねえ。龍仕人が絡んでるってのは確かにそうかもな」


 頸創は銃を置く。


「しかも連発式。まだ市場に出回ってない代物だ。セチアがツンゾを動かしているのだとすれば……納得がいく」

「俺はどうすればいい」

「さあな。だが、カガリの言うことが正しけりゃ、龍仕人も嬢ちゃんを狙ってる。ツンゾを手先として使うのなら、奉行所により厳重な警備をさせるさ」

「俺は……」

「人間相手なら足軽にやらせればいい。狩人が出てくりゃ俺たちの出番だ」

「もし、龍の群れが来たらどうする」

「ここを襲えば西の人間も困る。支持を失うようなことはしないだろ」

「確かにそうだな」

「心配する気持ちはわかるぜ。でも、杞憂はどこまでいっても杞憂だ。考えすぎないことって、大事だぜ」


 あれから五日。昼下がりの、弛んだ空気に浸っていた。頸創が欠伸をする。


「眠いのか?」

「春ってのは昼寝に向きすぎて困る。少し横になってくる」


 そう言って頸創が居間の方に行くと、それとすれ違ってリズが来た。


「あの、お散歩に付き合ってもらえませんか?」

「構わない」


 のっそりと立ち上がった春香は、リズに手を握られた。


「どこに行く?」


 門を出たところで、彼が尋ねた。


「海を見たいです」

「わかった」


 南港という街は、概ね三角形をしている。北部にある山地、その麓にある集落、南に行けば港町。水持ちのいい土地故に、稲作も盛んだ。


 用水路に沿って歩く。そこで、天麩羅屋の屋台が出ていた。


「買っていきませんか?」


 リズの提案に、彼は頷いた。硝子の箱の中に具材が並び、その隣にたっぷりの油が入った鍋。そういう屋台だった。


「これは雷業様」


 主人の男が言う。


「……海老を二本」

「へい、しばしお待ちを」


 パラパラと、揚がる音。空を流れる白雲を追いながら、二人は待った。


「どうぞ!」


 差し出された海老天串。太く、長い。


「二ラクスだな」

「いえいえ! 狩人様からお金を頂戴するなど……」

「狩人こそ経済を回すべきだと、頸創は言っていた。だから払わせてくれ」

「そういうことなら……」


 銅貨を二枚渡す。大陸共通通貨である、ラクス。一ラクスで一日分の食料が賄えるように、とかつての龍仕人が自身の名をつけて定めたものだ。だが貨幣価値は下がるものだ。今ではそんなことも忘れ去られつつある。


 海老天を食べながら道を南下する二人は、あまり会話をしなかった。それでも、暖かさは共有していた。


「お散歩日和ですねえ」


 気の抜けた声だ。


「こっちは暖かくて、過ごしやすいです」

「フバンハは違うのか?」

「山の上にありますから、だいぶ寒いんです。緯度もここより高いですし」


 緯度が何かはわからないが、話の腰を折るのも悪い気がして、春香は質問をしなかった。後で頸創に聞けばわかると思っていたのもある。


「どんな生活をしていたんだ?」

「ユヤデオナ家の家業を継ぐために勉強をして……十になった時──」


 彼女は黙った。その意図を、彼は察する。何も言わず、続きを促すこともしなかった。


「海が見えるぞ」


 蒸気船が、煙を吐きながら青い海を滑っていく。圧巻だ。龍もかくや、という巨体がのっそりと動くのだ。目を引かれる。それを見物しながら、二人は赤い布が敷かれた茶屋の長椅子に腰掛けた。人通りの多い故に海を一望、というわけにはいかない。だが、人の隙間から見えるキラキラとした光で、リズは満足していた。


「茶を二杯」


 駆け寄ってきた看板娘にそう伝えた。喧騒に負けない、大きめの声だった。


「海を見るのは楽しいか?」

「はい。フバンハにいると、多分一生見られませんから」

「なら、ここに来たのは僥倖だったな」

「頸創さんのおかげですよ。そして、ここに来たのは春香さんのおかげです」

「俺はまだ君に何もしてやれていない」

「そんなことないですよ。カガリさんから守ってくれました。感謝してます」

「なら……いいんだが」


 潮風を感じながら、二人はぼんやりと時間を過ごす。傘の下、届いた茶を飲む。


「頸創とは、いつ会ったんだ」

「処刑のためにこの島に連れてこられて……西の港から雷生に連れて行かれる途中で馬車を頸創さんが襲ったんです。そのまま、逃げてあの集落に、って感じです。大体一月前ですかね」


