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ピジョとツンゾ その二

 三日後。明け方の山中。薄らとした光が木々の間を貫いていた。


 そこ歩くのは、三人の男。前から、黒い羽織の春香に、若草色の羽織の頸創、そして最後は背広のピジョだ。ピジョは手袋を外し、呪文の刻まれた手を露にしていた。


「あんたのこと、どこまで信じていい?」


 頸創が問いかける。


「こうして共に命を賭けている。それだけでは不十分ですか?」

「その分はもちろん信用するさ。だが、都合が良すぎるんだよ」

「あなた達のところに助けを求める男性が来たはずです。彼に狩人を頼るよう言ったのは私なのです。ですから、あなた達がツンゾの拠点を探していることを知ったうえで接触しました。これでいいですか?」


 彼は振り向いて、相手の目を見た。真っ直ぐ。嘘は言っていない。だが全てを話したわけでもない。


「いいぜ、今のところは信じてやる。春香もそれでいいだろ?」


 声を掛けられた春香は静かに頷いた、ざわざわと血が湧き立つような感覚を抑え込もうと必死だった。闘いを望むような奇妙な気分が、どうにも気持ち悪い。


「縄張りに入りますよ。注意してください」


 そう言われて、彼は空を見上げる。木々の隙間から青黒い空。そこに、きらり輝く何かを見た。


「あれか」


 呟いた時、その何かが一気に高度を下げて突っ込んできた。三人は飛び退くが、先ほどまでいた地面はひび割れて盛り上がっていた。


 金縋龍。その名の通り鱗は黄金で、生臭い息がその口から吐き出されている。全長は三丈ほど。尾は短い。それを支える両脚は太く、小さな手のついた大きな翼は広く開かれていた。血の色をした目はしきりに動き、敵を探していた。


 龍は再び舞い上がる。それを春香は鳴崩で追うも、斬撃は避けられて、逆に翼で叩かれる。空中で姿勢を整えて着地こそできたが、龍の質量を腹に受けて、少し息苦しかった。


 旋回する金縋龍に向けて、ピジョが炎の渦を放つ。効かないとはわかっていたが、牽制くらいになればと思っていた。それをするりと躱しながら接近する龍の首に、頸創が長巻を突き刺す。だが勢いはそのまま、ピジョは蹴り飛ばされた。


 そして、龍は再び舞い上がり、彼に高速での突撃を繰り返す。当たりはしないが、その度に着地点は隆起し、もし直撃を食らえばどうなるか、狩人たちに考えさせる。


 春香は冷静に機を窺う。着地後のほんの一瞬の、停止。それを狙えるのは、彼だけだ。


 ズシン。金縋龍の脚が地面にめり込む。そこだ。飛び上がろうとして顔を上にあげた、僅かな隙。その間に春香が片翼を切り落とす。比翼となった龍は、彼に向けて口から雷を放った。一発、二発。雷の弾丸が連射され、彼は逃げることしかできなかった。


「頸創!」

「あいよ!」


 それでも、意識が春香に向かっている間に頸創が逆側に回り込んでいた。残った翼を切断し、飛行能力を奪う。


 が、脚は生きている。機敏な動きで方向転換した金縋龍は頸創を噛まんとする。彼は後ろ飛びで距離を置く。吐き出される稲妻。器用に得物を回転させ、一発残らず防御した。


 それが怒りを買ったのか、その感情もないのか。それは知りようもないが、金縋龍の標的が頸創に固定された。そこに、ピジョが熱線を放つ。左目に直撃し、潰した。


「助かる!」


 春香が見えない方に入り、すでに再生を始めつつある眼球を確認した。そして、鳴崩。落雷のような音がしたと思えば、彼は首を刺していた。その刃を力で覆い、刃渡りを延伸する。いくら鱗が導術を受け流すとはいえ、その内側までもその成分で作られているわけではない。首が、落ちた。


