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狩人の宿命 その二

 その後の、夜明け。葬式ということで黒い羽織の春香と頸創は弔慕丘の頂で、墓を掘り返していた。粗末な棺桶が出てきた。無数の札が貼られ、紐で縛られている。


「親父……」


 頸創は呟いた。


「一度だけ、顔を見ていいか」

「駄目だ。殺せなくなるぞ。蓋の上から刺してしまうんだ」


 長巻を抜き、振り上げる。だが、動けない。


「無理だ」


 言葉が自然と出てきた。震える腕に握られた得物は、その目標を見失っている。


「俺には……できない」


 春香に彼を責めることはできなかった。おそらく、あの日と同じ気持ちなのだろうと思っていた。心臓が凍るような冷たさ。それに襲われているのだと。


 そうやってどうしようもないままに日が昇っていく。朝焼けの空に、涙が零れる。その時、棺桶が揺れた。ガタリ、ガタリ。頸創が怪訝そうな顔で離れると、蓋が飛んだ。出てきたのは、鱗の生えた男。その目は血走り、白いはずの場所は赤かった。その中央にある、頸創と同じ色の瞳。


「封印が解けてやがったんだ……! 土の重さで出てこれなかっただけで!」


 “父”を前に動けない頸創。“敵”に素早く斬りかかる春香。後者は蹴り飛ばされ、墓石を二、三個倒して止まった。だがすぐに体勢を立て直す。鳴崩を発動して地面を蹴り、左腕を切断した。


 しかし、その“敵”は地面に落ちた腕を拾い上げて、断面を合わせた。するとすぐに繋がった。


(やはり術無しでは無理か。ならば……)


 春香は魂の鼓動を雷と成して、刀に纏わせた。二発の拳を屈んで躱し、喉を一突き。外れる。逆に頭を掴まれ、投げられた。宙に踊る体に、光線。身を捩るも、右肩を掠めていった。


 その間、頸創は一歩も動けなかった。“父”。どんな化け物になっても、それは父だった。理性は戦えと叫ぶ。本能はやめろと叫ぶ。唾を飲んでも、状況は変わらなかった。


 それでも、“父”は息子を認識できなかった。頬を殴られ、丘を転がり落ちる頸創。


「頸創」


 その前に立った春香が、重い声で言った。


「もう、あれは人間じゃない。獣だ。ならば狩らねばならない。そうだろう」

「わかってる……わかってる! でも親父なんだよ! 早死にしたお袋の分まで俺を育ててくれた親父なんだよ!」

「なら俺一人でやるぞ、いいのか?」


 その言葉に、返答は中々出なかった。化け物はだらんと腕を垂らし、荒く呼吸をしている。


 頸創は冷たい地面に伏しながら、歯軋りした。立てよ、と何度も心の中で己を叱咤する。それでも、体は言うことを聞かなかった。


 旅の最中、何人もの人間を屠ってきた。小銭欲しさで強盗をした者。女を犯すために村を襲った者。そして、龍の呪いに侵された者。それによって殺人への抵抗は消えたと思っていた。だが、違った。親だけは違った。


