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-東⑤- 百三十三話「激・動 / 励 / 戦」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、東城壁イーストランパート



 ユーリ・シャーク視点。



「――――」


 モーザック隊長が纏う閃光が、剥がれ落ちていた。

 本人はまだ気が付いていないようだったが、どうやら限界が近いみたいだった。


 ……このままでは消耗する一方だ。

 こちらも出来る限りの攻撃をしているものの、あの異形種には傷ひとつ出来ない。

 増援まできてこのざま、……どうすればいい?


 中央都市アリシアで死堂を喰らったあの異形種は。

 うちに信じられない量の魔力を秘めている。

 禁忌魔法は魔力コストが高い。

 それをどうやら、その魔力量で補っている。

 元々は恐らく禁忌魔法を使えるだけの異形種だったのだろう。

 そうでなければ、明らかにオーバスペックすぎる。

 そんな化け物じみた生命体が、そうそういてたまるか!


 だが喰らったものを取り込める機関が、何かのタイミングで後付けされた。

 きっとそれは、死堂を喰らった時に違いない。


 死堂は、人間を混ぜられて作られた自立型の生命体。

 その生体に喰らったものを奪う、取り込む機構があったとしたら……。



 それをそのまま引き継いでしまったこの異形種を、僕らはどう倒せばいいと言うんだ?



「――――ガルル」


 異形種はこちらをジロリと睨んでいた。

 それをその場で、ただ茫然と眺めるしかない僕らは、次の一手をどうするべきなのか。

 そしてどうやってあいつを倒せばいいのかが、全く、分からなかった。


 モーザック隊長は奥歯をギリギリとさせていた。

 アリィさんも真っ青な顔を浮かべ。

 ソーニャさんは自分の服を強く握りしめて立っていた。

 僕も同じだった。

 あの異形種には様々な技を繰り出した。でも、その結果が、これだったのだ。


 ―― 一歩、異形種が踏み出した。

 歩き出し、そして、ニタァとあの気持ち悪い笑みを浮かべてみせる。


 それに悪寒が迸り、その場にいる僕を含めた四人が、少し後ずさりした。


 恐れがあった。


 その異形種に対しての、恐れが芽生えていた。

 どうすれば勝てるのかが全く分からなかった。


「……」


 ただただ、息を吐く事しかできなかった。




 その筋の通った甲高い声が、戦場に響くまでは。


「ナアに? ちょっと失望かも」


 真っ青な閃光が宙で線を描き、光にかかった赤い斬撃が、異形種へ激突した。

 轟音が迸り現場は騒然とした。絶望に打ちひしがれて動けなくなった騎士も、僕らも、同時に驚きを隠せなかった。

 すると、その前に立っていたのは、たった一人の青髪の少女だった。

 途端に、彼女は双剣を異形種へ向けて。


「ここからはこのアイチャンが、お前をお終いにしてあげる」


 アイチャン・コロレフが、見参した。



――――。



 アイチャンの一撃は確かに異形種を捉えていたが、すぐにその傷は癒えた。

 白い脳髄をまき散らしながら、異形種はまた不敵な笑みを添えた。

 そんな存在に一切動揺を見せない幼女が、一人、続けて。


「まったく、人なんて頭がいいだけで弱いんだから、無理しちゃだめでしょ?」


 そう背中越しに言ってきた。

 それに、モーザックが返答を行う。


「ハッ! ……あのチビで根暗だったお前が、そんな堂々と啖呵を切れるなんてなあ?」

「ちょっと、うるさいわね! 全力出して負けてる自分の姿が見えていないのかしら?」


 ぷんぷんとしながら振り返るアイチャン隊長に、モーザック隊長は意地悪な顔をしていた。

 でも、アイチャン隊長は振り返って、そのモーザック隊長の姿を見て。

 伏目になった。


「…………」


 その姿をみて、モーザック隊長は何かを察したようだった。


「怖いなら、俺の後ろにいてもいいのによお?」


 途端に寄り添うような優しい声でそう告げた。

 そう言えば昔に聞いた事があった気がするけど、この二人は、師弟関係だったと噂で耳にしたことがある。

 モーザック隊長は弟子を取らない人で、部隊にいる武闘派で乱暴な人たちを束ねているのだが、その中でも一人だけ、魔族の女の子がいて、その人がモーザックの弟子になったという噂だ。そしてその子が後に隊長に抜擢されたことも、噂で聞いた事があった。