 金縋龍の何百貫あろうかという巨体が動かなくなる。どくどくと流れ出す血は地面に還っていく。春香はその脚を切り開いて、透明な骨を一本取り出した。


「これでいいな?」

「ええ、問題ありません。ありがとうございます」


 ピジョは受け取ったそれを光る右手で撫でた。すると血は消え去った。


「ホントに集めるだけなのか?」


 頸創が尋ねた。


「一通り堪能しましたら別の狩人に譲ります。刀にしたいという方がいますからね」

「兄上も持っていたな。金縋龍の刀」

「お名前を聞いても?」

「鷹眼という。俺は兄上と会うためにこの街にいるんだ」

「ほう……いつかお会いしてみたいものです。しかし、そのお兄様は何をしていらっしゃるのですか?」

「人探しだ。俺の方が先に見つけたからな、待っている状態だ」


 ピジョの穏やかな微笑みが彼に向けられる。


「お早く出会えると良いですね。あなたの行く先に光があること、祈っております」


 頸創は春香が口を滑らせやしないかと、余計なことを言うなと視線を送っていた。


「んじゃ、帰るか。あんたも来いよ。別れる前に一緒に飯を食おう」

「よろしいので?」

「おう」

「それでは、遠慮なく」


 ピジョは指を鳴らす。するとその手に長い袋が現れた。そこに彼は骨を入れる。


 三人が屋敷に帰り着いたのは、夕方のことである。橙色に染まった空が、返り血を浴びた男たちを街に迎え入れる。


「おかえりなさい!」


 眼鏡のリズが出てきた。


「連絡、届きましたよ」


 頸創は身内に術符を配っている。書かれた文字を転送するものだ。そのおかげで、離れていても言葉のやり取りが可能なのだ。


「今日の飯は?」


 そんな彼は奥から漂ってくる香ばしい匂いに期待していた。


「鮴の塩焼きと、豚汁です」

「東の狩人というのは、案外質素なものを食べるのですね」

「悪いか?」

「いえ、貶すつもりはありませんよ。ただ、率直な感想を述べたまでです」


 会話をしながら玄関を上がる。


「あんた、いつまでこっちにいるんだ?」

「明日の船で帰ります。ご心配なく」

「別に心配してるわけじゃねえよ。当てがないなら手配してやろうとは思ってたが」

「狩人としての情、ですか?」

「そんなところだな」


 奥座敷では、膳を並べている老婆がいた。


「おかえりなさいませ。お食事の用意は間もなくできます」

「わかった」


 春香はにべもない返事をした。


 ピジョは上座に通される。その隣に、春香が着いた。そうして食事の用意が整った。


「いただきます」


 その重なった声の後、皆思い思いの順番で箸をつけた。


「雷生の件、お辛いでしょう」


 食事も進んできたところで、ピジョが春香に向けて言った。


「そうだな。だが、乗り越えなければ」

「あなたの心はそれほど頑丈ではないと、私は思います。どうです、私と共に来ませんか」

「何?」

「ここでは詳しく言えませんが、あなたのような戦士にとって最高の提案をします。祝福を得ませんか」

「祝福……」

「ええ、呪いではなく、祝福」

「おい」


 頸創が割って入った。


「春香はここで兄貴を待つんだ」

「頸創さん、あなた、『知っている』人ですね?」


 張り詰めた沈黙。今にも破裂しそうな風船だ。


「帰りな」

「ええ、そうさせていただきます」


 ピジョが立ち上がる。だが、出ていく前に一枚の紙を胸の内ポケットから取り出して、置いた。


「ツンゾの拠点が記されている地図です。それでは、またいつか」


 丁寧に一礼して、彼は軽い足取りで夜になりかけた街に消えていった。


「クク……」


 彼の中から笑いが込み上げてきた。


(フザン様、あなたのピジョは今すぐ帰ります! ああ、どうか私に祝福を……)

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