「頸創、返事をしろ」


 春香は蹲る彼に振り返る。それから、胸倉を掴んで引き起こした。


「これはお前の責務だ。狩人の血を受け継ぐ者は、弑逆から逃げられない」


 春香にとって、それは自分に言っているものでもあった。いずれ、父を追わねばならない。どこにいるかも知らないが。


「だから戦え。俺にやらせても、お前はただ蟠りを抱えるだけだ。終わらせろ! お前の手で、死ねなくなった父を殺してやれ!」

「……うるせえ」


 頸創が春香の腕を握った。


「覚悟ならしたつもりだった。でも無理なんだよ! 俺は、俺は親父を殺せない!」

「逃げるな。逃げれば、一生後悔するぞ」


 重みのある声音だった。


「あんた、逃げたことがあるのか」

「ああ。その結果、俺は何も知らないままだ」

「そうかい。……動きを止めてくれ。止めは俺が刺す」


 逡巡はあった。しかし、苦しみを知っている瞳の少年の言葉は、真っ直ぐ頸創の胸に刺さった。


「あいわかった」


 春香は化け物に向き直った。屈みながら前進し、拳をすり抜けて両脚を切断する。背後に回ってから、首に腕を引っかけて倒した。


「頸創!」


 呼ばれた彼は、魂の力を刃に纏わせて、父の心臓に突き刺した。汚い悲鳴が薄明の空に消えていく。


 死んだ。頸創はその顔の傍に座り込んだ。東から来る陽光に、一瞬だが目が眩んだ。


「行こう」


 春香が声を掛ける。


「下で葬儀屋が待っているんだろう」

「少しだけ、時間をくれ。なんつーか……動けねえんだ。腹の底に鉛が入ったみてえによ」


 春香は何も言わずに待った。ただただ待った。涙も流さず悲しむ頸創が立つまで、とにかくじっとしていた。空に雲が出てきて、雨が降り始めても黙っていた。


「……悪い。行こう」


 痛ましい声で頸創は立ち上がった。父の亡骸を持ち上げ、丘を一歩一歩下る。少しずつ、傘を差した男たちが見えてくる。その中に金髪。


「リズ」


 春香は彼女の名前を呼んだ。リズは蝙蝠傘を両手に持っていた。


「どうぞ」


 差し出されたそれを、彼は頸創の上で開いた。


「鎌風様、こちらへ……」


 喪服の葬儀屋が空の棺桶を指す。頸創は黙ったままそれに従った。


 その時になって、春香は見物人の存在に気づいた。涙する女の姿が印象に残った。手の空いた頸創に傘を渡す。


 牛車に柩が運び込まれ、出発した。その周りを歩きながら、男たちが鈴を鳴らす。春香にとってそれは奇妙に映ったが、あえて口に出すこともなかった。


「狩人よ、狩人よ……」


 先頭を行く男が声高らかに言う。


「汝の魂に休息あれ……」


 死後、魂はどこに行くのか。春香は父に尋ねたことがあった。その時は、ただ消えるのだと言っていた。ならば、休息などありはしない。祈りの空虚さだけが彼の心に響いた。


 空虚。その二文字が心の中にやってきた時、彼は途端に恐ろしくなった。今感じている、死者に報いなければならないという気持ちも、死んでしまえば消えてしまう。それこそ空虚。心の中にぽっかりと空いた穴に、感情が流れ込む。そうなれば、彼はその場にいられなくなった。列から走り出し、とにかく遠くへ向かった。


 北の外れにやってきた。山の麓にある、少し寂れた街並み。人通りも少ない。雨のせいだろう。それが、故郷と重なった。誰もいなくなった、静かすぎる街。フッと体の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。銃声が聞こえてくる。閃光。兄の背中。


 情けない。記憶に振り回されている自分が、嫌になった。


 戻らなければならない。その意思を抱えて重い体を立たせようとする。だが、動かない。このまま冷たくなってしまいたい。いっそ、あの棺桶に飛び込んでしまえばよかった。炎の中で魂が消え去ってしまえば、それほど楽なことはなかったろう。


 だが、楽な方を選んでよいのか、という自問は常にあった。苦しみからの逃避を彼は許せなかった。同時に、惨劇から目を逸らしたがる自分を恨んでいた。強くあらねばならない。その呪いがひたすらに彼を背中から刺し続けている。


(なぜ、泣くのだろう)


 いつの間にか流れ出していた涙はそのままに。感情がよくわからない。自分自身のことだというのに、今感じているこの心の動きが掴めないのだ。泥で汚れた羽織。頸創に怒られてしまうな、と思いながら、胎児のような姿勢になった。


 通り過ぎる者の目線。その痛みも彼には届かなかった。ひそひそ話をしながら過ぎ去る者を、視界の端に捉えた。だからどう、というわけでもない。この時は、静かにしていたかった。