 一カ月前。故郷を喪った日。符合する。


「フバンハを出たのはいつだ」

「ほとんど閉じ込められていたのでよくわからないんですが……少なくとも二週間は移動したと思います。フバンハから大陸東端までの距離を考えると、馬車でもそれくらいになるかと」

「西の港……大陸東部を通ったんだな?」

「はい。この島の東側には諸島がありますが、それが見えなかったので」

「つまり、君を連れ出したのは東の狩人。そうだな?」

「そうなりますね。ちょっと聞こえただけですが、私を連れて行く人たちは東部語を話していましたし」

「ふむ……」

「それに、父は東の狩人に私が誘拐されたことにしたいようです」

「君がいなくなると、まずいのか?」

「私は龍仕人からユヤデオナ家に預けられたんです。でも、私の再生能力も完璧ではありません。それを知らなかった父が私を切り刻んで……傷跡が残ってしまった。それを隠蔽するための工作だ、と頸創さんは言っていました」


 なぜ話さなかった、と問えば聞かれなかった、と答えるだろうということくらいは、春香にも容易く予想できた。他人に興味がない──わけではない。リズのことはよく知りたいと思っている。だが、本当にそうしてしまって、関係が深くなるごとに彼は自分の弱さを見てしまう。


 春香は串を屑籠に入れるために立ち上がる。リズの分も貰って、それはすぐにできた。しかし、


「あ、雷業様」


 と呼びかける者がいた。青い羽織が目立つ、若い足軽だ。


「なんだ」

「墓荒らしの件、聞き及んでおりますか」

「いや。聞かせてくれ」

「最近、共同墓地の方で墓が掘り返される事件が起きていまして。どうも土葬した死体を狙っておるのです」

「それで、俺はどうすればいい?」

「これから検討するところですから、まあ、何が起きてもいいように待っていただきたいのです」

「あいわかった。頸創にも報告したのか?」

「今から向かうところです。お邪魔したようでしたら、すみません」

「いいんだ。だが頸創は寝ているかもしれん」

「託けます」

「そうか。それではな」


 男は速足で去っていく。すぐに、人込みの中に消えた。


「死霊術師かもしれませんね」


 隣に戻ると、リズが言った。


「なんだそれは」

「死体を操ったり、亡霊を使って占いをしたりする人です。フバンハ含め、西側では禁じられています」

「そんな奴がこの島に来て何をしようというんだろうな」

「さあ……でも、墓荒らしは違法ですよね?」

「ああ。天網恢恢疎にして漏らさずと言うが、墓荒らしが何を思っていても然るべき報いを受けるだろうな」


 茶を飲み干して、二人は立つ。金を払って、茶屋を出た。


 墓荒らし。死霊術師。確かに二つは結びつくな、と春香は思った。だが、死体を操って何をしようというところまでは、至らなかった。


(腐乱している死体を集めて……できることなどあるのか?)


 意図の見えない行動。だが、もしそれが街の住民に危害を加えるのなら、戦わねばならない。


 白壁の道に入る。港の騒がしさが嘘のようだ。洗濯物を干す女房の姿。犬の散歩に行く老人。そういう生活の一側面が映し出されていた。


「まだ、クィオウさんのこと好きなんですか?」


 出し抜けにリズが問う。


「好きかどうかは……どうなんだろうな」


 彼は言葉を選んだ。選びしろがあるかは、定かではない。


「いざ言われてみると、好きということがわからなくなってくる」

「そういうものなんでしょうか」


 きゃいきゃいと燥ぐ子供たちが、二人の前を過ぎていった。


「だが、忘れはしない。それが俺にできる償いだ」


 返事が来ない。それを不思議に思ってリズの方を見ると、少し暗い顔をしていた。


「君は恋をしたことがあるか?」

「恋、なんでしょうか」

「何がだ?」

「……なんでもありません」


 リズは少し赤らんだ顔で微笑んで、春香の手を引っ張った。


「帰りましょう。私、満足しましたから」


 恥じらうようなその表情が、彼の胸を打った。

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