「……いいや、そんな施しいらない。そんなのあなたらしくないわ」

「…………」


 アイチャン隊長は静かに呟いて、また僕らに背中をみせた。

 そして、息を吸って。


「モーザック・トレス!」


 叫んだ。


「あなたは破壊を愛している。あなたは崩壊を求めている。あなたは瓦解の音が好きだ。あなたは剣を振うのが得意だ」


「そうであるなら、そうだというなら、その通りなら」


「そんなみっともない姿、晒している場合じゃ、ないんじゃないの!?」


 それは激励だった。

 弟子からの激しい応援、そして厳しい賛美だった。

 大きく叫んで、太鼓の音が聞こえるくらい声を高揚させて、喉を焦がす勢いで、彼女は強く叫んで地団駄を強く踏んだ。彼女は信じている。それを強く理解させることができるくらいの、叫び。彼女は知っている。それを鮮明に理解させるための言葉。


 ――立て、起き上がれ、その姿は狂乱剣舞のお前に相応しくない。


 まるで豪胆に断罪するように。

 まるで強く縋るように。

 まるで儚く捉えるように。


 彼女の激励には、悔しさや、悲しさや、激しさや、愛らしさや、そして強さが。

 しっかりと台詞に籠っていた。

 それを見せられて、その場にいた僕を含んだ全員が、心をがっしりと掴まれた。


「――――」


 モーザックは立った。

 ボロボロと崩れていく閃光を纏いながら、しっかりと二本足で立った。

 そして大地を踏みしめて、空気を取り込んで、古剣を強く握って、そして――。


 希望に満ちた顔で、前を向いた。


「――いわれるまでもねえよ!」


 モーザック・トレスは立ち上がった。

 それを振り返って見届けたアイチャン・コロレフは。

 その光に魅せられたかのような蕩けた瞳に、光を宿した。


 次の瞬間、青髪を揺らして彼女はまた前方をみた。

 異形種はとっくの昔に行進を始めていた。そんな異形種を睨みつけて、一言呟いた。


 それは荒々しい武闘派連中ながら、燃え上がる激情を孕んだ心の叫びだった。


「お前を、壊してやるよ!」

「あんたを、壊してあげる!」


 キメ台詞の如くそう告げた途端、――いきなり異形種の方で爆発が起こった。

 連発するように響く爆音と、地面がわずかに揺れるほどの衝撃が響いて、それに一同驚き、煙の方向へ視線を向けると。

 アイチャン・コロレフが目を見張ると。


 クリーム色の長髪を爆風で揺らし、長いレイピアを携えた女性が、爆発を背景に言った。


「忘れてもらっちゃ困るわね、このクルミのことも!」

「ちょっと! いい所だったのにいいい――ッ!」


 地団太を踏んで出来る限りむーと歯を食いしばるアイチャンは、その女性を睨みつけながら握りこぶしを作った。


 クルミ・ファーストがその場に立っていた。

 どうやら役者は揃ったようだ。



――――。



 戦場には活気が戻ってきていた。

 矢継ぎ早に聞こえる爆破音と、飛び交う黒い禁忌魔法。それらを避けながら、二人の体長は必死に攻撃をし続ける。

 しかし、この現状も長くはない。

 それはもし、あの異形種からとある禁忌魔法が飛び出た刹那に、この戦況は崩れる。


 【禁忌】ダーク・フィールドだ。


 僕とアイチャン隊長、クルミ隊長は一度喰らっている。

 あれを使われると強制的に領域に引きずり込まれ、その中で自分の中の潜在的恐怖と対峙することとなり、結果、自殺を選ぶ。

 僕含めた三隊長は無事だったが、周りをみると、さっきのあの禁忌魔法に囚われた騎士達の一部は。

 既にあの中で無残に絶命していた。

 ……その死体が、ごろごろと周りに転がっている。


「――――」


 痛ましい。

 先ほどはモーザック隊長の参戦で何とか領域は破壊された。

 だが、あの魔法をもう一度使われると、一巻の終わりであるのは、想像に容易い。

 幸いあの異形種の魔法使用は、ランダムだと思う。

 だからここからは運の勝負だ。


 ダーク・フィールドが来る前に、

 僕らはどうにかしてあいつを倒す方法を模索しなければならない。