 パシャリパシャリと、音が高い頻度で鳴る。そしてそれは徐々に近づいていた。


「春香さん!」


 そう声を掛けてきた細い声の主は、リズだった。


「風邪ひいちゃいますよ」

「……そうだな」


 消えそうな声で彼は答えた。


「ほら、帰りますよ」


 差し伸べられた小さな手を、握るか。迷ってしまった。泥まみれの掌で触れることを避けようとした、というのもある。だが、より本質的なのは、彼女の顔に銃創を見たことだ。一度瞬きするとそれは消えた。幻覚だった、と後になれば言えるが、見えている時には現実にしか思えないのだった。


「いや、大丈夫だ」


 震える体を動かして、起こす。リズが持ってきていた傘を借りて、二人で並んで歩く。


「お辛いのだとは思います」


 目を伏せながら彼女は言う。


「何が起こったのではなくて、何を感じたかを話してくれませんか。そうすれば、きっと少しは楽になれます」

「……よく、わからない」


 掠れる声は、誰に聞かせようということを意識しない声量だった。


「ただ、死を無駄にしてはならないことだけはわかる。何をすべきかは見えないが……」

「春香さん」

「そうだな。こうじゃない……だが、本当にわからないんだ。今でさえ自分が悲しいのか、怒っているのか、それとも全く別種の思いを抱いているのか、わからないんだ。それでも言えるのは、死んでいった者達に報いなければ、俺みたいな人間は生きている価値もないということなんだ」


 そこまで言い切った後、春香は返事が聞こえなかった。


「そうだ」


 自分の声が脳裏に響く。


「お前に生きている価値などない」

「とっとと死んでしまえ」

「無駄な足掻きをするな」

「地獄がお前を待っている」

「報いるというのも言い訳だ」

「死ぬのが怖いのか」

「黙れ!」


 彼は大声を出してしまう。


「ど、どうしました?」

「……俺は、俺は!」


 刀を抜いて、振り回しながらフラフラと歩く。躓いて、仰向けに倒れ込んだ。


「俺の視野があともう少し広ければ死なずに済んだ命だ。何故だ、何故気づかなかった!」


 左手に抑えられた顔から、呻くような泣き声が上がる。その隣に、リズが座り込んだ。


「あなたの苦しみを、私は全て理解することはできません。でも、辛いなら、苦しんでいるなら、寄り添ってあげたい。そう思っています」


 彼女はそっと頭を撫でた。


「どうして、俺にそこまでしてくれる」

「脚が疲れた私をおぶってくれました。知り合ったばかりの頸創さんの頼みを受けて、一緒に戦っていました。私にとって、春香さんは信頼に足る人なんです」

「君に何の利益がある」

「目の前で苦しんでいる人がいるなら、助けたいと思うのは自然なことです」

「……俺は、救いに値しない」

「春香さんが悪いことなんて何もないんです。全てを予測できる人間なんていないんですから」


 無意識に、彼は刀を強く握りしめていた。


「あなたは頑張って、疲れてしまったんです。少し休みましょう。きっと、それくらいは許されます」


 刀を手放し、リズを抱き寄せる春香。慟哭は、雨空に響いた。


 それから、ゆっくりと歩いて屋敷に帰った。混沌とした心を少しずつ整頓しながら、春香は自分で自分を苦しめるための言葉を紡いでいることに気づいた。


「今の春香さんは、きっと普通じゃないんです。急に苦しくなるのも、心がダメになってるんです」

「本当の俺とは、何なんだろうな」

「わかりません。ゆっくり探していきましょう」


 屋敷に入ると、


「なんだ、泥遊びでもしてきたのか?」


 と笑いながら頸創が言った。


「そんなところだ」


 春香は無愛想に言う。


「風呂入れよ。すぐ沸くようにしてあるからよ」

「わかった」


 頸創の横を通り過ぎる。半長靴を磨かなければな、と思った。


 風呂場のガラス戸を引いた。床から壁、天井までタイルが貼られている。


 風呂は術符と呼ばれるもので沸かされる。呪文を文字に起こし、それを龍の皮でできた札に書き込むことで、誰にでも扱えるようにしたものだ。無論、相応の魂の強さは求められるが。


 閑話休題。楕円形をした陶器の浴槽に、壁に備えられた蛇口から湯を注ぐ。体を洗ってから熱い風呂に漬かると、春香は胃の中にある重いものが解れるような感覚を味わった。


「春香さーん」


 とリズの声。


「お着替え、置いときますねー」

「ありがとう」


 感謝の声が思いのほか小さくて、言いなおそうかと思ったが妙に気恥しくてやめた。


(蓋し、狩人は気丈でなければならない)


 弱みを見せてはならない。強く、そして民衆の憧憬の対象でなければならない。


(だが……)


 今日の自分はあまりに弱かった。自覚はしていた。それを『疲れている』と表現したリズの言葉が、彼の心の深いところで暖かさを放っていた。


 溜息が静かな浴場に木霊する。南港の社会資本については、港に近い都市部でのみ水道とガスが供給されている。春香は頸創の話を思い出す。今は電気というものが徐々に導入されているらしい。この鎌風屋敷にも供給されるのされないの、というところらしい。


(よくわからんな、大陸の文明というのは)


 頸創のいた集落を出て、一週間と少し。雷生の地を襲った出来事は、街道を往く者もおらず伝わっていないようだった。それの情報を春香は持ち込んだ。新聞屋がそれを記事に書いて売る、と言っていた。


 こうしていると、彼は死体の山を見ないでいられた。雨が窓を打つ音。風の過ぎる音。そういうものに意識を向けた。


 静かに時が駆けていく。それなりの時間黙っていて、ついに立ち上がった。


 脱衣所を出る。リズが待っていた。


「どうした」

「ここに来るまでの間、あんまり寝てないですよね。見たんです。宿屋に泊まった時、夜中に起きたら、広縁で空を見てました。野宿した時だって、ずっと焚火の番をしてました。だから、もっとゆっくりする日があった方がいいんじゃないかって」

「狩人の体は頑丈だ。休息の必要性も、常人に比べれば低い。だから心配することはない」

「私が心配してるのは精神の方です。一人でいるのって、辛いですよ」

「大丈夫……ではないのだろうな」


 思いを吐き出して、少し自分を俯瞰できるようになった。一種の病気なのだ、と思えば過去に振り回される己も受け入れられた。


「お茶にしませんか? おばあさんがお菓子を買ってきてくれたんです」

「わかった」


 歩き出すと、リズが彼の手を取った。


「私、傍にいますから」

「……ありがとう」


 奥座敷に行けば、頸創と老婆が待っていた。畳の上には、茶と黄色く四角い菓子。


「カステラか」


 春香の言葉に、頸創は驚いた顔を見せた。


「なんだ、知ってたのか」

「昔、行商人が持ってきた。クィオウと──許嫁と食べたんだ」


 座る。その隣にリズはいた。


「いただきます」


 合掌してから、春香は一切れ取った。口に含んで、噛んでいる内に涙が出てきた。


「俺は……クィオウの死さえ無駄にしようとしているのかもしれない」

「お前の痛みを、俺が肩代わりできるわけじゃない」


 そんな彼を、頸創はじっと見つめた。


「だが、まだ何も終わっちゃいねえ。全てはこれからだ。嬢ちゃんを兄貴に会わせるんだろ」

「そうだ、俺にはやることがある……」

「それに、死に無意義も有意義もない。そこに意味を見出すのは今の自分自身だ。だから無駄なんて言うな。一生かけて見つければいいんだ、そういうことは」

「……いいのか、俺は、生きていても」

「生きるのに理由はいらねえよ」

「そうか、いらないのか。俺は、俺には」

「ま、今は泣きたいだけ泣けよ。そんなことで追い出すほど俺も無情じゃない」


 見守られながら、春香は大粒の涙を溢れさせた。


 そうして、一刻ほど。


「頸創!」


 と呼ぶ声があった。


「清然だな」


 彼はそう口にした。


「奥座敷だ! 来いよ!」


 すぐにやってきた清然は、キビキビと歩いて、輪に加わった。


「いきなりすまない。ここ最近辻斬りが出ていてな、昨晩その犯人を逮捕したわけだが……」

「違ったのか?」

「いや、死んだんだ。牢屋の中で、ぽっくりと。何の外傷もない。そういうわけで、来てくれないか」

「おう。春香は待っててくれ。嬢ちゃんをよろしくな」


 カステラもなくなって、老婆は湯飲みと皿を持っていく。残されて、春香は緊張した。その心の動きの理由を彼自身理解できているわけではない。ただ、リズという存在が胸の中で大きくなりつつあることを悟っていただけだ。