「……どれだけ外傷を負わせても、即座に回復できる。そのメカニズムは恐らく、あの底なしの生命力のせいだろうな」


 途端に、僕の横に立っていたモーザック隊長がそう呟く。

 ――生命力。それは、体の活動に必要な要素を丸ごと概念的に捉えたモノ、その中で代表的なのは【体力】【魔力】である。

 体力はちょっと想像しにくいと思うけど、魔力と言われれば簡単に理解できるはずだ。

 要するに、生命力が高い=魔力の総量が多い。とも言える。


「ならどうしようもない、気がするのだ……」

「魔法での攻撃が無意味。効いてはいる。だけど。すぐに治るなら。実質意味がない。出来ることっていったら。ひるませるくらい」


 アリィさんの後に、ソーニャさんが冷静にそう考察する。

 確かに魔法攻撃では、ひるませるのが限度になる。ダメージはないが、動きを止める事は可能ということ。

 わりにさっきからダメージこそ入っていないものの、あの異形種も身動きが取れていない。

 つまりこの魔法攻撃でのひるませは、見方を変えれば有効な手段ともいえる。


「チッ。でもよお、俺のこの血弩破死名歌ちどはしめいかもそろそろ壊れちまう。これが壊れたら多分俺は、しばらく動けなくなるぞ」


 モーザック隊長の血弩破死名歌について僕はしっかりと把握している訳ではないが。

 でも何となく、モーザック隊長自身の命を代価に力を引き出している。

 それが、血食いの剣の使い方だ。

 恐らく相当の疲労や、代価によるダメージがモーザック隊長にはあるはず。

 しかし、今この人が動けなくなるのは、痛手だ。


 ……ならば。


「……っ」


 こうするしかない。


「モーザック隊長」

「あ?」


 僕がそう呼ぶと、正面を向いて考えこんだまま、彼は反応した。

 そして僕は彼の左肩に右手を添えて、


「その剣で僕を切ってください」

「――はあ!?」


 言うと、彼は怒気を含んで叫んだ。

 どうやら彼の琴線に触れてしまったらしい。


「な、何考えてんだよお前!」


 逆立つ髪の毛に怖い怒号。

 それにちょっとだけ尻込みしそうだったが、僕は耐えて、ぐっと右手で拳を作った。


「命を消費しているのでしょう? なら、僕で補充してください。僕はこのメンバーの中で一番弱い。なら、僕の命を使って、あなたの力にすれば」

「何を言っているかが全く分からねえ! この剣は、そう安易に調整できるもんじゃねえ。それに他人の命となると、下手したら死なせることになりかねないんだぞ? 俺は自分で自分を切ってるから、調節ができるだけなんだ!」

「ならば、僕を殺してください」

「…………は?」


 僕が強くはっきり言うと、今度は彼の方が目を見開いて驚いた。


 そんな姿をみて、途端に僕は、彼が人の心を持つ人間であるとにわかに感じてしまった。


 どれだけ強くても、どれだけ自分を顧みない心を持っていても。

 他人の命になると、こうも動揺することに、何かやっぱり、凄い親近感というか、好感が芽生えた。


 きっと彼は、他人を殺したくないし、死んでほしくもないのだろう。

 何があったのか分からない。どう感じているのかも知らない。

 ――でも、自分を犠牲に他人を遠ざけ、戦おうとしていた雄姿を僕は見た。


--


「ユーリ隊長、余計な気を回すんじゃねぇーぞ!」


--


 その言葉は凄く乱暴だったけど、きっと、他人に巻き込まれてほしくなかったんだ。

 きっと誰にも戦ってほしくなかったんだ。

 誰も巻き込みたくなかったんだ。


 まあ凄い勝手に妄想しているだけなんだけどさ。

 この人の孤高さ、勇敢さ、余裕さ、強さ。そんなものばっかりみて、やっぱり序列は凄い強くて、人間技ではないことをぽんぽんと出来るから、すごい人だと思っていた。でもこの目をみて、違うんだと思い知らされた。「この人は違う」という幻想が偽物だと分かった。きっとこの人の本心は、――僕と何ら変わらない。自分にできる事を精一杯して、誰かを傷つけたくないだけなんだ。