「素振りをしてくる」


 彼はそう言い残して座敷を去って、庭に出た。雨は止んでいた。着物をはだけさせて上裸になり、刀を抜く。あらゆるものを消し去るような勢いで刀を振った。目の前に思い浮かべるのは、あの黒装束。斬らねばならない。そういう思いを抱いている内に、太陽は高くなっていく。


「刀って重いんですか?」


 縁側に座ったリズが言った。


「龍の骨だからな」

「読んだことがあります。折れることも曲がることもなくて、血を吸えば自己修復すると」

「無茶をすれば折れるさ。完璧な素材などない」


 春香は刀を納め、隣に座る。


「手拭持ってきますね」


 と立ち上がろうとした彼女を、


「いや、いい」


 と彼は引き止めた。一人になりたくないんだ──そう言えないのは見栄を張ったからだ。


 集落を出てからの暫く、鷹眼の意図は掴めないままだった。リズはその答えになりそうな部分を伏せたまま。春香は未だ全幅の信頼を勝ち得ていないことに焦っていた。


「春香さんの名前、由来ってあるんですか?」


 急な質問にも動揺せず、春香は真正面から相手の目を見た。


「父の一文字である春と、真っ直ぐ生きろという意味で香車から取られた」

「綺麗な響きですよね、春香って」

「そう言われると、少し照れくさいな」


 彼の顔が少し綻んだ。


「君の名前は助けるという意味だったな」

「はい。人の役に立てるようにって」

「その父が、君を殺そうとした……」


 空気が重くなる。


「もう少しだけ、時間をくれませんか」

「わかった。待とう」


 並んで空を眺める。春が盛る前、透き通った青空だった。


 そんなことをしていると、頸創が帰ってきた。


「春香、クィアヤブリアって知ってるか?」


 開口一番、彼はそう問うた。


「いや、知らないな」

「大陸共通語で『永遠の鉄』を意味する金属だ。金剛石より硬くて、その上曲がらず、錆びないって代物だ」

「すごいな。そんなものがあるのか」

「ねえよ」

「何?」

「伝説上の金属だ。ヴィアクインクが使ってたとか、最初の狩人に神から下賜されたとかいうが、そんなものは存在しねえ」

「そうなのか……それがどうかしたのか?」

「辻斬りの証言が残ってた。自分の刀はクィアヤブリアでできてる……そう言ったらしいんだ」

「それを俺に話す理由はなんだ?」

「実力行使が必要になったら動いてほしいのさ。どうも怪しい……密売人が絡んでるかもしれねえからな。いざとなったら踏み込む」

「あいわかった。いつでも言ってくれ」


 頸創が、リズとは反対側の隣に座った。


「あんた、人を斬ったことは?」

「数えてはいないが、それなりにある」

「お互い嫌な星の下に産まれてきたもんだな」

「俺は狩人であることを忌んではいない」


 小鳥が飛んでいく。球を持った子供たちが門の向こうを走っている。


「最初に人を殺したの、何歳だ?」


 頸創に尋ねられて、春香は少しばかり考えた。


「六歳だ。処刑だった」

「俺もだよ。強盗の頸を刎ねた」


 どうにも居た堪れない雰囲気になって、頸創は立ち上がった。


「また出てくるのか?」

「今度は散歩だ。ブーツ、磨いとけよ」

「ああ、そうだな」


 時間は過ぎていく。結果として、そこに何が残ったわけではない。それでも、来たるべき時は迫るのだった。

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