「――――」


 最初こそ、僕は誰かに認められたかっただけだった。


 でもあの日から、あの人から「焦らなくていい」と言われたあの瞬間から。

 救われたあの時から。


 孤独で生き方が分からない馬鹿に、差し伸べる手があることと。

 その差し伸べる手に、今度は自分がなりたいと、思ったんだ。


 そのためなら、僕は。


「モーザック隊長……」


 この。


「いいや、モーザック!」

「――!?」


 命すら。


「――僕を持っていけ!」

「……ッ! 何を!?」


 刹那、僕は彼の剣を掴んで、自分の胸に刺した。

 途端に体に木霊した感覚が。そして、身に宿る白い閃光が、覚悟を説いてきているような気がした。

 それに僕は答えるように。

 ――剣をもっと深く刺した。


「そして、戦って、モーザック……!」


 身体から力が抜けていき、だんだんと気怠くなる。

 命が薄れていき、空が反転し、地面が分からなくなり、腰を下して、それでも全部を吸わせる為に。

 僕は剣に深く刺さるために。

 引き抜こうとするモーザック隊長に、抱き着いた。


「……あ、ああ」


 モーザックは返り血を浴びて、弱く漏らす。

 それに双子が飛んできて、モーザックと一緒に僕を剣から引きはがそうと、必死になる。

 でも僕は、自分勝手だけど、自己満足かもしれないけど。

 現状、あなたが挫けては勝てないのは、明白だったから。

 あなたが負けるのは似合わないと思ったから。

 誰かを助けるために、誰かを愛する為に、誰かの為に。



 ねえ、人って馬鹿で、強いでしょ?



「……フ」


 本物の自己犠牲をみせてやるよ。

 モーザック。



――――。



 モーザック・トレス視点。



 引き抜こうとする力が、負けていた。

 俺は無理をしすぎていた。……そしてそのせいで力が殆ど無いのを、どうやら彼に、見破られていたらしい。


 腕の中で眠る人がいた。


 彼とは今日、初めて出会った。

 強いのかと言われると、確かにこの中では、ちょっと弱い方だった。

 でもその魂はこの中にいる誰よりも強い気がする。


 双子は泣いていた。

 俺も泣きそうだった。

 でも俺は、まだ泣いている場合ではなかった。


 まだこの場は戦場で、あの異形種は生きている。

 戦わなければならないのだ。


「――――」


 俺は立ち上がった。


 忘れるな。

 激動を、激励を。

 アイチャンの参戦と、彼女の気持ちを忘れるな。

 そして、彼の気持ちを、無駄にするな。


 俺は彼じゃない。だから、彼がどう思って命を捨てたか、はっかりと分からない。

 でも。


 ――犠牲にしろ。

 自分も、他人も。

 そして救え。誰かを救え。


 俺は、俺だ。俺にしかできない事を、俺にしか成し遂げられない事を。


--


「……ごめんなさい。私は、ただ、誰にも死んでほしくなかっただけなの」


--


「そんなみっともない姿、晒している場合じゃ、ないんじゃないの!?」


--


「そして、戦って、モーザック……!」


--



「――あア、分かってる」



 俺は剣を強く握った。

 そして呪われた古剣をぐっと前に構えて。叫んだ。


「――【狂乱】」


 刹那、閃光が戦場で生まれた。

 真っ白い柱が空高く建ち、白い長髪が背中で揺れて。

 俺は前を向いて、異形種を見つめた。


 まだ、殺してくれと、言っているような瞳に見えた。



「……お望みドオり、ぶっ殺してェエ! やるよオオ!」



 啖呵を切り、唾を飛ばすモーザック・トレスは、笑みを浮かべていた。








 激戦の狼煙があがり、ユーリ・シャークは死んだ。





 余命まで【残り●▲■日】

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